153 待ちくたびれて
「私たちも城へ向かった方が良いのでしょうか?」
「イグスエンの騎士と交代するではないのか? 私たちがここを離れている隙に攻撃を受けたら、数分で破られてしまう。」
敵は西の山へ退却していったとはいえ、すぐにまた奇襲を仕掛けてこないとも限らない。報告に来た文官が交代してくれる様子でもないし、城に来るようにという指示もない。
ならば、引き続きここを守っているべきだろう。くじ引きで見張りの順番を決め、私たちは藁の寝床に横になり毛布をかぶる。
夜の間は特に何もなく朝を迎え、食事をとって城からの使いを待つ。
だが、一時間ほど経っても何の連絡も指示もやってこなかった。
「一体、何をしているのでしょう? もう、起きて動きだしているはずですよね?」
「状況の確認や引継ぎに忙しいのではないでしょうか?」
「こちらにも確認に来て欲しいというのは我儘ではないと思うのだが……」
侯爵やイグスエンの騎士たちも分からないことばかりで大変だろうが、連絡の一つくらい寄越してほしいものである。放置されるのは、あまり気分の良いものではない。
防壁の外を見張っていても特に敵がくる様子はないし、農民や兵を連れて壁の外の片付けに向かうことにした。
私が倒したウンガス騎士の亡骸をそのままにしておくわけにはいかない。虫が集って酷いことになっているので、炎で焼いて丸焦げにしてから荷車に乗せて運ぶことになる。
さすがに人の亡骸を畑に埋めるのは気持ち悪すぎる。農民に止めてくれと言われなくたって、私もそんな畑で作業はしたくはない。だからといって、街の墓地に埋めてやるのも面倒である。
槍や剣などの武器は回収し、騎士の亡骸は森に捨てることで兵士も農民も納得した。
荷車に亡骸を積み街道を南下していくと、こちらはさらに多くの亡骸が転がっている。
一度ある程度は片付けたのだが、全部というわけにはいかないし、その後、また何十か増えている。手分けして回収する物品類は一か所にまとめ、亡骸は黒焦げにしてから荷車に積む。
畑の南端で東に折れて少し進み、そこから森へと亡骸を棄てていく。一ヶ所に三十も四十も棄てていって大丈夫なのか不安がなくはないが、畑に放置するよりはマシだと思う。
片付けなければならない亡骸はまだ畑に大量に残っている。ついでに片付けていくが、敵の兵士は数千いたはずだから、数十、数百を処理したところで減った気がしない。
「畑を一区画、墓地にしてしまった方が良いかもしれませんね。」
「それはワシらだけでは決められん。税の問題もあるからなぁ、農業組合にも聞かんと勝手にはできんよ。」
私もここの土地の使い方に口出しすることはできない。一つの意見として伝えることはできても、決めるのはイグスエンの者たちだ。
一区画を片付けたところで引き返すことにする。もしかしたら侯爵からの使いが来ているかも知れないし、待たせるのも良くないだろう。
しかし、戻ってみるとフィエルがとても暇そうに空を眺めていた。
「戻ったか、ティア。城からは何もないぞ。」
「それは随分と待たせますね。ところで昼食は済みましたか?」
「いや、まだだ。」
時刻もうお昼時である。雲が出てきて陽が翳ってしまっているが、南の一番高いところあたりにあるはずだ。
鍋に水を張り、火にかけて麦や豆、干し野菜を入れる。しばらく煮込み、塩と香草で味を調えれば粥の完成だ。
毎日毎食、いい加減に飽きてきたが私は他の料理法を知らないし、材料も道具もない。
はやく城の食事に呼ばれたいものだ。もう、何日このような食事を続けているのだろう。テーブルでの食事がとても懐かしく思えてくる。
食事を終えて、片付けが済んでも城からは何の音沙汰もない。
余りにも暇なので、舞踊の稽古でもしていようとフィエルと二人で交代しながら舞い踊る。
騎士も何か芸事をすることはないのか聞いてみると、槍や剣を持っての武舞というのが騎士の家では一般的らしく、大抵の者ができると言う。
もっとも、剣や槍を振り回す武舞は広い場所で行うものだそうで、狭い屋上や下町の道で披露するのは危険らしい。見てみたいと言ってみたが、またの機会にと断られてしまった。
壁の外を見張りつつ、暇をつぶすこと半日。そろそろ夕食の準備を始めようかというころ、馬車と馬がぞろぞろと狭い道をやってくるのが見えた。
ようやく待ちに待った城からの使いだろう。急いで屋上から下りて馬車の到着を待つ。
「ティアリッテ・エーギノミーア様、ならびにフィエルナズサ・エーギノミーア様で間違いございませんか?」
「はい、私がティアリッテ・エーギノミーア、こちらがフィエルナズサでございます。」
馬車から降りてきた女性が深々と頭を下げ、念のために確認をする。屋外でこのような場所で挨拶するのは、どのような言葉を選べば良いのか教わっていない。
目の前の女性がイグスエン侯爵ではないのは確かなのだが、どのような身分の誰なのかまでは分からない。必死に記憶の中を探ってみるが、彼女とは会った記憶が全くないのだ。
どう応待すれば良いのか分からず困っていると、察してくれたのか女性は名乗り、「城へご案内します」と私たちにも馬車に乗るよう促してくる。
「お心遣い、ありがとうございます。ですが、ここの守りはどなたにお代わりすれば良いのでしょう?」
「私どもがここに就きます。」
私の問いに答えたのは横にいた騎士たちだった。引継ぎを済ませると、自分の荷物を持って馬車に乗り込む。
引継ぎといっても簡単なものだ。
食料や寝床の藁は私たちが持ち込んだ物ではなく、イグスエンとして用意された、守りの石の担当者なら自由に使って良いものだ。私たちの物として大事に保管しておく必要はない。
あとは扉の鍵を渡してやればそれで終わりである。
ようやく南門防衛の任を終えて、肩が軽くなるような気分である。馬車に揺られて城に着くと、すぐに広間に通された。
そこでは既に食事の用意がされていて、多くの騎士たちは既に食べ始めていた。
「エーギノミーアのお二人はこちらへ。」
三人の騎士たちは、同僚の王宮騎士たちのいるテーブルへと向かい、私とフィエルはイグスエン侯爵とブェレンザッハ公爵のいるテーブルへと案内される。
そこには既にハネシテゼとジョノミディスが席に着いていた。
「大義であった、エーギノミーアよ。このような食事の席だ、固い挨拶は無用だろう。座って食事につくと良い。」
ブェレンザッハ公爵にそう勧められたら素直に従うしかない。ハネシテゼやジョノミディスも「お疲れ様です」程度の言葉しかかけてこないし、それで良いのだろう。
すぐに私たちの食事が運ばれてきて、久しぶりに粥以外の食事を口にする。
「城の食事を食べると、やっと一段落したという実感が湧きますね。」
温野菜のサラダを食べただけでも違うものだ。酸味と油のまろやかさが混じったソースは普段エーギノミーアで口にするものとは違うが、上品な香りづけもされていて、とても食が進む。
「うむ。ずっと野営食が続いていたからな。私ももう少し料理を覚えた方が良いのか?」
「随分と不自由をかけたようで済まない……」
別に苦情を言うわけではないが、本当に申し訳なさそうにジョノミディスは頭を下げる。
確かに、ジョノミディスの食事はずっと城の料理人が作った物を食べていたのだろう。それは羨ましいと思う部分ではあるが、代われる者がなく、ずっと部屋から出られない彼の心労も計り知れないものだったはずだ。
私がそう指摘すると、ジョノミディスは苦笑しながら首を振る。
「領主の立場というものが、あれほど苦しいとは知らなかった。」
「それは違いますよ、ジョノミディス様。ご自分の配下が一人もいない中での領主代行の苦しさは、侯爵閣下や公爵閣下にも想像がつかないものだと思います。」
さらっとハネシテゼは酷いことを言う。しかし、結局のところ、私たちは役割が違うだけで、誰が一番苦しいということもないのが結論だ。
互角以上の実力の敵と半日以上にわたって戦い続けたハネシテゼの苦しさは私やジョノミディスには分からないことだし、情報が入ってこない中で踏ん張る現場の辛さは彼らには分からないだろう。




