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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子  作者: ゆむ
中央高等学院3年生
154/593

154 任務を超えて

「ところで、領全体の被害状況はどの程度把握しているのだ?」


 食事中にその話題は相応しくないと判断したのだろう。私たちが食べ終えるのを待っていたようにイグスエン侯爵が質問する。


 一日あってまだそんな話なのかと思ったが、城内や街の状況把握や敵戦力の確認にそれだけ時間がかかったということなのだろう。


「ほとんど分からない状態ですが、敵の動きは大雑把には予測がついています。」


 南西から山を越えて侵入してきたウンガス軍は三つの隊に分かれて北上してきている。そのうち東の隊は領都に来る途中で蹴散らしている。中央の隊が領都の南側に陣取っていたが、これもほぼ壊滅。


 現在、残っているのは西側の隊だ。騎士を数十人倒しはしたが、残りの戦力がどれ程なのかは定かではない。


 そして肝心の被害状況としては、敵の通ってきた道の途中にある町はすべて破壊されているだろうという見込みだ。


「破壊されているでは分からぬ。具体的に述べてくれぬか。」

「住民や小領主(バェル)はすべて殺され、財や食料は奪われています。破壊された町で生き残っている者を見つけることはできませんでした。」


 ここに来る途中に、二つの廃墟と化した町を通ってきている。あの惨劇の跡は、思いだしたくもないほど酷いものだ。


「正直に申し上げますと、イグスエンは土地の半分を失ったに等しい損害を被ったと考えるのが適切かと思います。」

「そんなバカなことがあってたまるか!」


 ハネシテゼの言葉にイグスエン侯爵は憤りの声を上げるが、言葉を続ける前にブェレンザッハ公爵が片手を上げて侯爵を制する。


「落ち着くのだ、侯爵(ポールエイド)。怒りをぶつける相手を間違ってはならない。騎士たちの士気にも関わる。」


 諸悪の根源はウンガスである。私たちにも至らぬこともあったかもしれないが、責を問われるのはウンガスであるはずだ。


 イグスエン侯爵は深呼吸を繰り返し、取り乱したことを謝罪する。そして、残っているウンガスへの攻撃に関して改めて私たちに依頼してきた。



 私としては、正直なところ、イグスエン侯爵が私たちに敵の討伐を頼んでくるとは思っていなかった。


 そして、もっと意外だったのは、ハネシテゼが断ったことだ。


「わたしたちが陛下より受けた任は、ブェレンザッハ公爵閣下のまとめた援軍が到着するまでの間、敵を引きつけ可能な限りその戦力を削ぎ落とすことです。」


 つまり、援軍が到着した今、私たちの任務は終わったと言える。未成年であることを考えれば、帰って良いと言われてもおかしくはないはずだ。


 国軍の到着までの間の防衛の手伝い程度ならばともかく、逃げる敵を追うのは私たちの役割ではないとハネシテゼは強く言う。


 いつも強気で攻撃的なハネシテゼにしてはとても珍しい言い方だ。仇敵を蹴散らすとか、蛮族を根絶やしにするとか言っている方が余程ハネシテゼらしいと思う。


「領都周辺の後片付け程度ならば手伝っても良いと思いますけれど、どうでしょう?」

「畑が戦場となってしまいましたからね。確かに、あのまま放置しておけば、畑もダメになってしまうでしょう。」


 私の提案にフィエルは乗ってくるが、ハネシテゼの表情はあまり浮かない。そして、ジョノミディスはそれにすら驚きの表情を見せる。


「ジョノミディス様。敵はもう、私たちを子どもだと侮ってはくれません。それに、こちらの手の内も色々と知られてしまっています。」


 敵は私たちのやり方を知っているのだから、相応の対策を練っているだろう。奇襲をかけようとしても、見破られてしまう可能性だってある。

 回数を重ねれば、攻めづらくなっていくのは避けようがない。



「そこまで見られているのか?」


 私たちの主張にブェレンザッハ公爵は疑問の声を上げるが、実際に奇襲は何度も繰り返している。


「何十、何百という敵と相対していれば、逃げ延びている者がいても不思議ではありません。明確に取り逃がしてしまった者もいますし、対策は考えていると思った方が良いと思います。」


 その結果として、敵戦力の半分以上を叩き潰すことに成功している。ここから先は同じ手段は通用しないだろうというだけのことだ。


「なるほど。状況は理解した。」

「閣下は子どもの言うことを信じるのですか?」

「子どもではない。陛下から任を受けたエーギノミーアにデォフナハの領主一族の者たちだ。」


 イグスエン侯爵も私たちを子ども扱いしていないのに、思い上がったことを言う者がいるものだ。即座にイグスエン侯爵に窘められるが、たしか領主傍系の者だったはずだ。


 どうやら、私たちは、侯爵当人はともかく、イグスエンの者たちからあまり良く思われてはいないようだ。もしかしたら、ハネシテゼが頼みを断ったのはその辺りも原因なのかもしれない。



「陛下の任とは別という話ならば、王宮の騎士たちを私たちの一存で動かすこともできないと思うのですが、私の考えは間違っているでしょうか?」

「あ……」


 難しい顔でフィエルが確認するが、そこまではイグスエン侯爵も思い至っていなかったようで、間の抜けた声を漏らす。


 ブェレンザッハ公爵も「厳密に言えばそうなるな」と頭を抱えてしまう大変な事実だった。



「つまり、わたしたちは先ほどの質問に対して、自分のことしか答える権利がなかったのですね。騎士たちの前で閣下に演説していただくしかないでしょう。」


 安易に依頼を引き受けること自体が越権行為なのだから仕方がない。騎士たちを含めて対ウンガス合同軍に組み込むならば、一人ひとり説得して応じてもらわねばならない。


「ジョノミディス、其方(そなた)はどうしたいのだ?」


 ブェレンザッハ公爵は命じるではなく、息子の意思を尊重するつもりのようだ。だが、ジョノミディスは言葉に詰まり、視線を彷徨わせる。


「私は、できることならば、非道な行いをした者たちを征伐したいと思っています。」


 その気持ちは分かるし、私にもウンガスの者たちに鉄槌を下してやりたいと思う。だが、それができるかという話になると別だ。



 魔法という面では、騎士たちよりも優れている自信があるが、それ以外の面は全て劣っている。腕力や体力は大人の騎士には遠く及ばず、馬術も熟練の騎士と比べたら明らかに見劣りする。


 正面切っての魔法戦は容易に膠着状態に陥ってしまう。


 互いの人数が多ければその傾向が高くなることが分かってしまった今、自分に何ができるかと問われると、明確な答えは出せなくなってしまった。

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