123 緊急の報せ
今年は昨年のように無茶な魔物退治の命令もない。四年生との合同演習も、私たちというかハネシテゼのやり方に従う形となり、こちらも特に問題が起きずに進んでいった。
お茶会も無難に過ごし、驚くほど何もなく春を迎えることになる。そう思っていたのだが、講義が終了するまであと数日というところで王宮からの呼び出しがあった。
指名されたのは、フィエル、ジョノミディス、ハネシテゼの四人だ。ジョノミディスの名前はあるのに、幸か不幸かザクスネロの名前はない。このようなところに家格の差が出てくる。
「ハネシテゼ・ツァール、他三名、お呼びに従い参上いたしました。」
一年ぶりの会議室の前で跪き、挨拶の口上を述べる。客の中で最も身分の高いハネシテゼが代表であり、私たちはその後ろに並ぶ。
「固くならなくともよい。今日は大した用事ではない。」
大した用事ではないなら呼び出さないでほしいものである。第二王子に入って座れと言われて私たちは四人そろってソファーに向かう。
「任務を行なってもらうために呼んだのではない。畑の管理の実務について、担当の文官に教えて欲しいのだ。学院でも学生相手にやったと言うし、数時間で終わるだろう?」
要は、文官たちに対して質疑応答や、私たちの今年の課題にどう取り組む予定なのかを教えて欲しいということだ。
趣旨としては、実際に現場に出るものへの予備知識を与えたいということで、王子が同席する意味はほとんどない。責任者として、どのような話がなされたかを確認したいだけだろう。
王子の前ということで多少緊張するだけで、話は特に問題なく進む。時折王子が「そんなことまでするのか」と呆れたように口を挟むが、その程度ならば大した問題ではない。
王子としても食料の増産の方が重要なようで、「貴族のすることではない」というようなことは言い出さない。
そもそも、私たちはこうする、という話であって王族もやれとかいうことでもないし、何をやって何をやらないかは倉や財政の状況を見ながら決めることだ。私たちが口出しをすることではない。
「エーギノミーア公爵がいらっしゃいました。」
話をしているとノックがあり、来訪者が告げられる。父まで呼び出して一体何を聞くのだろうか。と思っていたら、こちらは責任者として気をつけなければいけないことの確認のようだった。
ブェレンザッハ公爵やデォフナハ男爵までやってきて、他領の手本となるような進め方という話がなされる。その横で私たちは現場の話をしていく。
「野菜の加工には騎士を使うのでございますか?」
「騎士である必要はございません。魔法を使用できる者がいると、作業の時間と場所を低減できるということです。」
根本的に、王都周辺の畑でどれほどの収穫向上が見込めるのかは分からない。現状を正確に知っている者がいないのだから分かりようがないのだ。土の性質や潜んでいる魔物の数など、様々な要因で収穫量は変わってしまうものだ。
エーギノミーアでは三倍になったからといって、それがそのまま王都周辺に適用できるわけではない。ブェレンザッハの実験では、エーギノミーアよりも作物ごとのバラツキが大きかったというし、ここがどういう結果になるかは分からないのだ。
三倍を見込んで作付けを大幅に減らして二倍にしかならなかったら大惨事である。そして、数割増しを見込んで三倍になれば、収穫や加工が追いつかなくなる。
「最初は魔力を撒く畑は少なめにして、数年かけて増やした方が良いのかもしれませんね。」
「倉や財政状況次第でしょうね。今年、来年でどうにかしなければならないなら、かなり思い切った施策は必要かと思います。」
「なるほど、参考になります。それで、魔法をどのように役立てるのでしょう?」
文官たちは私やジョノミディスの意見を真剣な表情で聞き、さらに質問をしてくる。
魔法の使い方は様々だ。
根菜の土を洗い流すための水魔法や、芋を茹でるための火魔法は低学年の学生でも使える初歩的な魔法で十分だ。
「風と火の魔法を組み合わせて温風を発生させる魔法は、騎士なら問題なく使えると思います。台の上に切った野菜を並べてそこに渦を巻くように温風を当ててやることで、長くても一時間ほどで干し野菜に加工できます。」
魔法を使わなければ最低でも丸一日かかることを考えると、十倍以上の速さで加工できるのだ。想定以上に野菜が実ってしまった場合は、そのような方法を取らないと作業場所がなくなってしまう。
一つ一つの注意事項や確認事項を伝えていくと何時間かはかかる。途中で何度か休憩を挟み、話は続いた。
そして、質問も尽きてきたようでそろそろ終わりかと思っていたらドアがノックされた。
と思ったら勢いよく開けられた。
私たちだけではなく王子や公爵が話をしているのにそんなことが許される者は限られている。
「へ、陛下に殿下? 先王陛下まで⁉︎ 一体何があったのです?」
闖入者、というのも憚られる四人組だ。父やブェレンザッハ公爵、さらにあのデォフナハ男爵も驚愕の声を上げ、文官たちは顔を引き攣らせる。
「会議の途中で済まぬが文官、騎士は退室してくれ。」
「かしこまりました。」
王太子の指示で文官たちは慌てて紙と筆記用具を抱えて出て行く。私たちもそれに続こうとしたらそれは止められた。
納得がいかない。国王や先王まで出てくる事態に私たちが必要なはずがないだろう。
「一体何事でしょう? 強力な魔物でも発見されたのですか?」
ハネシテゼが質問するが、王太子は黙って首を振るだけだ。文官や騎士たちが出て行った扉はまだ閉ざされていないためだろうか。そこまで重大な機密事項に巻き込まないでほしい。
「一旦座ってくれ。話ができぬ。」
跪くのも忘れてオロオロしていたら国王に席に着くよう言われてしまった。逆らうわけにもいかず、ソファーに腰掛けると、ドアがノックされる。
「ファーマリンキ、スズノエリアでございます。入室許可を。」
扉の外から声が聞こえて国王が「許可する」と声を張り上げる。
ちょっと待って欲しい。公爵がさらに増えるとは、私たちの場違い感がどんどん膨れ上がっていく。
扉が開けられると、さらにもう一人ウジメドゥア公爵が増えている。
「一体何ごとでございますか?」
入ってきた公爵たちも、室内の面々を見回して戸惑いの声を漏らす。
「緊急かつ重大な事案だ。デュオナールとザイリアックが来たら話す。」
そう言っている間にもドアがノックされ、二人の公爵が続けて入ってきた。
「端的に言うと、ウンガス王国が挙兵しイグスエン侯爵領に攻め入ってきた。」
「は?」
理解し難い言葉に思わず間抜けな声を発してしまったのは私だけではなかった。公爵たちですら驚きと戸惑いの表情を浮かべたまま固まってしまっている。
「大変申し訳ございません。仰る言葉が理解できなかったと申しましょうか……」
「イグスエン侯爵より緊急の連絡があった。山を越えてウンガス王国の兵が攻め入ってきたということだ。」
ファーマリンキ公爵が何とか気を取り直して聞き直すが、返ってきた言葉はやはり理解不能なものだった。




