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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子  作者: ゆむ
中央高等学院3年生
162/593

162 今後について

 ウンガスの騎士は余さず全て倒しているが、衝突前に逃げ出している者がいないとも限らない。偵察に出たまま、隊に戻らなかった者もいるかもしれない。


 本当にいるかも分からないのに、そのような残党を探すために山の中に送れる人員の余裕はない。


「放っておけば食べ物もなく、力尽きるのではありませんか?」


 今はまだ森で得られる食べ物も少ない。一人で山の中に取り残されても、生きていけないのではないかとフィエルが主張するが、イグスエン侯爵は首を横に振る。


「食料がなければ村を襲うだろう。ただの兵ならば農民でも対抗できるが、騎士が相手では勝ち目はあるまい。」


 本当に面倒臭いことである。そんなものを相手に、どう対策をするのが有効なのか、頭が痛くなるとはこういうことだ。


「村を回って注意を促すとともに、不審な者を見かけなかったかの情報を集めるのも大切でしょうね。」

「潰された町を回るのも必要と思います。小領主(バェル)の倉庫の中身の全てを持ち出せたわけでもないでしょうから。」


 ハネシテゼもジョノミディスも、主張の方向性は若干異なるが、誰かがあちこち歩き回って探す必要があるということだ。人員が足りなくて困っているというのに、人手が必要なことばかりだ。


「どちらも、騎士を幾つかの班に分けて当たっていくしかあるまい。十四人ずつ十四班か、七人で一班にして班の数を倍にするか、難しいところだな。」


 班の人数を少なくし過ぎると、敵が複数人まとまっていたときに対応しきれなくなってしまう。だからと言って班の人数を増やせば動きが取りづらくなる。


 そして、誰をその任で出すのかというのが問題だ。


「王宮の騎士は、報告も兼ねて一度王都に返すべきだと思います。」

「それは理解できなくもないですが、あの八十人が抜けるとかなりの戦力の低下となってしまいます。何とか残ってもらう方法は……」


 イグスエン侯爵家の次期当主ミフゾジーウェは、王宮騎士にもイグスエン領内を回って欲しいようだが、私もそれは賛成しかねる。敵の主力部隊を倒した今、王宮騎士たちの任務は完全に終わったと言える。


 明確に敵がいて、脅威がすぐそこにあった昨日までとは状況が違う。彼らを引き留める大義名分はもうないだろう。


「彼らが陛下より命じられた任務は二つ。我々の到着までの時間稼ぎと、敵戦力を少しでも削り落とすことだ。敵戦力が残っているかも分からない現状では、彼らを引き留める理由はない。」


 ブェレンザッハ公爵もその解釈を支持するようだ。王宮の騎士は王に仕える者であり、王の刃であり王の盾だ。一時的に貸し与えられはしたが、役割を終えた以上は返さなければならない。


 しかし、そうなると動かせる人数が本当に少ない。


 やることは盛りだくさんにあるのだ。


 すでに種播きの時期になってしまっているのだ。急いで農民に畑を耕してもらわなければならないのだが、そのまえに畑のあちこちに転がるウンガスの騎士や兵士の亡骸を処理しなければならない。


 ウンガスの残党を探す必要もあるし、避難民の生活をどうにかすることも考えなばならない。ウンガスからの道の監視も不可欠だろう。


「それを踏まえてお願いしたい。ハネシテゼ様、ティアリッテ様、フィエルナズサ様。もうしばらく力を貸してはくれまいか。」


 そう言って私たちに頭を下げるのはジョノミディスだ。彼は既に父であるブェレンザッハ公爵と、今後の話は済んでいるのだろう。ジョノミディスの今後の動きの決定権はこの場にいるブェレンザッハ公爵が持っている。


 おそらくブェレンザッハ公爵の立場としては、ここまできたら、私たちの滞在をあと一ヶ月ほど延長しても大した差がないのだと思う。


「今すぐ判断することはできません。私たち抜きでも今後の見通しが立つのならば、これ以上の滞留は辞退させていただきたく思います。」


 ジョノミディスの申し入れは学友としてのものでしかないし、断ろうと思えば断れることだ。即断で却下しないのが、こちらにできる最大の譲歩だろう。


 私たちの今後の話は保留にしておくとして、進めるべき話をすることにする。



「国境の警備に人を割かないわけにはいかないでしょう。イグスエンにはウンガス王国へ通じる道があるということしか存じていないのですが、複数あるものなのでしょうか?」


 交易がおこなわれていることは知っていても、その具体的な道や、向こうの町までの距離などは全く知らない。要衝の位置や数の確認は必要だ。


「道は南東に一つだけ、他の経路では山を越えること自体ができないという認識です。山で獣を追うような者たちが数人ならともかく、軍での山越えはどう考えても無理がある。」


 岩壁をよじ登る経路では馬車なんて通れるはずもないし、無理に越えようとすれば途中で脱落するものが何十何百と出てくるだろうということだ。


 馬車も馬すらもなく、騎士が山のような荷物を背負って徒歩で山を越えることは可能だと言うが、いくらなんでもそれはないだろう。ハネシテゼも難しい顔で唸りながらも「その可能性は考えないことにしましょう」と結論付けた。



 監視は十四人体制だ。本当はもうちょっと人数が欲しいところだが、食料供給の問題もあり、当面はその数でいくことになる。


 敵の進軍経路を逆に辿って被害状況の確認と、残党の探索にどれ程の人数を割くかだ。あまり時間をあけていられないし、人数を投下するのはここになるはずだが、その前に、他に必要なことを考える。


「領都周辺の畑の片付けについては、本当に急ぐ必要があるでしょう。けれど、こちらは平民と文官でどうにかできます。行う作業としては運搬と焼却処分ですから、騎士が携わる必要もありません。」


 貴重な騎士はそんなところに使うことはできない。畑に出ての平民の指揮監督は文官に任せれば良いというのは、とても現実的な案だと思う。


 そのまま人選をどうするかという話になると思ったのだが、そうでもなかった。


「城に呼びつけるのではなく、畑で平民の相手をさせるなど……」

「そんなことを言っていられる余裕があるならば、王宮の騎士や私たちが残るという話をする必要もないと思いますけれど?」


 ミフゾジーウェの言葉を遮り、ハネシテゼがそう冷たく言い放つ。ミフゾジーウェは見開いた目を彷徨わせるが、ハネシテゼは構わずに言葉を続ける。


「もし、わたしたちに残って欲しいと思うならば、そのような下らない我儘は一切認めないことを求めます。面倒なことをわたしたちに押し付けたいだけならば、断固として拒否いたします。」


 ハネシテゼの意見はとても厳しい。だが、それも当然だろう。私たちがこのような会議に呼ばれるほどに切羽詰まっているというのに、仕事の選り好みなどできるはずがない。


 私たちだって暇ではない。エーギノミーアに帰れば山積みの仕事が待っているだろう。


 イグスエン側に我儘を言っていられる余裕があるならば、帰らせてもらいたいと思うのは私も同じだし、フィエルも全く同意と言いたげに頷いている。


 ジョノミディスにはイグスエンの力になりたいという思いもあるようだが、私たちにはそこまでの気持ちはない。



「済まない。敵の撃破の報に浮かれて、ミフゾジーウェは緊急事態であることを忘れてしまっていたようだ。」


 イグスエン侯爵の言葉は、我が子に謝罪を要求するものだった。ミフゾジーウェは一瞬納得がいかないように目元を歪めるが、それでも「済まなかった」と頭を下げる。


「他の無事な町とのやり取りも文官と平民を使うことになりますね。」

「うむ。強力な魔物の調査ならともかく、事務的なやり取りは文官の領分だし、そこは問題なかろう。」

「魔物の対応はどういたしましょう……?」


 そちらにどれ程の人数を割くのかはとても悩ましい問題だ。例年ならイグスエンでも騎士が領内の魔物を退治してまわる時期だろう。


「何もしないわけにもいかぬだろう。魔物を放置して領民の安全は守れるとも思えぬし、収穫量が致命的なことになりかねない。エーギノミーアやデォフナハから食料を運ぶには、ここ(イグスエン)は遠すぎます。」

「では、わたしたちがその役を担うということでどうでしょう?」


 ハネシテゼがぽんと手を打ち、魔物退治や農業生産の向上に携わるということなら請けても良いと言う。


「なるほど。たしかにその内容ならば私たちに依頼することに違和感がありませんね。」


 各地の小領主(バェル)や村でも食料生産力を向上させるのは私たちの課題の一つだ。イグスエンで経験したことを持ち帰るのは、決してエーギノミーアにとっても悪いことではないはずだ。


「もし、本当にウンガスから第二陣がやってきたら、食料は重要な問題になる。ある程度の長期戦を見越して生産力を高めるというのは戦略として間違ってはいないだろう。」


 ブェレンザッハ公爵はそう言って頷くが、この展開は想定外だったのかジョノミディスは少々困惑したように苦笑いをする。



 それで済めば良かったのだが、数十人で担当していた範囲を三人で十分だと豪語するハネシテゼに、困惑の色はイグスエン侯爵家全体に広がっていった。

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