115 季節が移り仕事が変わる
八月の半ばを過ぎると、ついに丸薯の収穫が始まる。掘り起こしてみると、大きな薯がいくつも連なって地中から出てくる。
「この葉は食べられないのですか?」
「葉には毒があるからなあ。馬も食わんよこれは。」
何気なく聞いてみたら、恐ろしい答えが返ってきた。掘ったばかりの丸薯には毒が無いが、芽が生えてきたら毒が生まれるため食べてはいけないらしい。
これをどうするのかと思ったら、土と一緒に耕して埋めてしまうらしい。次の作物を植えるには耕さないとならないし、処分のための特別な手間を気にする必要はなさそうである。
通常であれば、掘った芋は土をよく払い落として木箱に入れていく。ただし、それだけでは保存できないので、芋粉に変えていく必要がある。
一つ一つ洗い、土を落として鍋で煮て、潰して乾かせば完成する。例年では街の工房で処理しているが、今年はそれでは追いつかないのは明白だ。
掘った丸薯を洗うところまでは畑でやってしまうことにした。そのためには水が必要になるのだが、畑には井戸もなく、平民には水の用意が困難であるため、貴族の子どもを畑に向かわせることにした。
彼らに任せるのは水魔法で桶に水を注ぐ簡単な仕事だ。その程度ならば、学院に入学する年齢の子ならできることだ。
魔法が苦手な子もいるが、訓練にもなるし二、三人で一ヶ所を任せればどうしようもならなくなることもない。
乾燥加工は、既に城の前庭だけでは処理が追いつかなくなっている。街の広場は食べ物で埋め尽くされ、各工房も全力稼働を続けている。
何十年ぶりかの豊作に、子どもから年寄りまでもが終日の労働となるがそれも仕方がない。
小領主からの応援が到着してからは、収穫が加速する。端から芋を掘り、瓜や茄子を摘み、畑を空にしていく。
「この調子ならなんとかなりそうだな。」
「いいえ、ラインザックお兄様。最も大変な麦の収穫はこれからです。冬にパンを食べられるのかはこの二週間で決まります。気を引き締めていく必要があります。」
麦の収穫期はとても短い。広大な面積の麦畑を一気に刈り取って脱穀、乾燥と処理していかねばならないのだ。農業組合や商会を通じて、街の総力を上げて収穫にあたるよう通達を出す。
今年は、デォフナハから食料の融通はない。畑に十分な量の麦や芋が実っているのだからそれを収穫すれば済むはずである。これで飢えるようなことになれば、それは怠慢が原因だと断じることができるだろう。
「ティアリッテ様、麦の製粉が追いつきません。」
「製粉は後からでもできます。乾燥まで済ませてあれば、当面は十分ですので東の倉に入れていってください。」
「小領主ボエフィラから来た十四人がそろそろ帰ると申しています。」
「あの十四人は最初に来た方々ですね。麦に芋を馬車六台ずつ、その他の干し野菜を合わせて馬車二台分持たせてやってください。」
色々な報告や相談が私やフィエルのところにやってくる。時折、ウォルハルトやシャルゼポネが手伝いに来てくれるが、基本的に領都の畑の収穫と税収の管理は私とフィエルでやることになっている。
ただし、直轄領の畑はそれだけではない。二十三の村があり畑がある。そこからの税の徴収は、今まで通りに文官たちの仕事である。そして当たり前のように、例年通りに税の作物が運び込まれてくることになる。
「正直言って、今、地方の村から税の麦を運ばれても困ります。倉の管理が追いつきません……」
「でしょうね。今年は、税を半分以下に免じることにしました。あなたたちの報告を見ると、それでも随分と余裕がありそうですからね。来年のために蓄えておくようにと通達を出します。」
母に相談すると、既に母は考えていたようである。これで各村の農民たちが少しでも潤って体力を付ければ、来年の収穫の向上も見込めるだろう。
兄や姉たちには子どもの仕事量じゃないと言われながらも、なんとか収穫の夏を切り抜けて秋の作物が少しずつ大きくなってくると、私たちもようやく一息つけるようになる。
元々の予定では、収穫後の畑には魔力を撒いていく予定だったが、完全にそれはやめることになった。冬の直前の収穫が大量に増えてしまったら次の学年の準備に差し障るだけではなく、間違いなく倉から食べ物が溢れ出すことになる。
「そういえば、デォフナハでは倉がいっぱいになって、城の部屋が食べ物で埋まっているとか言っていましたね。」
「あれは冗談だったのではないのか?」
「今の倉の状況を見て、冗談だと思えますか?」
生産量を見誤ったらそういうことになるのだろう。私の部屋のベッドの脇にも、芋や麦の木箱が積み上げられることになるかもしれない。
「やめてくれ。寝るところまで食べ物に浸食されたくない!」
頭を抱えてフィエルが叫ぶ。毎日毎日、食べ物の処理に明け暮れていて、夢にまで芋や瓜の山が出てくるのだという。
「実りすぎないことを祈るしかありませんね。」
「昨年までは、なんとか実ってくれと祈っていたのだがな……」
呆れたようにラインザックは指摘してくるが、それは今までいかに何もしてこなかったかということではないだろうか。確かに騎士たちの力は多分に借りたし、色々と失敗もあった。今年の収穫は、私だけの成果と言えるものではないだろう。
「そこで争っていても仕方がないでしょう。来年もこの調子では困ります。私やウォルハルトも今年ほどは手伝えないですよ。」
「そうだな。魔力を撒く量や回数を控えて、その分、周辺の村に手を伸ばしたらどうだ?」
「いや、村とか気にせず周辺の魔物退治に力を入れてはどうだ? 何なら今からでもいいぞ。騎士は何人いれば良い?」
兄姉たちに共通しているのは、収穫量をこれ以上増やすなということだろう。何とかして私たちを畑から引き剥がしたいらしい。
「数日は座学に取り組みます。久しく参考書を開いていませんので。」
一度やったことなので、軽く思い出せば良いだけだ。一度やったとはいえ、冬まで本当に何もしないのはいくらなんでも不安である。
二週間ほど座学を頑張り、作法や楽器も頑張り、それも一通り落ち着いたところで、父に魔物退治に行くよう言われた。
「どこへ行けば良いのでしょう?」
「何泊くらいの予定ですか?」
魔物退治と一口に言っても、日帰りで済むものから、二週間ほどかけて遠征に行く場合までいろいろある。
「近場の魔物を片っ端から潰していってくれ。具体的には、直轄領内の魔物はティアリッテにフィエルナズサに任せたい。」
兄姉たちは、小領主の土地を周っていくらしい。城の騎士のほとんどを魔物退治に出してしまうという、規模の大きな作戦だ。
「分かりました。今、魔物の報告が来ている地方はありますか?」
「それほど大きくはないが、魔物の報告はあちこちから上がってきている。後で資料を渡そう。」
資料を受け取ると、フィエルと相談して手分けして魔物を退治していくことにした。最初に行くのは私は北側、フィエルは西側だ。
それぞれ七人ずつ騎士を率いて領都を出発する。
日差しは完全に秋のものになっていて、風は少し肌寒い。紅葉がちらほら始まってきているし、夜は冷え込むだろう。
私が向かう北の森は、距離的にはそう遠くない。が、その手前にも魔物が出るようなところはいっぱいある。まずは道すがら、魔物を誘き出しては狩っていく。
一泊野営をして二日目に、森の手前でいつも通りに魔力を撒いたら、予想以上に大きな気配が動くのを感じた。
「気をつけてください! かなり大型の魔物がいます!」
父や兄からの話のは、大型の魔物の報告はなかった。だが、森の奥に大きな魔力は明らかに魔物のものだ。私は騎士たちに警戒を呼びかける。
「もう少し、森から離れます。急いでください。」
私たちが森に背を向けて距離を取ろうとすると、一斉に魔物が飛び出してきた。しかし、その程度のことは想定済みである。十分に引きつけてから雷光の魔法で打ち払う。
そこにさらに魔力を撒いてやれば、森からどんどんと魔物が吐き出されてくる。森の奥からは、低い唸り声が断続的に聞こえ、魔物たちはそれに怯えて逃げてきているようにも見える。
私の騎士たちは、七人全員が雷光の魔法を使うことができる。とはいっても、一度に何条も撃てるのは三人だけで、残りの四人は射程距離もまだ短い。
それでも、次々に放たれる雷光に、魔物たちは次から次へと撃たれて倒れていく。
魔物の死骸がそこらを埋め尽くすほどになってきた頃に、森の奥の低い唸り声が高い雄叫びへと変わった。




