158 焦ったら負け
私たちに向かってきていた敵は、背後から迫ってきていたジョノミディス隊の攻撃に対応しきれない。そこで構わず前に進むか、あるいは後ろを振り返るのか。その選択に迷うのは命取りだ。
戸惑っている一瞬の間に、何人もの騎士が吹き飛ばされて地に力なく横たわることになる。それでもなんとかウンガスの騎士たちは馬を反転させて反撃を始めようとするが、そこに攻撃の第二波として矢が降り注ぐ。
思いがけない相次ぐ攻撃を受けて慌てれば、それは判断を誤らせる原因になる。
「一度に打てる手を全部出してはいけません。一つ目を出したら、三呼吸置いてから次の手を打ってください。とにかく、敵の対応を後手後手に回させるのです。」
それがハネシテゼの基本戦術だ。一気に全部叩き込んだら、敵が何をしてくるか分からなくなる。予測不能の動きをする相手よりも、敵の打つ手を限定させてしまった方が安全かつ確実に叩けるのだという。
あえて最初は魔法だけで攻撃すれば、敵は慌てて魔法に集中して対応しようとする。そこで飛んできてもいない矢を気にかける指揮官ならば、相当手強いといえるだろう。逆に言えば、そこで弓矢への対応がなされなければ、こちらの術中に嵌まってくれるということでもある。
実際にやってみたところ、見事に敵の対応は遅れた。何人かの騎士が矢に倒れ、さらにそこに私たちが挟撃をかければどうなるか。
私が七人の騎士とともに馬を反転させて攻撃に向かえば、数人が慌てて魔法を放ってくる。
しかしそれで私の攻撃を防ぐことはできない。七人ほどに爆炎を必死に放たれれば近づくことはできないが、攻撃の間を縫って魔力を詰め込んだ水の玉を放ってやることくらいはできる。
おそらくこれは、敵の騎士そのものには何の効果もない。魔力を撒けば、むしろ、周囲に魔力が満ちて元気になるかもしれないくらいだ。
しかし、直接的に騎士を狙う必要はどこにもない。馬がバタバタと倒れれば、もはや反撃や牽制どころではなくなるからだ。騎士を狙うのはその後で十分である。
地面に投げ出された騎士は、何が起きたのかも分からないような顔をしているが、教えてやるつもりなんてないし、理解する時間を与えることもない。
雷光と爆炎が襲いかかり、ウンガスの騎士たちがまた何十人か戦闘不能になる。敵も必死に応戦してくるが、混乱の中で、もはや反撃や牽制に当たれる人数が足りなくなっている。
一気に畳み掛けて全滅させれば、目下の敵は右側で膠着状態となっている一団だけだ。僅か三十五人で必死に持ち堪えているが、相対している敵の数は三倍近くもある。あまり長い時間放っておくわけにはいかない。
数で押し潰さんとばかりに取り囲もうと動いてきているが、そのさらに外側から攻撃を浴びせていけば包囲どころではなくなる。
隙を見て、切り離していた者たちが合流してくると、一度距離を置いて隊列を組み直す。敵にも時間を与えることになるが、それは織り込み済みだ。
「向こうはどう動くでしょう?」
「私は動かずに待つ、だと思う。」
「この状況では、逃げの手は打てないでしょうね。どう考えても追う方が有利ですから。」
暗くなり、足下が不安になってきているなかで逃走するのはかなり度胸がいる。
今後の作戦展開を考えると、逃げてくれた方が楽で良いのだが、大方の予想ではいきなり逃げることはないだろうと結論付けられる。
理由はいくつかあるが、敵の最高戦力——ハネシテゼと互角以上の戦いをしてみせたという恐らく指揮官——がこの場にいないことにある。私たちがハネシテゼの力を信頼しているのと同じように、敵もその者の力を信頼しているだろう。
その指揮官がやってきたら、勝てる。
そう思っているのならば、睨み合いというのは実に都合の良い展開のはずだ。敵を倒せない代わりに、自分たちが殺されることもない。仲間の騎士たちが半分以上も倒されれば、怖気づき、自分が殺されないためと言う方向に考えが偏るだろう。
もちろん、逆上して突っ込んでくる可能性もあったが、今さらそれはない。恐怖の方が先に立ってしまうだろうと予想される。
睨み合いを続けながらも、私たちは隊列を組みかえ、前後を入れ替える。動き始めると敵も一斉に構えるが、単に隊列を変えるだけだと分かったら、警戒しつつもその場を動かない。
隊列を組んだまま馬の腰に下げた桶に水を注ぎ、それを後ろの馬に飲ませてやる。隊列を一度組み替えたのは、最前列の馬にも水を与えるためだ。
ウンガスの騎士たちはそのようなことをしている様子はない。すくなくとも、最前列の馬は飲まず食わずのままでいるのは確かだ。
その休憩も二分ほどで終わりである。
私が小さな炎を二列、敵に向けて伸ばしていくのが攻撃の合図だ。風の守りを解き、一斉に矢が放たれる。
さすがにこれは風に吹き散らされたが、攻撃はそれで終わりはしない。私が並べた炎に沿って二列に騎士が疾走し、手に持った短剣やナイフを敵目掛けて投げつける。
騎士たちの中には、畑の中で馬から降りることを厭う者もいるが、平民である弓兵でそんなことを気にする者はいない。倒れた敵から武器類を回収させてある。
矢を吹き散らせる風であっても、力いっぱい敵陣真ん中に向けて投げられた短剣を逸らすのは不可能だ。百人以上の騎士が投擲攻撃をすれば、そのうちのいくつかは相手に命中する。
一撃で命を落とすことはなくても、当たれば無傷では済まない。何人かが馬から落ちるのが見えるがそんなのはお構いなしに敵は後退していく。
地べたに転がり、悲鳴を上げる者は無視し、私たちは敵の右へと回り込むように移動していく。必然的に、敵は後退する方向を変え、南側へと向かうことになる。
もはや士気を保つこともできていないのか、炎の槍を連続して放ってやれば敵は撃ち返してきながらも後退していく。どんどん南へと移動していくが、敵は私たちの狙いには気付いていないのだろうか。少し不安になるが、今のところ作戦は順調に進んでいる。
そして、街道を南へ通り過ぎる直前に、隊列の後方から順に町の中に駆けこんでいく。
「馬車を押さえろ!」
「急げ! 食料がなければ一日で勝負が付く!」
騎士たちがわざとらしく大声で叫びながら街道を走っていけば、敵も慌てて追ってくる。
「急げ! 中央と挟み撃ちにするぞ!」
「中央を取らせるな!」
叫びながら必死の形相で追いかけていくが、彼らには追いつくことなどできない。
最後の一人が街道に折れて入って来たところを見計らって、瓦礫の陰から杖の先だけを出して、道いっぱいに雷光を撒き散らす。道の先の方では、同じようにフィエルが雷光を撒き散らし、大量の障害物が街道に転がる結果となる。
百人以上は残っていたウンガス騎士だったが、もう、残りは三十人もいない。その彼らも、平静さを欠いておろおろとするばかりだ。
既に陽は沈んでいる。道端に並べていた火の魔法を消してやれば、周囲は真っ暗になる。少々見回してみたところで、瓦礫に伏せている私を見つけることはできないだろう。
私はゆっくり立ち上がるが、やはり敵はこちらには気付かない。ウンガス騎士たちは、自分たちの周囲に火を並べて周囲を照らすが、それでは遠くまでは見通せない。
「近くに明かりがあったら、遠くは余計に見えなくなるものですよ。暗い中で遠くを見たかったら、遠くまで明かりを飛ばさなければなりません。」
作戦会議のときのハネシテゼの言葉は真実である。私の方からは敵の姿は丸見えだ。だが、敵は私を見つけているような動きはしていない。
足下に気を付けながら進んでいけば、敵を射程距離に収めるまでそう時間は掛からない。一度雷光を放ち、さらに全速力で走りながらもう一発撃つ。
「た、助けてくれ! 降伏する! ころ、殺さないでくれー!」
「許してくれ! 頼む!」
残り二人となったところで、突然、叫び出した。
火の魔法に照らされた彼らの顔は、涙や鼻水でぐちゃぐちゃだ。
ハッキリ言って、汚らしい。
「財貨でも食料でも何でも出す!」
「命だけは! 命だけは助けてくれ!」
見苦しいにも程がある。
卑劣極まりない愚者の言葉など、これ以上、聞きたくもない。
もう一度雷光を撃てば、辺りは静かになった。




