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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子  作者: ゆむ
中央高等学院3年生
152/593

152 想定を超える

 敵がすぐにまた攻撃を開始したのは一目瞭然だ。


 とても単純なことだった。

 まさか、騎士が揃って馬から降りて、畑の土に靴を汚すとは思いもしなかった。


 ざっと見回してみても、騎乗している者が一人もいない。雷光の光と音に一瞬動揺しても、その場を動きさえしなければ、前に向かって魔法を撃てば防壁に当たる。


 単純明快な作戦だ。

 馬がいなければ、落ち着かせるために苦労する必要もないし、視力や聴力が戻るのを待たずに攻撃を再開できる。


 私の近くにいたウンガスの騎士はみな雷光に撃たれて倒れており、今すぐに私に向かって飛んでくる魔法はない。


 だが、周辺にいる敵の騎士は多く、いつこちらに飛んでくるかも分からない。急いで近くの敵騎士から順に雷光で貫いていくが、敵の魔法も私のすぐ近くで炸裂し始める。


 慌てて壁内に戻るが、これではとてもではないが、順番に倒していくなんてことはできそうにない。倒せた敵の数も十四でしかない。


 何とかして敵を倒す方法がないかと必死に頭を働かせてみるが、すぐに良案が浮かびはしない。いったん戻って騎士やフィエルに相談することにした。



「申し訳ありません。あまりうまくいきませんでした。騎士が地に降りているというのは完全に想定外でした。」


 こちらの手の内を知った者に逃げられているのだから、それなりに対策をされてしまうものだと考えるべきだったのだ。ただ強いだけの音と光など防ぎようがないと思っていたが、防がずに耐える方法を取ることだってできたのだ。


「ティアリッテ様は倒すことに固執しすぎではありませんか? 援軍の到着まで時間を稼げれば形勢は変わります。」


 悔恨の言葉を述べていると、騎士に思わぬことを言われた。敵の攻撃を少しでも遅らせたり、精神的に圧力をかけるのも考えられる作戦手法だという。


「何らかの方法で敵を驚かせたり、大騒ぎになるようなことでも良いのです。隙が生まれれば、攻撃の機会も訪れるでしょう。」


 そう言われて改めて考えてみても、私にできることはそう多くはない。魔法の届く範囲には敵はいないし、私の腕力では弓矢はもっと届かない。


 爆炎や風の魔法で土埃を巻き上げてもあまり効果はないだろう。


 魔力の飽和攻撃は、恐らく効かない。許容量の小さい兵や馬ならまだしも、立て続けに魔法を放っている騎士の魔力を溢れさせるのは現実的とは言えないだろう。


 必要な魔力はかなりの量になるだろうし、とてもではないが私の魔力の方がもたない。



「皆さんは、畑に自分の足で立ったことはありますか?」


 ふと、思いだして騎士たちに聞いてみた。答えは三人とも否である。敵の騎士も、畑を自分の足で歩いたことはないだろうと頷き合うくらいだ。


 敵が、畑を知らないならば手はあるかも知れない。


 再び壁を進んでいき、攻撃の緩いところで()()()()雷光を放ち、壁を走って戻りながらできるだけ遠くに魔力を撒く。


 それそのものは攻撃力などないに等しいが、私が最も遠くまで飛ばせるものといえば、魔力を詰め込んだ水だ。水の玉は百歩を僅かに越えるところまで飛んでいき、そこから半径数十歩の範囲に水を撒き散らす。


 頭から水を浴びたウンガスの騎士は驚いた様子を見せるがそれだけだ。すぐに攻撃に転じてくる。


 だが、今、彼らは自分の足下がどうなっているかも見えていないだろう。異変が起きるのが先か、視力が戻るのが先か、それは分からないが私は安全なところに戻って待つだけだ。


 一分もしないうちに防壁の外で騒ぎが起き、攻撃が一時中断される。その隙に攻撃を仕掛けたくなるが、ここはじっと我慢をするところだ。


 そろそろと壁に近づき、敵の様子をみると、やっぱり我慢ができない。しかし、ここで敵を倒してしまってはダメなのだ。


 なんとか雷光を放ちたいのをこらえて、追加で魔力を撒いてやればすぐに反応があった。


「虫を生む魔法だと⁉ 有り得ん!」

「そんなもの聞いたことがないぞ!」


 私もそんな魔法は聞いたことがない。そもそも魔法ですらないし、虫は初めから畑の地中にいる。


 だが、効果は覿面(てきめん)だ。


 私だって、魔虫が地中から涌き出てくるところに立っているなんて想像もしたくない。靴から足を這い上がってくれば、悲鳴を上げて虫を振り払うのは必然だ。



 攻撃もせずに騒いでいる者たちがあれば、指揮官も黙っているわけにもいかない。


 大声を上げながら大股に歩いていくのがそうなのだろう。周囲の者たちもきょろきょろしはじめて、攻撃の手が緩む。そこにさらに魔力を撒いてやる。


 私がただ黙って見ているだけ、なんてことはない。攻撃が緩む隙を狙うべく、門の方へと壁上を這って移動していたのだ。品格だの格式だの言っている場合ではない。


 騒ぎに乗じて騒ぎをさらに増やせば、収拾がつかなくなる。敵の指揮官の選択は一時退却のようで、騎士たちは攻撃を中断して壁から距離を取る方向に動いていく。


「素晴らしい成果です。」

「ありがとうございます。」


 壁を戻ると、騎士に手放しに称賛された。その様に褒められると少々照れくさいが、素直に受け取っておく。


 敵の指揮官は、まず何をされたのかを確認し、対策を考えてからの攻撃再開となるだろう。それまで随分と時間を稼ぐことができそうだ。


 フィエルにも時間稼ぎに成功した旨を伝え、私も壁への階段に腰かけて休憩する。いつまた敵の攻撃が始まるか分からないのだ。今のうちに体力と魔力の回復を図らねばならない。



 数分もすると、敵は鏑矢を上空に放って西へと動きだした。


「こちらへの攻撃は諦めたのでしょうか?」

「西門に戦力を集中させる作戦に変更するのかもしれません。」


 敵の動きはすぐに報告しなければならない。門の上で兵士たちも確認しているし、すぐに城と西門に伝えにいってもらう。


「こちらは凌ぎ切りましたが、西門が心配ですね。」

「馬がないのですから、彼らが西側に着くまでに時間がかかります。連絡は十分間に合うかとおもいます。」


 敵は私の()()()()雷光を警戒しているのだろう。畑道を歩いて移動する騎士の列を見送りながら、使いの返事を待つ。西門の状況はとても気になるものだ。


 文官は意外と早くやってきた。


「西の敵が撤退の動きを見せているそうです。攻撃はまだ続いていますが、追討を避けるためのものと思われるということです。」


 随分と動きが早いものだ。そう思ったが、先ほどの鏑矢が撤退の合図だったのだろう。とりあえず、これで一息つける。


「油断は禁物です。油断を誘い、反転しての総攻撃もありえます。」

「南や北から追撃の部隊を出させて、その隙に南門を落とす策も考えられます。」

「物事を失敗するのは、終わりが見えた直後なのです。今ここで気を緩めたらすべてが台無しになりかねません。」


 騎士たちはあくまでも慎重論を唱える。敵の姿が見えなくなるまで決して気を抜いてはいけないと断固として譲らない。


 文官たちには考え得る敵の策を伝え、西門はまだしばらく警戒を続けるようにと文官に念を押しておいた。



 気を抜くなとはいっても、目の前に敵がいない以上、私にはやることがない。せいぜいが、壁上から降りてフィエルや騎士たちと今回の私の作戦についての反省会を開くくらいだ。


 私のしたことと、それに敵がどう動いたかを(つぶさ)に説明し、他に取れる手段はなかったか、もっと有効な方法はなかったかを検討する。


 目の前からは一旦退いたが、敵がウンガスまで引き上げたわけではない。戦いはまだまだ続くと思われる。ハネシテゼや他の騎士たち、それにブェレンザッハの援軍にも私たちのとった戦術について伝えておくべきだろう。


 その後、イグスエン侯爵が帰還したとの報がやってきたのは、私たちが夕食を終えてそろそろ交代で寝ようかという頃だった。

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