141 待機
守りの石の建物の中で、毛布にくるまって横になる。石の壁に石の床はとても冷たいが、外で寒風に吹かれているよりはマシだろう。見張りに立つと言う騎士たちにも休むよう言って、私は目を閉じた。
次に目を開けたときには扉にも陽の光は感じられなかった。だが、外の騒ぎが寝ている場合ではないことを教えてくれている。
一々片付けをしている暇はない。毛布を部屋の隅に放って外に出ると、兵たちが大声で叫びながら門の方に集まっていく。その内容からすると、敵が門のすぐ前にまで来ているらしい。
「フィエルは守りの石に。ティア、上に行きますよ。騎士は二人、下で待機。一人だけ一緒に上に来てください。」
ハネシテゼは早口に指示を出すと、建物の横に見つけた梯子を登っていく。私は梯子を登るのは初めてだが、戸惑ってもいられない。横棒に摑まり足をかけると、後ろから騎士に手の握り方が違うと教えられた。
「このように抱える様に握った方が力が入り、安定します。」
私が梯子に不慣れなのは一目瞭然なのだろう。「手を動かし終わってから足を動かし、一段一段確実に登ると良いです」などとも助言をしてくれる。ハネシテゼはもっとするすると登っていたが、あれはどう見ても慣れた者の動きだ。私には真似することができない。
頑張って梯子を登りやっと屋上に着くと、そこから防壁の上に出るための階段があった。ハネシテゼは既に壁の上で周辺を見渡している。
星もいくらかは見えるとはいえ、空に雲も多い。太陽は山際をうっすらと明るくしているだけで、周囲は夜闇が覆っている。しかしながら、敵はいくつもの松明を持っていて、移動している様子は十分に見て取ることができた。
「あのあとすぐに動き始めたのでしょうか。予想よりも来るのが早いですね。」
敵の具体的な人数までは分からないが、松明を持つ者は結構な数がいる。中央の奥には松明を持った集団が並んでいるが、あれは騎士だろうか。
「そういえば、魔物の気配がないですね。先ほど青鬣狼が全部倒してしまったのでしょうか?」
「まだ残っているはずですから、奥の方にいるのかもしれません。」
「こう暗いと敵の位置は分かっても、数や力までは分からないのがもどかしいですね。」
「まだ配置に時間がかかりそうですから、のんびり待ちましょう。」
ハネシテゼは建物の下で待機している騎士に声を掛けて毛布を投げ上げてもらい、フィエルにももう暫く休んでいるようにと伝えてもらう。
日の出まで、あと一時間近くはあるだろう。できるだけ体力を消耗しないようにしておきたい。敵の戦力がどのように配置されているのかを確認したいのだが、闇の中を見通すこともできないので、私たちも建物の屋上の上で固まって休むことにする。
ときどき小さい火の玉を出して温まりながらも、うつらうつらとした時間を過ごしていると、突然の大音声に飛び起きることになった。
あまり頭を上げないように防壁の外を見ると、何やら敵の兵たちが武器や拳を振り上げて喚き散らしている。
「あれは何をしているんですか?」
攻撃をしてくるわけでもなく、ただ叫び声を上げ続ける行為に何の意味があるのかよく分からない。
「威嚇をしているつもりなのかもしれません。」
「いえ、威嚇なのだと思います。ただし、我々騎士ではなく、市民に対してのです。」
街のすぐ外で大騒ぎしている敵がいれば、市民は不安を覚える者もいるだろうし、それを放置し倒しに行かない騎士や兵に対して不満を持つ者も出てくるだろう。
そして、民の不信が高まれば、騎士も動かざるを得なくなるだろうということなのだが、随分とお粗末なことである。
「なんという下らない作戦なのでしょう。自分たちは防壁を破れないと宣言しているようなものではありませんか。」
ハネシテゼも呆れたように首を横に振るが、何か作戦を思いついたようで「お望み通り討って出て差し上げましょう」と不敵な笑みを浮かべる。
「ティアリッテは南門の守りをお願いします。私は青鬣狼と一緒に東門から出ます。」
南門は間違っても開けてはいけないと言い残してハネシテゼは梯子を下りると、青鬣狼に跨り道を駆けていった。
馬では青鬣狼の足についていけないので、必然的に騎士はここに残ることになる。不服そうな表情を浮かべたりするが、ハネシテゼの思い付きには誰もついていけない。
だが、ハネシテゼが言ってしまったことにフィエルも不安を覚えたのか建物から出てきて「敵の動きはどうだ?」と尋ねる。
「喚いているだけです。攻撃してくる様子もないですし、もうしばらくゆっくりしていて良いですよ。」
「そう言われても、こう喧しくては落ち着かぬ。」
外の様子が見えないフィエルとしては、気になって仕方がないらしい。そうはいっても、敵が攻撃をしかけてきたらすぐに守りの石に張りつかねばならない。防壁の上に登って魔力の補充が遅れてしまったら大変である。
だが、まだしばらくは動きそうにないし、一度自分の目で見た方が安心もできるだろうと、一度交代することにする。
先に私が梯子を降りて、入れ替わりにフィエルが登っていく。騎士も交代で外の様子を確認することにして、私は守りの石に張りつく。
「よくああして騒ぎ続けられるものだな……」
防壁の上から戻って来たフィエルが呆れたように言うが、彼らには他に手段が無いのだろう。叫ぶだけでは壁を崩すことなどできないのにご苦労なことだ。
「私は兵に決して門を開けぬよう言ってきます。」
「ええ、お願いするわ。門が閉まっていると攻め入れないから騒いでいるだけだと教えてあげれば、兵も民も安心するでしょう。」
騎士が一人、兵に敵の策に乗らぬように注意に行く。再び梯子を登って防壁の外の様子を見るが、特に変わっている様子はない。
空は明るくなってきて、敵の隊列が見えるようになってきているが動きは無い。暗い間は動き回っていたのに、今はいくつかの塊に分かれて騒いでいるだけだ。
「どうして攻撃してこないのでしょう? 私たちの体力を殺ぐ作戦なのでしょうか? あの様子では敵の方が体力の消耗が激しそうですが……」
「騎馬が見えないのが気になりますね。体力を殺ぐ作戦というのは合っているのかもしれません。」
「しかし、騎士も魔物もいないならば、こちらは何も恐れる必要がないではありませんか。」
敵の動きはどうにも理解できない。外の様子を窺いながら騎士と話をするも、これだという結論は容易に導きだせない。時間をかければ不利になるのは彼らの方だと思うのだが、違うのだろうか。
一時間ほどそうして騎士たちと敵の策について話をしていると、馬車が一台やってきた。下りてきたのは文官だ。
「食事をお持ちいたしました。敵の様子は如何でしょうか。」
ジョノミディスの指示なのだろうか。食事が出てくるのはありがたい。荷を受け取って、敵の数や位置などについて説明すると、文官たちは再び馬車に乗って城へと戻っていく。
交代で食事を摂り、私たちはできるだけ体力を温存することに努めることにして、毛布にくるまって敵の動きを監視することにした。




