151 援軍と総攻撃
南門に敵の攻撃があり、撃退したことは速やかに報告する。兵に馬で城に走ってもらい、帰ってきた兵にハネシテゼたちが北門から出撃したとの報告を受けた。
もともと北門から出る準備をしていたところに、敵の部隊がやってきて急いで出ていったらしいが詳細が分からなさすぎる。
それでも、ハネシテゼが出たならばすぐにでも方がつくと思っていたのだが、昼を過ぎても続報は何も無いままだった。ようやく戻ったという夕方に連絡がくるまで、不安が膨らんでいくのを抑えられないでいた。
「ハネシテゼ様が戻り、至急、ティアリッテ様かフィエルナズサ様の出撃を求めていらっしゃいます。」
「どういうことですか? 敵は撃退したのではないのですか?」
「詳しくは分かりませんが、またすぐに来る可能性が高いとのことです。」
文官の話では状況が全く分からないが、要請を無視するわけにはいかない。フィエルとくじを引いた結果私がいくことになり、三人の騎士とともに文官が連れてきた馬に乗って城へと向かう。
まずはハネシテゼに話を聞かねば何がなんだか分からないし、いくらなんでも四人だけでの出撃は無謀だと思う。
「ハネシテゼ様、敵はどちらにどれだけいるのでしょう?」
城の厩舎で馬に餌を与えているハネシテゼを見つけ、一体何をすれば良いのかを質問する。出撃せよだけでは、どうしたら良いのか全く分からない。
「敵、というよりも味方です。北の街道に隊列が来ています。早ければそろそろ来るころかと思っていましたが、おそらくブェレンザッハからの援軍です。」
厩舎の外に出てハネシテゼが指差す先を見ると、確かに何か山間を動いているように見える。
敵もそれを見つけている可能性が高く、街に入る前に奇襲を受ける可能性がある。そこで、敵の動きを監視しつつ状況を伝えに行く者が必要だというのだ。
「その案には、私は反対でございます。」
ハネシテゼの説明を聞いて異を唱えたのは私についてきた騎士だ。
「どうやらハネシテゼ様はお疲れのようです。冷静に考えてみてください。私が敵の指揮官ならば、総攻撃をかけて町の中に入ることを優先します。ブェレンザッハからの援軍が到着する前に中に入ってしまえば、援軍は脅威ではありません。」
防壁という優位性を失えば、数の利は敵側にあり、西門を破られた時点で私たちは壊滅的被害を受けるのは目に見えていることだ。
そして、町の中に入ってしまえば、逆に守りの石を使うことができる。援軍の戦力がどの程度かは分からないが、数倍程度ならば街の中に陣取った方が有利なのは私たちが証明していることだ。
「ブェレンザッハ公が奇襲について考えていないはずがありません。彼らだって偵察を放つくらいはしているでしょう。こちらから貴重な戦力を割いては取り返しのつかないことになります。」
騎士の言っていることは頷けることばかりだ。だが、判断するためにはもう一つ情報が必要だ。
敵がどう動くかは、残存戦力と士気次第だろう。そしてそれは半日も戦っていたハネシテゼがどれだけ敵を倒したかでも変わってくるはずだ。
「今日のハネシテゼ様の戦果は如何だったのでしょう? どの程度の戦力を削れたのですか?」
「残念ながら、今日の戦果は騎士一人を討っただけに過ぎません。倒すことも退くこともできず、あれほど苦しい戦いになるとは思いませんでした。」
驚愕としか言いようがない。
泣きそうな顔で歯を食いしばるハネシテゼを見るのは初めてだし、敵と戦って勝てなかったなんて話も初めて聞いた。
誰が相手でも常に圧倒してきたハネシテゼが勝てないとはどれほどの相手なのだろうか。
「間違いなく領主級の魔力の持ち主です。そして、驚くべきことに、わたしを上回る射程距離を持っています。」
私の魔法の射程距離はほぼ百歩だ。これはフィエルもジョノミディスもほとんど差がない。あっても数歩程度の差だ。
ハネシテゼの射程距離は明らかに長く、私たちを二十歩は上回る。それを明らかに越えるとなると、一体どれほどの攻撃範囲を持つというのだろう。
その領主級が率いる五十の配下と、ハネシテゼたちは北門の外で半日以上も争い続けていたと言うのだ。
「それにしても、よく馬が持ちましたね。」
「敵が退いたのはそれが理由だと思います。こちらも限界でしたけれど、敵の馬も疲労困憊の様子でしたから……」
馬もそうだが、如何に強くても半日も戦い続けたのならば、その騎士たちだって疲労は大きいだろう。その敵がすぐに奇襲に行くとは考えにくい。
「その状況なら、私でも総攻撃を仕掛けます。ハネシテゼ様や騎士たちが疲れているならば、敵にとっては絶好の機会になるはずです。数で優っているのは明らかなのですから、この機に一気に攻め落とそうと考えても不思議ではありません。」
「……わたしもそんな気がしてきました。」
ハネシテゼはあっさりと判断を翻し、私たちに今すぐに南門に戻るようにと言う。
「西門は良いのですか?」
「援軍は北から来ているのですから、その反対側に回る可能性はあります。フィエルナズサ一人では荷が重すぎるでしょう。西門には文官を総動員します。形振り構っていられる状況ではありません。」
ハネシテゼの勝手な決定に文官は難色を示すが、ここを乗り切れなければ、援軍を前にこの街が滅んでしまうことになりかねない。それは絶対に避けなければならない。
だが、ここで私が文官と言い争うのは本末転倒だ。城のことはハネシテゼに任せ、私は南門へと馬を走らせる。
街の者が驚いたように見ているが、そんなのに構っている暇はない。
門にそれほど近づかなくても、既に敵の攻撃が始まっているのが見えた。防壁の上で次々に魔法が光に弾かれているが、あれがいつまで持つのか分からない。
「フィエル、大丈夫ですか⁉」
馬を飛び降りて守りの石の建物内に駆け込み、声を掛ける。思わず大声を出してしまったが、慎みとか品格とか言っている余裕はない。
「ティア? 何故ここに? 出撃したのではなかったのか?」
「作戦変更です。ブェレンザッハの援軍が見えるところまで来ていますから、到着するまで凌ぎ切りますよ。敵はその前にここを突破するつもりです。」
驚きの表情を見せるフィエルに早口に説明する。既に南側で激しい攻撃が始まっているということは、総攻撃が敵の選択なのだろう。
「上の状況はどうなのだ? 反撃は無理か?」
「かなりの勢いで魔法が撃たれているのが見えました。あとどの程度耐えられますか?」
「今の調子なら一時間くらいは大丈夫だが、おそらくそこまでは持たぬ。」
敵の攻撃は激しさを増してきているらしく、ハッキリとした時間は読めないらしい。
しかし、一時間は無理でも数分くらいは反撃の機を窺うことはできるはずだ。何とかして敵の数を減らせれば、それだけフィエルの負担も少なくなる。
「機を見て朝の魔法を使います。あの光と音はそう簡単に対策できないでしょう。」
朝は思いつきでやって騎士に叱られてしまったので、今回は事前に言っておく。
急いで階段を登り、敵の攻撃の状況を確認する。幸いと言うべきか、火柱の数は少ない。防壁の前に火柱が並んでいるのは確かだが、少し西側に行けば隙間だらけだ。
壁上の内側部分を這うようにして進み、火柱のないところまで移動すると雷光の準備に入る。そして、攻撃をしばらく眺め、爆炎が空いた隙に身をよじって上半身を壁の外側に移動させて魔法を放つ。
バカげた強さの閃光と凄まじい轟音が周囲の者たちの目と耳を支配するのは一瞬のことだ。だが、その感覚が奪われるのは数秒どころではない。
それでもゆっくりしている暇はない。
私は急いで起き上がり、壁の下を見もせずに雷光を撒き散らす。
そして、立ち上がり、壁の外を確認するのと敵の攻撃が再開されたのはほぼ同時だった。




