117 秋の仕事
秋が深まっていくなか、何度か遠征に出かけて領内の魔物を退治してまわる。森も草原も湖沼の周辺も、魔物の気配があるところは徹底的に退治する。
私がまわれる範囲はそれほど広くはないが、できるところからやっていくしかない。一気にやろうとすると無理が出ることはよく分かった。
「今回は取り立ててこれはというようなことはございませんでした。」
遠征から帰ってきて、まず父に報告する。今回は領都から東側の村の周辺を重点的にまわってきたが、いたって普通、魔物の種類も特に変わりはなかった。
小型の魔物ばかりで中型もあまり見かけないくらいで、大型の魔物は気配も痕跡もなにもない。
「問題は北西方面か……」
地図を前に、父は難しい顔で考え込む。エーギノミーア領の北側は山岳地帯となっていて、その中でも西よりの方が魔物の気配が濃い。
大型の魔物も多く発見され、そのお陰と言うべきか、ハネシテゼ式の杖が増えてきている。
以前に私の持ち帰った甲熊の頭には都合の良いことに三本の大きなツノが生えており、兄姉たちはこれを材料に杖を作った。その後、家柄順、という面倒なことはあるものの、騎士たちも杖を持つ者が増えてきている。
しかし、大型の魔物がそれだけ見つかるというのは憂慮すべき事態だ。普通に考えれば、山岳地帯の西側、つまりエーギノミーアから見ると北西に隣接するゴルモス侯爵領の様子が気になるところだ。山の南側のエーギノミーアでは大型の魔物が多くみられるのに、西側は何もないと考えるのは不自然だろう。
「ゴルモス侯爵からは何もないのですか?」
「向こうからは、特段、何の要請も報せも来ておらぬ。こちらから出した遣いはそろそろ戻るはずだ。」
聞いてはみるが、父は面倒そうに首を横に振る。
こちらの判断で、勝手に騎士に領の境界を越えさせるわけにはいかない。関係性がそれほど良いわけではないし、侵略だと騒がれてしまうかもしれない。
「ティアリッテ、其方は畑を守ることに集中していなさい。隣領の心配は其方の仕事の範疇ではない。遣いを出した以上、向こうからの反応がなければ、こちらからなにもできぬ。」
隣領の心配をしている暇があるならば、エーギノミーアの魔物を一匹でも多く退治することを考えよと言われたら、返す言葉もない。
「いいえ、違いますよ。普通は、この時期は学院の成績の心配をするものでございます。」
さらに横から母からそう言われたら、小さくなっているしかなかった。
父への報告が終わったら、徴税官たちから今年の収穫高や徴税の進み具合について話を聞く。彼らを取りまとめているのは母であるし、私に対しての報告義務はないのだが、今年の冬には必ず話題に上がると分かっている事柄を知らないままでいるわけにはいかない。
父や母は「仕事をしすぎだ」と言うが、これはやらねば冬の学院で体面の保ちようがない。ハネシテゼに関わってしまった以上、もはや逃げられないのだ。
遠征から帰ってきたら、次に出るまで数日の期間をおく。その間に、畑の様子を見に行ったり、収穫した作物の加工状況を確認したりとやることは盛りだくさんだ。
追加での魔力撒きをしていないため、夏よりは落ち着いた収穫量だが、それでも昨年から較べると何割かは向上している。税率は適宜調整するように言ってあるが、農民が困ったりしていないか確認は必要だ。
収穫が終盤に近づいても、なかなか畑の仕事は減らない。来年のための種を取るのは不可欠だし、実った作物を狙って外の森から獣や魔物がやってくる。
魔物ではない獣を追い払ったり狩ったりするのは平民の仕事だ。私がやってしまうと、平民が食べる肉がなくなってしまうらしい。
農民たちに魔物が多いところを聞き、退治してまわっていると、街の東側、特に南東側では本当に小さな魔虫程度しか魔物の姿がないことに気付いた。街の北や西、南側は魔獣もでてくるのに、だ。
何故だろうかと思っていたが、一つ思い当たることがあった。
以前に私が連れてきた〝守り手〟だ。彼らがあのまま森に棲みつき、頑張って魔物を退治してくれているのではないだろうか。
試しに、森に向かって魔力を撒いてみると〝守り手〟が姿を現した。相変わらず三頭揃って行動しているらしい。手招きしてみると近寄ってくるし、撫でてやると甘えるようにしてくるところが可愛らしい。
馬用の餌の袋から芋の欠片を取り出して鼻先に出してやると、二、三度鼻で突いてからもしゃもしゃと食べた。
「以前にあった時より、随分とモコモコしていませんか?」
首の辺りを撫でながら聞いてみるが返事はない。以前も手触り滑らかな毛並みだったが、ふわふわ感というか、柔らかな暖かさが増しているのだ。
「獣というものは、冬が近づくと柔らかく長い毛に生え変わるものでございます。馬も冬毛になってきているでしょう?」
不思議に思っていたら、苦笑いをしながら騎士が教えてくれた。秋と春に毛が生え変わるのは知っているが、こんなに変わるとは思っていなかった。
私の馬は見た目も手触りもあまり変わっていないのだ。
その後、〝守り手〟を農民たちにも紹介しておく。間違って彼らを攻撃してしまっては大変である。こちらから攻撃しなければ何もないだろうが、攻撃すれば、彼らだって反撃してくるだろう。そうなったら、農民に勝ち目はない。
「彼らが本気を出せば、騎士たちに匹敵する魔法を使えるのです。決して怒らせないようにしてください。」
そう説明すると怯えたように見るが、攻撃を仕掛けたりしなければ無害だ。むしろ、仲良くなっておいた方が良い。魔物が少なくなっている分、森の食べ物は増えているはずだし、食べるのに困って畑に出てくることもないだろう。
さらに、この辺りの魔物が少ないのは彼らのお陰なのだと言っておけば、余計なことはしないだろう。
冬が近づいてくると、畑も随分と寂しくなる。夏にはあれほど緑で溢れかえっていたのに、黒っぽい土ばかりが広がる。
防風林の木々も葉を散らしはじめると、冬に向けての準備が本格的になってくる。麦や芋の加工も終わり、毎日城に来ていた作業員たちも解散している。
私も仕事の合間に勉強をしたり作法を教わったりしているうちに、王都への出発準備が始まった。
第二章はこれで終わりです。
次回より、第三章 三年生開始!!
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