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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子  作者: ゆむ
中央高等学院3年生
145/593

145 急転

 用意されていた食事を持って南の守りの石のところへ戻ると、フィエルは意外と平気そうだった。


「もう終わったのか? こちらは大したことはなかったぞ。攻撃されたのは分かったが、そう長く続きもせずに終わったしな。」


 今回の攻撃程度なら一時間くらいならば継続しても耐えられそうだと言うフィエルの表情は、強がりを言っているようには見えない。だが、そう思わせて油断させることが敵の作戦なのかもしれない。


 ウンガスの方も何も考えていないということはないはずだ。今後の布石ということは考えての攻撃なのだと思った方が良いだろう。


 今回の奇襲でかなりの数の騎士を倒せたし、敵の戦力があとどれほど残っているのかは分からない。西側の敵とどの程度連携して動くかもまだ分からない。


 騎士や兵士と交代で見張りをしながら、一晩中守りの石に張り付くことになる。


 夜間の敵襲は二度あり、起こされて対応したがそれほど攻撃が続くこともなく、問題なく乗り切ることができた。そして、朝食を持ってきた文官によると、西側はかなり頻繁に攻撃を受けたらしい。


「こちらは二度だ。二度とも十人足らずで火球を投げてきただけで何も問題ない。」


 こちらの報告は、実際に敵の攻撃を見た騎士が行う。守りの石の側にいる私やフィエルには、敵がどのように攻撃してきたのかは分からない。報告は十分に守り切れる程度だった、と付け加える程度だ。



 文官が城に戻っていき、数分も経たないうちに別の文官が急報に走ってきた。


「西門近辺が敵の総攻撃を受けています。南の敵に動きはありますか?」

「見える範囲では特に変化はない。」

「南側は動かず待機という指示でございます。こちらも動く可能性がありますので、十分ご注意ください。」


 それだけ言うと文官は馬の向きを反転させて走っていく。私もそれを見送っている場合ではない。階段を駆け登って敵陣へと目を向ける。


 敵の兵は特に変わった動きがあるようには見えない。だが、防風林の向こう側の動きまで正確に察知することは不可能だ。騎士たちが防風林の向こうを大きくまわって西側に合流している可能性はなくもない。


迂闊(うかつ)に動くわけにもまいりません。こちら側が手薄になるのを待ってから攻撃を仕掛けてくる魂胆かもしれませんから。」


 思わず駆け出したくなるが、騎士に諭すように言われ、深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。


 敵の布陣を確認するのを待たずに攻撃を仕掛けるべきだったとか、罠を考えておくべきだったとか、色々な思いが頭を巡るが、そんなものは全て手遅れで後の祭りだ。今更考えても、どうしようもないと分かっていても、後悔が次から次へと湧いて出てくる。


 何とかしなければと気持ちばかりは焦るものの、良策は思い付かず、ゆっくり休む余裕もないままに時間だけが過ぎていく。


 南側の敵に全く動きが見られないのも、苛立ちを募らせる原因の一つだ。昨日のように攻撃にやって来ればその対応に集中することもできたのだろうが、今日は全く攻撃に来る様子もない。



 二時間に一度くらいの頻度で文官は情報の伝達と収集にやってくる。


「こちらは敵の動きに変化がありません。報告事項としては、敵の攻撃が全くないという一点だけでございます。西側の状況はどうなっているのですか?」


 早口にこちらの報告を済ませ、西側のことについて尋ねる。気になって落ち着かない私を見て騎士は苦い笑いを浮かべるが、私はそんなに大人になれない。


「攻撃は苛烈さを増していますが、それでも耐え切れないという程ではないようです。」


 守りの石は既に二人交代して現在は三人目が担当しているが、まだ四人残っているし、それでも足りないようならば城の騎士を何人か出すということだ。


「反撃の目途は立っているのでしょうか?」

「今は作戦の調整中ですが、敵がある程度疲労したところを狙うことになりそうです。」


 敵だって側面からの攻撃は想定しているはずだ。壁上からの反撃ができないように連続で魔法を放っているならば、こちらにできるのは北や南から出て横から叩くことだけなのだ。それを考慮に入れていないはずがない。


 敵が待ち構えているところに攻撃しても、効果は低い。むしろ、こちらが大きな被害を出すことも考えられる。何とかして上手い作戦を考えなければ、状況が好転するとは思えない。



 何の案も出せないままに、文官は城へと戻っていく。彼らをあまり長く引き留めるわけにもいかない。こちらの状況を城や西門の者たちにも伝えなければならないのだ。


「ティアリッテ様。我々が考えるべきはあちらです。」


 騎士が南の敵を指して言う。西を心配するあまりに南の敵への対処を怠って、その結果南門が破られてしまったのでは本末転倒というものだ。


 気を取り直して視線を南へ向けるも、敵は相変わらず沈黙を続けている。

 必死に目を凝らしてみても、防風林の向こう側の敵が動いているようには見えない。


「適当に魔法を撃ってみても良いでしょうか?」


 どうにかして敵を動かしてみた方が良いのではないかとも思い、防壁の外側に出てみると、思ったよりもすぐ近くに魔力の気配があった。


「門のすぐ横に敵がいます! こちらの伏兵ではないでしょう?」

「そのような配置は聞いていません。」

「声を掛けて、返事がなければ撃ってしまって構わないですよね?」


 騎士たちの反対もないので、私は防壁の上を門に向かって進む。手前側は雷光の射程限界くらいだが、向こう側に潜んでいる気配は明らかに射程外だ。


「どうかなさったのですか?」


 門の上で監視している兵が私の接近を見て声を掛けてくる。


「あなたは不審な者を見なかったかしら? たとえば、このすぐ下に。」

「すぐ下ですか? 私は何も……」


 兵は狼狽えたように否定するが、別に彼らを責める気はない。恐らく敵は夜のうちに、大回りをしてここまで来たのではないかと思う。


「そこの門の横に隠れている者、どこの所属ですか? 誰の指示で配置についたのです?」


 大声を張り上げてみるが、何も返答はない。もう一度言って何もなければ敵だろう。


「返事をしなさい! 何もなければ敵とみなして攻撃を加えます。」


 そう言っても返事はないし、気配に動きもない。だが、気配に向けて水の玉を放ってやると、人の悲鳴が上がる。


 ただの野生の魔物という可能性もあったが、声を聞く限りでは人で間違いなさそうだ。さらにもう一度確認のために聞いてみるが、やはり返事はなかった。


 その代わりに、気配は動く様子を見せる。現在の場所から離れれば、私の攻撃を免れるとでも思っているのだろうか。


 私がそれを見逃すはずもない。気配のあるあたりに雷光を撒き散らして、一気に息の根を止める。


 門の手前と向こう側。それぞれ一回ずつ魔法を撃てばそれで終わりだが、私のやるべきことはまだ残っている。


「門のすぐ外に潜んでいた敵、七人ほどを討ちました。北や東の門の周辺にも敵が隠れているかも知れません。すぐに連絡をお願いします。」


 監視の兵士は防壁の外側にでることができない。身を乗り出して倒れている人影を確認できれば良いのだが、それができるのは私だけだ。


 兵たちは顔を見合わせながらも、馬を用意し、連絡に走る準備を整える。


「水を撒けば、簡単に潜んでいる者を見つけられることも伝えておいてください。」


 伝令に走ろうとする兵に声をかけると、兵は頭を下げて走っていく。



 敵はおそらく、西への対応のために門を開けたところを狙うつもりだったのだろう。気付かなければ大打撃を受けた可能性があるが、知ってしまえば排除するのはそれほど難しくない。


 雪解けが進んでいるとはいえ、決して暖かいといえる気温ではない。頭から水を浴びてしまっては、凍えてしまうだろう。それでもそのまま隠れ続けていれば、戦うどころではなくなってしまうに違いない。


 相手が悲鳴を上げたり移動をして居場所が分かれば、そこに向けて攻撃を加えてやればいいだけだ。

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