147 排除
私たちが偵察部隊の排除を行っている間に、南のウンガス陣営から爆音が聞こえてくる。ハネシテゼと八十の騎士による強襲が始まったのだ。
派手に轟音が鳴っていれば、当然、敵も気になるだろう。林の中に隠れていた者は見つからないが、西隊からも様子を見にくる者があっても不思議ではない。
騎士と合流し、防風林に隠れるように進み西へと向かっていくと、予想通り七騎の班が畑を走ってくるのが見えた。
防風林を挟んでいるお陰か、敵はまだこちらに気付いている様子はない。畑を斜めに横切るように突っ切ってに南東に向けて馬を急がせている。
「どういたしましょう?」
「一度隠れます。」
馬を東に少し戻して、茂みの濃いところで敵の目をやり過ごす。私たちの真北の畑を横切り、一区画ほど先へ行ったところで、こちらも東に向けて動きだす。
ウンガス騎士の進み方からすると、この東西の防風林を抜けるつもりなのだろう。畑一区画ほどの距離をとって進んでいくと、ウンガス騎士が防風林に隠れて見えなくなる。
もし、敵がこちらに気付いていたら、ここで攻撃してくる可能性が最も高い。すぐに迎撃できるよう身構える。数秒待っても特に攻撃はなく、敵はそのまま森を抜けて走っていく。
ウンガス騎士たちが畑を走り南東を目指すのを確認し、私たちも全速力でそれを追いかける。既に弓矢の射程内だし、全力で馬を走らせれば魔法の射程内にもすぐに入る。
「射て!」
私の指示で弓兵が一斉に矢を放ち、ウンガス騎士たちに襲いかかる。本当に全くこちらに気付いていなかったようで、向こうは風の防御も用意していない。
命中した矢は一本だけだが、それでも十分だ。平民兵が騎士を討ち取ったとなれば、殊勲目覚ましいと言えるだろう。
背後からの攻撃に騎士たちは咄嗟に反撃に出ようとするが、それが命取りだ。奇襲を受けたら防御と逃走に徹するべきなのだ。
私の雷光が三人を捉え、騎士の爆炎が土埃を浴びせる。そこから逃げようとしてももう遅い。既に全員が私の射程内だ。とどめの雷光を放てばそれで片が付く。
「随分と脆いですね。」
「対人戦経験が無いのでしょう。咄嗟に防御をすることもできていませんでしたから。」
恐らく、西側ではまともな戦闘になることもなく、一方的に叩きのめすだけだったのだろうと騎士たちは言う。何度か戦闘を繰り返していれば、攻撃を受けた場合の防御行動は嫌でも身につく。
だが、防御に不慣れならば、付け入る隙は十分にあるということになる。いくらなんでも、彼らは私たちを油断させるために、ここでわざとに殺されてみせたということはないだろう。
南の方は、随分と静かになっている。といっても、叫び声はひっきりなしに続いている。聞こえないのは魔法の爆音の方だ。
戦いがまだ続いているのは、叫び声が止まないことから分かる。おそらく風で敵の攻撃を防ぎながら、雷光で倒していってるのだろう。特大級で放てば別だが、雷光の音は遠くまでは聞こえない。
ハネシテゼたちの戦局は気になるが、私たちがすべきことは南の戦いに参加することではない。
南と西の敵を完全に分断することだ。西から様子を見にきた者を倒し、南から救援を求めてだろうか、必死に走る者にとどめを刺す。
情報がない中で、戦闘の気配だけがあるというのは精神的にとても辛いものだ。自分たちから仕掛けた作戦ならばともかく、敵からの攻撃を受けているのに、何の情報も入ってこなければとても不安になる。
西側の敵部隊は何度も偵察に兵や騎士を出しているのに、一人も戻ってこなければ、その苛立ちと不安は相当なものになっているだろう。
私が門を出て三時間ほどのところで、西側の敵部隊が大きな動きを見せた。
「魔物が南に向かっています。かなりの数ですね。こちらに引き寄せてみます。」
「かなりの、とはどれ程でしょう?」
「百は軽く超えています。」
そう言うと、弓兵たちはまともに顔色を変えるが、魔物の数が少々多いくらいならば私一人でどうとでもできる。
「魔物を操る者に注意してください。どうやって操っているのかは知りませんが、命令するだけで動くとも思えません。魔物を誘導している者が一緒にいるはずです。」
言葉で命令するだけで動くほど魔物の知能が高いとは思えない。知能が高い魔物はいないこともないが、相当に巨大かつ強力なものであるし、人の言うことを聞くとも思えない。
何にせよ、魔物相手に私がやることは一つだ。
魔物退治しやすい場所を選んで、魔力を撒く。地中から魔虫が涌き出てくるが、それは先に倒しておく。
私の目論見通り、魔物の群は近くに嗅ぎつけた魔力に引き寄せられる。数百歩にもなろうかという長い魔物の列が防風林の向こうに見え、それがこちら側に向きを変えてやってくるのは、はっきりと分かった。
「あんな数の魔物、見たことがない!」
「そうなんですか? 私はよく見ますよ。」
弓兵たちは上擦った声で逃げたそうなことを言うが、別に逃げる必要はない。
魔物の列の先頭を走ってくるのは六本足の灰色の狼。そこに向けて、小さな魔力の塊をいくつも投げつけてやる。
狂ったように吠えながら魔力の塊に食いついていく狼の魔物は悉くが雷光に貫かれて大地に転がり、それに食いつかんとやってきた熊やその他の魔物たちも、死体の山を大きくするだけに過ぎない。
わざわざ運んで積み上げなくてもできあがる死体の山に火を放っても、魔物はまだまだやってくる。
そして、五人の騎士が魔物の列の後ろから喚きながら追いかけてきた。
「あれでしょうか?」
「恐らくそうですね。魔物に攻撃しないということはウンガスの騎士なのでしょう。この距離で矢は当たりますか?」
私は魔物を倒すのに忙しい。暇そうにしている騎士と弓兵に、ウンガス騎士の相手をしてもらう。
「もう少し近寄ってほしいですね。二百歩以内であれば、命中させてみせます。」
騎士と弓兵たちは相手の動きを見ながら弓を構える。魔物の山の向こう側で、敵は平静さを欠いた状態で叫び回っている。燃え盛る死体に食いついては、その仲間入りをしていく魔物を止められなくて、周囲が見えなくなるほどに慌てているようである。
そこに矢が次々と放たれて降り注ぐ。
五人の騎士はそれで終わりだった。全員が矢を受けて馬から落ち、鳴き声のような悲鳴を上げて悶え、あるいはそのまま地面で動かなくなる。
魔物退治もそう長くはかからない。残らず仕留めると、いつもの癖で追加の炎を放ってしまう。
「これ、燃やして灰にした方が良いのですよね?」
「そこまでする余裕があるとも思えませんけれど……」
試しに聞いてみたが、やはり返事は概ね「今、優先するべきことではない」ということだ。畑の真ん中だし、放置して燃えるところまで燃えれば良いんじゃないかと思う。
「さて、これでウンガスは戦力をさらに失ったわけですね。」
「そうは言いましても、魔物が壁を攻めるのに役に立つとは思えません。」
「いや、ウンガスの指揮官としては戦力が低下したと考えるものだろう。」
つまり、私たちにとっては、敵の有効戦力は大して変わらないが、ウンガスにとっては保持戦力が落ちたということだ。
しかし、ウンガス本陣がそれを知るのはまだ先のことになるはずだ。爆炎の一つも使わず、悲鳴の一つも上げさせずに魔物を潰滅させたのだ。騎士の弱弱しい泣き声など、防風林の向こうでなくても聞こえないだろう。
ウンガス騎士にとどめを刺すとともに、彼らの持ち物を回収する。とくに五人全員が持っていた矢筒は重要だ。使うことなく終わった矢筒には、かなりの量の矢が入っていた。
「これは合図用ですね。何の合図なのかは分かりませんが。」
矢に音を鳴らす仕掛けを取り付けて合図に用いるという話は聞いたことがあるが、実際にそれが取り付けられた矢を見るのは初めてだ。騎士に言われなければ『変な形の矢』としか思わなかっただろう。
「これは捨てるしかないでしょうね。あるいは、夜に防壁の上から放ってみましょうか?」
何かの嫌がらせに使えれば良いのだが、そういうことはハネシテゼの方が得意だったりする。予備の矢筒に入れて持って帰ることにした。




