126 追跡
「魔物と一緒に、ですって……?」
「落ち着いてください、ハネシテゼ様!」
ハネシテゼは全身から魔力が漏れ出すほどの怒りを見せるが、今、私たちの目の前に敵はいない。何度か深呼吸をして気を鎮めようとしているが、平民たちは完全に怯えてしまっている。
「先を急ぎましょう。早く敵を見つけなければ、被害が増えていく一方です。」
逃げてきた平民たちを驚かせても何の意味もない。ハネシテゼの怒りは早めに敵に向けてぶつけてもらった方が良さそうだ。
馬の手綱を引いて北西方向に向かうとハネシテゼも気持ちを切り替えてすぐにやってくる。
山の中を進むのはとても時間がかかる。雪も残っていて歩きづらい上に、時折崖に阻まれて先に進めなくなる。
山の中で野営をして、翌朝に町へと入る。この先は食料の供出を受けるのも厳しくなってくる。
近いうちに馬車で運ばせると言っても、到着するのは一ヶ月以上は先のことになる。小領主だって、食糧不足を心配して当然だ。
それでも何とか食べ物を分けてもらいながら進み、イグスエンに入って四日目に滅ぼされた町を見つけた。
「町の周囲を探索します。敵がどちらから来て、どこへ向かったかを探してください。ティアとフィエルは南側を担当、わたしとジノは北側です。」
町は焼かれ破壊され、みるも無残なことになっているが、町の外の畑もそれは溢れ出していた。
目をどこに向けようとも遺体が視界に映る。
逃げ出そうとしたのだろうか、馬と人がいくつも折り重なるように倒れているものもある。
非常に気分が悪い。
涙が勝手に溢れ出てくる。
「落ち着いてください、ティアリッテ様、フィエルナズサ様。」
横を見ると、フィエルも歯を食いしばり怒りを露わにしている。私たちの後ろをついてきていた騎士たちは、周りを囲むように近づいてきている。
「人の遺体を見て平静でいられないのは分かります。ですが、今は気持ちを抑え、役割を果たすことに集中してください。」
騎士たちは心配そうに私たちを見ている。騎士たちのほとんどは、父ほどの年齢か、あるいはそれ以上だ。
諭され、私は一度目を閉じて大きく深呼吸する。
「済まない。感情が昂りすぎていた。敵の痕跡を探そう。」
フィエルも気持ちを切り替えて、破壊の跡の変化や足跡を探そうとする。
だが、それらしきものはなかなか見つからない。畑の中を走りまわった跡はあっても、畑の外側まで続く足跡はない。
「む? これは獣の足跡か?」
「森の方からやってきているように見えますね。」
足跡の様子は一頭や二頭ではない。正確には分からないが十四ほどはいそうな感じがする。
足跡は森から町まで続いているが、町の中は荒れすぎていて追跡が困難だ。
「まあ良い。他に見つからなければこれを追おう。」
外からやってきた痕跡よりも、外に出ていった痕跡の方が重要だ。町の中に生き物の気配がない以上、ここを襲った者たちは既に出ていったと考えるべきだ。
注意深く探していくと、今度は獣の足跡が外に向かって続いているのを発見した。
「ティアはこれを追ってくれ。先程の足跡に繋がっているかの確認だ。」
「分かりました。」
見た感じだと、先ほど見つけた外からの足跡とよく似ている。逃げた者たちを追って出ていき、再び戻ったのだと確認されればこの足跡はもう気にする必要はない。
別に続くならば追う必要があるだろう。
森の中に続く足跡は比較的追いやすい。獣の数が多ければ、それだけ痕跡も残りやすい。
雪や土が踏まれ、小枝が折れているところをずっと追いかけていけば良い。森の中をぐるっとまわり、予想通りに先程見つけた足跡のところに出た。
「特に収穫はありませんでしたね。」
「いえ、敵が北側に行っていないことが分かりました。」
なるほど。見つけることにばかり意識が向いていたけれど、言われてみれば痕跡がないことを確認することにも意味がある。
馬を急がせフィエルに合流すると、そこで一度休憩を取る。少しでも急ぎたいが、馬の息が少し乱れてきているのだ。
森の際で馬を休めていれば、茂みの新芽を勝手に食べていてくれる。私たちは魔物を警戒しなければならないが、そもそもごく小さな気配しかないし、心配することもない。
何分かの休憩を終えて、再び痕跡を探しながら進んでいくが、それらしきものは一向に見つからない。そしてそのまま、正面からやってきたハネシテゼたちと合流する。
「どうでしたか?」
「一度森に行って戻ってくる足跡があっただけです。」
「では西南の街道の足跡で正解なんでしょうかね。誤魔化しもしないとは、無用心なのか自信があるのか……」
「この時期に追われることは考えていないのですよ。常識的に考えれば、こちらの軍が到着するのは一ヶ月以上も先です。」
どうやら、ハネシテゼたちは来た痕跡も出ていった痕跡も見つけているようだ。話をしながら馬を反転させ、見つけた足跡の方へ向かっていく。
「これは……。ハッキリしすぎていて何となく怪しいような気がしますね。」
こちらに来てくださいと言わんばかりに大量の人や馬の足跡が連なり、何かを引き摺ったような跡もある。罠を疑いたくもなるというものだ。
「騎士や兵の数が多いだけでしょう。数百もいれば痕跡を消すことは難しいですから。」
そう言う騎士たちも苦笑いをせざるを得ないようだ。
「これより先は、火は最小限で行きますよ。先に敵に見つかっては面倒です。」
煙を上げていれば、かなり離れていても容易に見つかってしまう。敵にわざわざ情報を与えてやる必要はないとハネシテゼは繰り返して言う。
「戦いは近そうですね。」
敵の休憩跡を発見し、私はポツリと呟いた。
「気を引き締めてください。このままいけば敵を背後から叩けます。上手く敵の虚を衝くことができれば一気に潰せるかもしれません。」
敵の数は、五千とも一万とも言われている。常識的に考えれば、僅か八十四騎でそれを蹴散らせるとは思えない。
だが、敵が背後から襲われることを考えていないならば、隙だらけのところを狙える。そのためには、私たちがいることを知られるわけにはいかない。
説明するハネシテゼは、本気で私たちだけで敵を倒すつもりでいる。もちろん、それができるならばそれに越したことはない。
しかし、そう上手くいくのだろうか。
「運が良ければ、ですよ。でも、その機会を得ることが可能ならば、まずそれを狙うべきです。無理だと思ったら、即座に中断して逃げます。」
「逃げてしまってよろしいのですか?」
「敵の一部でも私たちを追いかけてくれるなら、それは好都合というものです。」
町が襲われているのに逃げるなんて、と不思議に思って質問すると、それはそれで構わないのだという。
私たちを追いかけている敵は、町を襲いに行けない。敵が追跡に人数を割けば、町を攻める勢いがその分弱まる。逆に、少数しか来ないならば、さっさと叩き潰してしまえばいい。
誰も追いかけてこなければ、私たちはすぐに態勢を立て直すことができる。
いずれにしても利になるのだから、危険だと思ったらすぐに逃げてしまえばいいとハネシテゼは断言する。
ハネシテゼの説明に騎士たちも戸惑いを見せるが、戦いの場で迷うのがもっとも無価値だということに関しては全員が首肯する。
全員の意見が一致したところで再び進み始める。山の中の道は曲がりくねっていて、進みづらい上に周囲の木々が視界を塞ぎ、敵の影も掴みづらい。
「一度街道を離れます。右側の尾根伝いに一度山頂を目指します。」
敵を見つけるのが最優先ということで、見晴らしが良く、登りやすそうな山を目指すことになった。尾根の少し東側を隠れるように登り、山頂から見渡すと遠くに湖や町が見える。
「敵は、あれですね。」
向こう側の山に、何やら動く線が繋がっている。あれが行軍する敵でないのなら一体何なのか知りたいものだ。
いくべき方向と周辺の地形を確認したら、早速斜面を降りていく。途中で何度か休憩を取りながら進むが、明らかに敵に近づいていることが分かる。
「今日はここまでです。そこの崖下で野営にしましょう。」
少しだけ開けたところは、敵の位置からは崖の陰になるところだ。そこならば、煙が見えないほど暗くなってからならば火を使える。




