150 動きだす戦局
南側のウンガス陣営を全滅させてから、戦局は我慢比べの様相となっていた。
昼夜問わずに繰り返される防壁への攻撃に、被害は出ていないものの疲労は蓄積されていく。それはウンガス側も同じだと思うのだが、攻撃の手を緩めたときのこちらの反撃が怖いのだろう。向こうも攻撃を維持するしかないのだ。
だが、ハネシテゼはあっさりと南へ人員を向けることを決めた。倒した敵兵や馬が畑に放置されているのは問題があるということだ。
「敵を倒すことができても、畑がダメになったのでは勝ったとは言えません。一区画ずつでも処理していきます。」
ということで、農民や兵士を百人以上も引き連れて畑へ出ていき、死体の焼却と、物資の回収を進めていく。
剣や槍、弓矢といった武器の類に、毛布や天幕などもある。粉砕した馬車は燃やすしかないが、それでも金属部品を集めれば、鍛冶屋に再度加工させることもできる。
馬は解体して可食可能な肉や皮は街に運んで加工する。戦いは終わっていないため危険の伴う作業ではあるが、食肉や材料の調達という意味もあるため、参加希望者は割とすぐに集まったらしい。
「今日はティアリッテも出てください。南から敵が近づいてきているということです。」
突然、ハネシテゼがやってきてそう要求する。
「敵の援軍でしょうか?」
「援軍と言うより、輜重部隊でしょうね。ほら、足止め工作しておいたじゃないですか。」
言われて思いだした。この領都に向かってくる途中、道を荒らして馬車での進行を妨げていたのだった。道の修復が終わって、ようやく着くと言うことだろうか。
「どうして分かったのですか?」
「狩を生業にしている者に偵察に行かせておきましたから。このあたりの山に詳しい者を出した方が敵に見つからないでしょうし、早く移動もできるでしょう?」
色々と細かい作戦が水面下で動いていたらしい。考えてみれば、ウンガスの者たちだって食事を摂らねば生きていくこともできない。何らかの手段で食料を調達できなければ、飢えるだけだ。
膠着状態を続けるのは、食料に心配がないのと、援軍が期待できるからとも言える。効かない攻撃を繰り返しながら、援軍の到着を待っているのだとしたら、この状況が続くのはとても分かりやすい。
そして、南からの部隊がようやく到着するということだ。
「彼らの荷を奪います。どうせ、途中の町で奪った食料を積み込んでいるのですから、全て返してもらいますよ。」
意気込むハネシテゼに引っ張られるように準備を始めるが、そこにフィエルが「今日は自分が出ても良いか?」と聞いてきた。
彼は、悶々と待っているのは嫌だというのだ。
「私は構わないですけれど。ハネシテゼ様はどうでしょう?」
「別にどちらでも構いませんよ。お二人の特性は違いますけれど、戦力として見た場合、ほぼ差がないですからね。」
ハネシテゼにも騎士たちにも反対する理由はないらしく、今日は私が留守番をして、フィエルが出撃することになった。
フィエルは手早く身支度を整え、馬に跨り門へと向かう。それを見送ると、私は何をすることもなく、ただ守りの石の前で待機することになる。
とても、とても退屈な時間だ。三人の騎士もフィエルと一緒に出ていき、代わりに兵が見張りに立つようになると話し相手すらいなくなるのだ。
室内にいると何の状況も分からない。その一方で、西門は大丈夫なのかとか、敵の輜重部隊はどれほどの戦力を有しているのかとか、気になることは尽きることはない。
そわそわと落ち着かない気分のまま昼食も一人で食べ、フィエルが戻って来たのは夕方になってからだった。
「ただいま戻りました、ティア。無事に馬車は全て回収することができた。」
「それは良かったです。」
馬車は全部で五十台も連なっていて、その護衛として騎士も同じくらいの数がいたが、戦い自体はとくに問題なく終わったらしい。
そして、積み荷の一部が守りの石の部屋に運ばれてくる。食糧が入った木箱らしいが、木箱で何個もは要らないと思う。一体、何人分、何食分あるのだろうか。
食べ物があるのは良いのだが、一体いつまでこの生活を続けるのかと思うと気が滅入る。野営にも慣れなければ領主一族としての務めも果たせないが、先が見えないのはとても辛い。
そう思っていたが、翌日朝早くから状況が急変した。
急ぎの知らせにやってきた文官によると、西の防壁への攻撃がかつてないほど激しくなり、用意していた者たちでは守りの石を維持できなさそうだというのだ。
「人を回して対応するしかないですね。」
「ハネシテゼ様に対応していただくよう説得していただくことはできませぬか?」
文官たちの言うことがよく分からない。ハネシテゼは西門の増員に反対しているのだろうか。破られてしまっては元も子もないし、増員はやむを得ないと思うのだが。
「何日か前、負傷した者があったと言っていましたよね。それはもう回復したのですか? 怪我の程度は知らぬが、守りの石に魔力を籠めるくらいはできぬのか?」
「ここを見る限り、目の前に恐ろしい攻撃が飛んでくるわけでも無残な死体を見ることもないのだから、文官でも十分に務まるだろう。何十人かいるのだから回せば良いでしょう。」
増員するならば、戦えない者からだと騎士が主張する。戦える者は戦って敵の数を減らさなければ、消耗だけ増えて打てる手がなくなってしまうということで騎士たちの意見は一致するようだ。
文官たちは恨めしげな目をしながら城に戻っていくが、一体、何が不満なのか私には全く分からない。
その後、ほとんど時間を置かずに壁上で見張りに立っていた兵から敵が来たとの報告を受けて私も急いで防壁の上に向かう。
梯子を登りると、階段を駆け上がるまでもなく壁のすぐ外側に西から火柱が並んでいくのが見えた。こうして防壁の上からの反撃を防ぐのだと分かったが、私の目の前までは火柱は来ていない。
急いで壁上に出ると、幾人もの騎士がこちらに向かってきているのが目に入った。
一番近くても、敵は私の射程の何十歩も向こうだ。身を伏せて隠れながら敵と火柱の位置を確認しつつ、近づいてくるのを待つ。
だが、敵が私の射程内に入るよりも、私が火柱に焼かれてしまう方が早そうだった。どうすれば良いかと必死で考えて、閃いた。
おもむろに体を起こして左腕を真上に伸ばし、左耳を塞ぐ。少し苦しい体勢になるが右腕で右耳と両目を塞ぎ、準備完了だ。
非常識な強さの閃光と轟音に包まれ、周囲の者たちから視覚と聴覚を奪い去る。
ついでに平常心も消し飛ぶことになり、ウンガスの騎士たちも大混乱に陥る。
私にも、少々やりすぎた雷光の魔法を使うことはできなくはない。直撃しなくても、半径百数十歩ほどの範囲にいる者の目と耳を一時的に麻痺させるこの魔法は、こういうときにこそ役に立つ。
馬は暴れて騎士も御すことができずに半数ほどが振り落とされる。そうなれば魔法を使うどころではないし、それ以前にどちらが防壁なのかも分からないだろう。
次々と火柱が消えていき、私は防壁の上を走り、一番近くの敵から順番に雷光で貫いていく。
馬が明後日の方に走って行ってしまったため、二人を取り逃すことになったが十二人の騎士をまとめて倒したのだ。しばらくは敵の攻撃はないだろう。
一度戻って騎士に報告すると「できれば事前に作戦をお伝えください」と苦言を呈されてしまった。雷光の大部分は壁の向こう側で、閃光に直接目を貫かれることはなかったはずだが、それでも驚かない者はないし、市民が混乱して騒ぎだす恐れもあるということだ。
「申し訳ございません。咄嗟に思いついた反撃手段だったのです。」
その有効性は敵の騎士の十四人中十二人を倒したということで納得してもらえたが、今後は必ず事前に言うようにと念を押されることになった。
ここまで読んで、まだ何もしていないそこのアナタ!!
もう150話ですよ? 40万字以上も読んでいるんですよ??
そろそろ評価しても良いとは思いませんか?
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