163 遠い土地の魔物退治
方針、人員の選定が終われば、すぐに準備に取り掛かる。どの班の騎士も出発自体は明日以降だが、どこに向かうにしても出発する準備は必要だ。
そして、文官たちもかなりの数が城の外での仕事に就く。
ミフゾジーウェが難色を示していたように、文官たちの反発はあったのだが、イグスエン侯爵の決定に表立って逆らうことはできない。すぐ横にブェレンザッハ公爵までいるのだから尚更である。
「畑はとにかく急ぐ必要があります。既に種播きの時期に入っているのです。これ以上遅れたら、夏の収穫がなくなってしまいます。作物に誰がどんなに命令したって、実りは得られないのだと肝に銘じてください。」
ハネシテゼがしつこいくらいに念を押していたが、文官たちがどこまで理解しているかは分からない。
私たちも、自分の準備を進めなければならない。魔物の情報は既にいくつか来ている。地図を見ながらイグスエンの騎士に細かい地理を確認して魔物退治の計画を立てるのだ。
村の状況の確認と魔物退治のためにイグスエン侯爵の直轄領をまわるのは、ジョノミディスとブェレンザッハ公爵が担当することになる。イグスエンの騎士たちはほぼ全員が被害確認と敗残兵の処理、そして街道の監視が割り当てられている。
城の中、いや領都全体的に忙しく動き回るが、翌日には騎士たちは出発するし、私たちも西に向かう。先日、戦場となったメショウンのさらに北西のムーポリュという町が最初の目的地だ。
魔物の報告はそこの小領主からのものだ。詳細は町に行けば分かるだろう。メショウンが廃墟となってしまっているので、途中で野営が必要になる。食料を多めに持って行かなければならないが、二日分の食料ならば背負っていける範囲だ。
行きがけに、道の両側の畑には雷光を撒いていく。大した手間でも負担でもないし、それだけで収穫が向上する見込みがあると言うのだから、やっておいて損ではないだろう。ついでに、遺体に集る虫も退治してしまえば、処理する者たちも少しは楽になるはずだ。
街道を西へと進んでいけば、すぐに山へと差し掛かる。エーギノミーアは畑の外側も平地が続くが、このイグスエンでは畑の外側は山といって差支えがないような地形だ。
そのまま馬で道なりに進んでいけば、休憩を何度か挟んでも昼過ぎにはメショウンに到着する。そこから伸びる街道は南へ向かうものと、北西へといくものがある。南側はウンガスの通ってきた道のようで、無数の新しい足跡や轍が確認できる。
「ここを通った者がいるのですね。」
「魔物の報せを持ってきた者ではないか?」
「それにしても、ここを通るのは相当な覚悟が必要だったと思いますよ。」
ここを通ったのがいつなのかは聞いていないが、下手をしたらウンガス軍と鉢合わせしていた可能性があるのだ。状況の調査という意味もあるとは思うのだが、最悪の場合は命を落としかねない危険な任務だろう。
「少し早いですが、ここで野営にしましょうか。山の中で一泊は嫌です。」
畑の端で立ち止まり、ハネシテゼが提案する。この先は山が連なり、何所で休めるかも分からない。私もフィエルも頷くと道から少し外れて北の方へ向かう。
そこですることは、魔力を撒いての魔物退治だ。周辺の魔物を退治してしまわないと、安心して寝ていられない。いつも通りに退治して焼いていれば、時が過ぎ陽も傾いてくる。
こうして魔物退治をするのがなんだか懐かしい。本来ならば、エーギノミーアでやっているはずのことだが、こんな遠い土地で仕事をすることになるとは思いもしなかった。
一晩を明かして、日の出とともに動きだす。ムーポリュに着いたのはやはり昼過ぎで、困惑の表情しかできない小領主に迎えられることになった。
気持ちは分からなくもない。領主に魔物退治の応援依頼を出したら、見たこともない子どもが三人やって来たのだ。それで戸惑わないはずがない。
「わたしはハネシテゼ・ツァール・デォフナハ。こちらはティアリッテ・エーギノミーア様にフィエルナズサ・エーギノミーア様。イグスエン侯爵およびブェレンサッは公爵の依頼により、この地の魔物を退治に来ました。」
「デォフナハ? エーギノミーア⁉ 何故、東部の貴族が……?」
侯爵からの書状を見せてやれば取り敢えずそれ以上疑問の言葉を口にはしないが、それでも説明は必要だ。
「……それで、その、あなたがた三人だけで魔猿を退治なさると?」
「そうですね。もう一人か二人、騎士がいると楽なんですけれど。馬に乗れるのであれば弓兵でも構いませんよ。わたしはデォフナハでは平民の弓兵を連れて魔物退治をしていますから。」
確かに、私たちが求めるのは〝魔法を使える者〟ではない。もっとも足りないのは腕力で、苦労するのが魔物の死体を運ぶことで、実質的にできないのが弓矢での攻撃だ。さらに休憩時の見張りを交代できる者がいると楽で良い。
そう伝えると困った顔をするが、結局手配されたのは騎士が一名に平民の猟師が四人だった。その日の夕方のうちに呼び出されて小領主邸にやってくる。
「あなた方は魔猿の話は聞いていますか? 明日、退治に行きますので案内と協力をお願いしますね。」
ハネシテゼに言われて、猟師たちは緊張した面持ちのまま首を傾げる。彼らは魔猿の話は聞いていないのだろうか。小領主ムーポリュからの退治の依頼なのだからこのあたりの山に出ている魔物の話だと思うのだが。
そう聞いてみたら、「魔猿の話は聞いている」と慌てて首を振る。
「俺達も一緒に行くのか?」
「ええ。わたしたちは見ての通り子どもですから、弓や腕力はどうしても劣ってしまうのです。山に慣れていて、力仕事ができる方が欲しいのですが、自信がございませんか?」
「いや、そういうことじゃねえ……」
どうやら彼らは私たちが本当に魔物を退治できるのか疑っているようだ。どう見ても未成年の子どもだし仕方がないとも言えるのだが、平民に不安がられるのは納得がいかない。
「魔猿なら以前にも退治したことがありますし、問題ありません。公爵家の力をみくびってもらっては困ります。」
そう強気で言っておけばそれ以上どうこう言ってくることはないが、不安そうな表情が消えることはなかった。
それでも、翌日には猟師も小領主邸の前にやってくる。
「それでは、魔猿が出るというところへ案内をお願いします。」
「……分かった。」
猟師たちは、仕方がない、という気持ちがありありと顔に出ている。気持ちの良いものではないが、これはこちらも諦めるしかないだろう。
地方の町はそれほど畑も大きくはない。数分も道を北に進んでいくと畑は終わり、山の麓に着く。山の麓の方は低木が疎らに生えているが、ゴツゴツした岩が露出している箇所も多い。
「なかなか歩きづらそうですね。」
「いや、こっちの道はそうでもねえ。」
岩場を馬で進むのは大変そうだと思ったが、上手く避けて通れる道があるらしい。やはりこういうところは現地を良く知る者がいると効率が違う。
沢から登っていって尾根を越えてさらに奥へと進んでいくと、周囲の気配が急に変わった。
「気を付けてくれ。ここからはデカイ魔物の縄張りだ。」
「よく分かりましたね。平民がこの気配に気付くとは思いませんでした。」
猟師の一人が真剣な顔で警戒を呼びかけるが、ハネシテゼは心底驚いたような目を向ける。魔物の気配というのは魔力の気配でもあるし、平民がそれに気づくというのは衝撃の事実ではある。
聞いてみると、猟師でもそれが分かるのはこの男だけらしい。
「サッカノは昔からそうやって言うんだけどよ、本当なのか嘘なのか誰にも分かりゃしないんだ。」
「少なくとも今回は本当ですね。これの主が魔猿でも違っていても退治していきますよ。」
これほどの気配を残せるのだから、それなりに強い魔物なのだろう。ならば退治していくことに私も異論はないし、フィエルも大きく首肯する。
結論から言うと、縄張りの主は巨大なトカゲの魔物だった。
トカゲのくせに二本足で立ち、走ったり跳んだりするのだから驚きである。
しかし、それだけだ。雷光の魔法の一撃で倒れるのならば、別に何本足でも関係が無いし、鱗が強靭とかもどうでもいいことだ。
「この角は欲しいですねえ。」
ハネシテゼがそう言うくらい立派な角が魔物の後頭部から五本も伸びている。これならば魔法の杖を作るのに十分な大きさがあるが、他に何かの材料になったりするのだろうか?
「何かの材料にならないか、色々試したいのです。初めて見る魔物ですし、実験材料は欲しいのです。」
そんなハネシテゼの個人的な希望はとりあえず置いといて、魔物を灰にしてさらに山の奥へと向かうことにする。




