139 夜襲
守りの石は南門から少し東に行ったところにある。小さな建物が防壁にくっついていて、その中にあるらしい。
ジョノミディスより預かった鍵で扉を開けると、中は真っ暗だった。外は夜の闇だし、窓もなければ当然だが何も見えないのは困る。
「魔力の塊を浮かべて明かりにすると良いですよ。」
中の様子が全く分からないのに不用意に火を使って、火事になってしまっても困るということだ。掌の上に浮かべた赤い魔力の塊に照らされ、屋内が何とか見えるようになったが、何もないということが分かっただけだった。
「守りの石とはどれだ?」
「その中央の丸い石だと思います。手を触れてみればすぐに分かりますよ。」
ハネシテゼの指す正面の壁には確かに丸みを帯びた石がある。周囲の他の石は全て角ばっているので識別はできるが、分かりやすいとは言い難い。
「確かにこれだな。」
フィエルが手を触れると石はほんのりと黄色い光を帯びる。魔力を詰め込んでいくとその光は次第に強くなり、変わらなくなってきたころにフィエルは手を離す。
「これで良いのでしょうか?」
「魔力を詰め込もうとしても入っていかなくなったらそれで大丈夫です。」
目一杯まで魔力を詰め込んだのなら、今はとりあえずは大丈夫だろう。朝、敵がくる前にここに来て待機する必要があるが、今から張り付く必要もない。むしろ、敵の数を減らすことに腐心するべきだろう。
「魔力はまだ大丈夫ですか?」
「ええ、半分くらいは残っています。」
フィエルは大きく頷いて扉を閉めると再び青鬣狼に跨がる。
門でのやり取りが少々面倒であったが、一、二時間ほど門を開けてもらうということで落ち着き、私たちは町から出て南へと向かう。周囲に気を配りながら道を進んでいくが、畑に敵が潜んでいるような気配はない。
青鬣狼の足は早く、一分ほどで橋に着く。
「この橋の向こう側は敵地と思った方が良いでしょう。気を引き締めてください。一気にいきますよ!」
ハネシテゼの掛け声とともに、青鬣狼の走りは更に速くなる。黄豹や白狐が凄まじい速さで駆けるのは知っているが、青鬣狼もそれに劣らないかもしれない。
あっという間に橋を駆け抜けて、防風林を抜けると篝火があちらこちらに見えた。
それと同時に「何者だ!」と大声が上げられる。
「ここはウンガス軍の陣で間違いないか? 東回りは全滅だ! バランキルの軍がすぐそこまで!」
ハネシテゼは早口で虚実織り交ぜて並び立てる。突然のことに見張りの兵は目と口をポカンと開き、私たちを見比べるように視線を動かす。
「全滅だって……? 敵はどこに?」
「こんな時間ですが、急ぎ報告しなくてはなりません。」
「うむ。伯爵様はあちらにいらっしゃる。」
天幕の集団の一角を指して見張りはそう言い、ハネシテゼはそちらに向けて青鬣狼を走らせる。
「中央狙いで突撃しますよ!」
そう叫び、ハネシテゼは正面に雷光をばら撒く。それに続いて私とフィエルも左右に雷光をばら撒きながら突き進んでいく。
断末魔を上げることもなく天幕に中のウンガス兵たちが死体となっていくとろを、青鬣狼は全く意にも介さないように走る。馬では考えられない走破能力だ。むしろ、乗っている私たちが振り落とされないようしがみつくのが大変なくらいだ。
ひっきりなしに雷光を撒いていれば周辺の者たちは気付くし、騒ぎにもなる。そして、ハネシテゼの予測通り、魔物たちが闇の奥から飛び出してきた。
「一度下ります!」
雷光で迎撃してからハネシテゼが叫び、青鬣狼の背から飛び下りる。私たちもそれに倣うと、青鬣狼たちは咆哮とともに闇の中に消えた。
今までは背の上の私たちに気を使っていたのだろうか。本気で地を蹴る青鬣狼の動きは、暗闇の中で目で追うことができない。
あっという間にその姿を見失うと、咆哮と悲鳴がそこら中に撒き散らされ、大変な騒ぎになる。
「私たちが行くのはあちらです!」
ハネシテゼが指すのは敵陣の奥深くだ。周辺の兵士も魔物も構わず全て雷光で貫き、真っ直ぐ突き進んでいく。死体の山に魔力を撒けば、魔物はさらに寄ってくる。撃てる限り雷光を撃ち、倒せるだけ敵を倒して進んでいると、ハネシテゼは突然周囲に爆炎を撒き散らす。
「そろそろ敵の弓を警戒してください! 守りがなければ、あっという間にやられてしまいますよ!」
見回すと混乱している中にも弓を構えている者も散見される。急いで風の魔法で周囲を覆い、弓矢での攻撃に備える。だがそうしている間にも、敵兵たちは距離を取りながらも私たちを取り囲むように動いてくる。
「騎士も動き始めたようです。派手にいきますよ! 目と耳を塞いでください!」
何をするつもりなのかはよく分からないが、私は言われるままに目を閉じ、両手で耳を塞ぐ。
その直後、とんでもない閃光が閉じた両目の視界を白で埋め尽くし、凄まじい轟音が大地と大気を震わせた。この攻撃には覚えがある。少々やりすぎた雷光の魔法だ。
閃光は光量は激烈を極めているが長時間持続するものではなく一瞬で終わる。目を開けてみると、周囲の兵も騎士も完全に混乱に陥っていた。真昼でも眩むような閃光で目を刺されたらしばらく何も見えないだろうし、轟音に耳をやられれば音を聞くことも儘ならないだろう。
矢を番えた兵たちには私たちを狙うことなどできるはずもなく叫びを上げるばかりだし、騎士の乗る馬は恐慌状態で暴れている。つまり、私たちを襲うものはなく、全力で前へと進めるのだ。
射程に入った騎士から雷光で貫き、馬から振り落とされた者にとどめを刺していけば、二十人程度の騎士の一団はあっという間に壊滅する。
「馬の頭に小さい水の玉を当ててみますよ。上手くいけば我に返ってくれます。」
嘶き暴れる馬を指してハネシテゼがいう。馬が落ち着いてくれたら乗りたいということらしい。だが、近づくわけにはいかない。暴れる馬に蹴飛ばされでもしたら、大怪我をしてしまう。
ぱしゃん、ぱしゃんと鼻先や頭の上を目がけて小さな水の玉を放ってやるが、それで大人しくなったのは二頭だけだった。馬はあと四頭いるが、興奮が醒めずに暴れ狂っている。
「あまりやりたくはないのですが、二人乗りで行きましょうか。」
都合よくいかないものはどうしようもならない。
暴れる馬を鎮める方法なんて私は知らない。フィエルと二人乗りでさらに前へと進む。少しでも倒しておきたいのは平民の兵卒ではなく、貴族で構成された騎士だ。特に、中級や上級の騎士は一人でも多く減らしたいのだ。
混乱が収まらない中を突き進み、天幕を焼き、右往左往する者を屠っていく。死体の転がる中、馬の歩みを早めることはできないが、それでもやっと正面に並んだ馬車が魔法の射程に入るところまで着くことができた。
「あの馬車は食料を積んでいるのでしょうか?」
「それにしては華美ではないか? 人が乗るもののように見えるぞ。」
「偉い人用でしょうね。炎雷の魔法で破壊しましょう。怒られるでしょうが、敵の心胆を寒からしめる方が大事です。」
バランキル王族の怒りを炸裂させるのだと言って、ハネシテゼは巨大な炎雷を馬車に向けて放つ。炎雷は馬車に当たる直前に何かに当たったように一瞬動きを遅くし、何かが砕ける音がした。
「守りの石のようなものを持ってきているのでしょうが、わたしの炎雷はその程度では防げません!」
ハネシテゼは勝ち誇ったように叫び、馬車が二台砕け散る。炎雷の魔法の威力を初めて見たがとんでもないものである。そういえば、対物破壊能力はこの魔法が最強だと言っていたことを思い出し、納得する。
私とフィエルも一発ずつ炎雷を放ち、豪華な馬車が次々に砕けていく。七台固まって置かれていた馬車を全て破壊すると、私たちは方向を変えて青鬣狼が消えていった方へと向かう。そちらはまだ咆哮や悲鳴が続いているが、先ほどよりは減ってきているように思える。




