156 森に潜むもの
ウンガス討伐に出る者が速やかに編成され、騎士たちは列をなして早々に城門を出て行く。
騎士たちは総勢三百八十人、それに四十二人の馬上弓士が続き、私たちは列の最後尾を行くことになる。
全体の指揮を執るのはブェレンザッハ公爵だ。イグスエン侯爵は領都に残り、情報の収集と防衛を主軸に据えることになる。
今回の討伐隊に馬車はない。機動力を優先し、全員が騎乗しての移動である。なお、青鬣狼は既に山に帰している。城の主が帰ってきたときに、獣が場内をうろついているのは問題があるということで、イグスエン侯爵の到着と入れ替わりで出ていったということだ。
東門を出て畑を抜けるまでは街道を進むが、そのまま山の道を進んでいくことはない。
道なりに行けばメショウンに着くはずだし、恐らく敵はそう移動したと思われるが、途中に罠を仕掛けやすい箇所がいくつかあるという。
崖に挟まれた隘路は、一方的に攻撃するのに適した地形だ。私たちも、領都に向かう途中で崖の上から攻撃したので、その一方的さは理解している。
崖上に陣取れば、それこそ崖下にむけて石を投げ落とすだけでも打撃を与えることができるのだ。平民の兵だけでも騎士団に痛手を加えられる絶好の場所だろう。
私が敵の側だったら、間違いなく崖の上に兵を配置しておくし、そんな危険な場所を通るなんて馬鹿げている。崖下の行軍は、魔法の力押しで進めるほど楽なものではないはずだ。
右下に街道を見下しながら木々の間を縫うように斜面を登っていき、敵を探しながら北西方向を目指す。崖上以外にも、どこに兵を隠しているかは分からない。
隙を突いて奇襲を仕掛けてくるかもしれないし、偵察部隊がこちらの規模や進行経絡を報告してしまうかもしれない。ウンガスが兵を隠しておく理由はいくらでもある。
偵察は完全に排除はできなくても、可能な限り、敵に情報を渡さないようにしたいのは、ハネシテゼもブェレンザッハ公爵も意見が一致している。
時折、前方で騒ぎが起きるが、私たちの所まで情報がくることはない。ほぼ変わらず前に進んでいくだけだ。
何らかがあったはずなのに何も言ってこないことに不満を漏らすと、「問題が片付いたからですよ」と当たり前のような顔でハネシテゼに言われた。
「このように、大勢で移動をする場合、情報の伝達は結構面倒なんですよ。問題ないということを一々伝えていては、悪影響の方が大きいのです。」
魔物退治のときでも同様らしい。問題がないのに一々伝えていては、本当に重大な問題が直後に発生した場合に情報が混乱してしまう危険性がある。
「たとえば、問題ないという報告と、危急の問題が発生したという報告がほぼ同時に届いたらどうしますか?」
「それは困るな。問題が起きたが片付いたのか、別件なのか判断するのに時間が掛かれば、それだけ対応が遅れてしまうということか。」
なるほど。余計な情報があったばかりに状況が悪化してしまうことはありえるのか。確かに、問題が片付いて対処すべきことがもうないならば、休憩の時にでもまとめて報告するので事足りる。
「ただし、敵が隠れきって前の者が見つけられなかった場合、という可能性は頭の片隅に残していなければなりません。ほら、右前方に何か隠れているでしょう? まだ視線は向けないでくださいね。見つけたことを知られてしまいます。」
言われた通り、注意深く魔力の気配を探ってみると、確かに木々の向こう側に魔力を感じた。
「この感じは魔物ではないな。二人、いや、三人か?」
「恐らく三人でしょうね。」
「どこにいるのですか? すぐに対応を……」
列の弓兵は私たちの会話を聞いていたようで、緊張したように言うが、ここで彼らの出番はない。何ごともなかったように、何も気づかなかった顔で進んでもらわないと困る。
私たちが気配の正確な場所を伝えるよりも、敵が逃げる方が早いと思う。逃げる敵を追って射程内に納めるのはかなり面倒なことだ。逃げられる前にできるだけ近づきたい。
素知らぬ顔で馬を進めていき、四人揃って突然馬の向きを変える。
「そこに隠れている者、出てきなさい。私はハネシテゼ・ツァール・デォフナハ。負傷したイグスエンの騎士ならば保護いたしますよ。」
木々の奥に隠れている者に呼びかけてみるが、反応はない。弓兵や騎士たちまで振り返るが、ここは私たちだけで十分だ。
ジョノミディスが一発だけ水の槍を飛ばし、さらに警告の言葉を続ける。
「何も返答がなければ、ウンガスの騎士とみなして攻撃する。イグスエンの騎士ならば、動けないにしても返事くらいはしてくれ。」
だが、返事はなく、代わりに魔力の気配が動き始める。しかし、私たちが攻撃や逃走を見過ごすはずもない。
雷光が木を縫って奔り、魔力の気配を貫く。
木の陰に隠れていようとも、気配で場所は明白だ。そこに向けて雷光を飛ばすのは造作もないことだ。気配が消えたのを確認し、列に追いつこうと馬の向きを戻すが、ハネシテゼはそこで立ち止まったままだ。
「どうしたのです?」
「念のため、周辺の藪に片っ端から水の槍を撃ちこんでいきます。」
敵も騎士だけではなく、弓兵を用意しているかも知れない。しかし、魔力のほとんどない平民兵は魔力の気配を頼りに探すことはできない。ならば、できることは、潜んでいそうなところすべてに攻撃してやれば良いという考えだ。
ハネシテゼが左側、ジョノミディスが右側、そしてフィエルが後方と分担して水の槍を次々と放っていく。
「何故、水なのですか? 雷光でも良いのではありませんか?」
「雷光は敵に命中しないと効果がありませんが、水ならば直撃しなくても効果を及ぼせます。この時期に水に濡れて平気なはずが無いではありませんか。」
ジョノミディスの質問の答えは簡単なことだ。以前、私がやった作戦と同じだ。
「む、本当にいたぞ。」
ジョノミディスが声を上げるのと、藪の中から数人が飛び出してきたのは同時だった。必死に逃げようと走りだすが、私の用意していた雷光がを捉え、その命を刈り取る。
その間も、ハネシテゼとフィエルは黙々と水の槍を放ち続ける。潜んでいる敵は見つけたものが全てと決まっているわけではない。
ジョノミディスもすぐに水の槍を再開し、周辺の隠れられそうなところは悉く撃ち尽くす。
周囲を再度見回してみても、特に動くものの気配はない。これだけやれば大丈夫だろうということで、私たちは馬を少しだけ急がせて列に追いつく。
「敵は仕留めたのですか?」
「ええ、問題なく対処完了いたしました。心配は無用です。」
弓兵たちは心配そうな顔を向けてくるが、あれだけやっておいたのだから、なお隠れている者もいないだろう。いたとしても、無事ではない。そのために雷光ではなくて水を撒いているのだ。




