113 野菜の売却
人間には同時に二発の魔法を使うことができないはずだと父は言うのだが、私は単に訓練していないからだと思う。
全く別の魔法を個別に撃つことはできないが、風と火を同時に扱って熱風を起こすことはできるし、火球や水の槍などは同時に撃つ数を増やすこともできる。
「杖を作ることを本格的に考えた方が良さそうだな。」
騎士全員とまではいかなくても、両手で別々に魔法を撃てる者が増えれば戦力は間違いなく向上する。少々、質が低くても腕輪を上回る出力がありさえすれば良い、と考えることもできる。
「遠征に行った際に獲ってくればよかったな……」
「でもあの魔猿では、ツノが小さすぎて杖にはならないのではありませんか?」
見た感じで、魔猿のツノの長さは私の杖の半分もない。それを杖に加工できるのか分からないし、できたとしても使い辛そうである。
そんな話をしている間にも、野菜の乾燥処理は終わる。さきほど、途中まで進めていたものなので、それほど時間が掛からない。
「確かに干し野菜になっているな。」
兄や父が出来上がった干し甘菜を覗きこむ。興味深そうに顔を近づけることはしても、決して自分で手に取ることはない。
私が手に取って見せようかと思ったが、母に視線で制されたので止めておく。
そして、私が何かをしようとする前に質問を投げかけてきた。
「それで、そこの野菜は処理が終わるのですか?」
母が目を向ける先には山積みになった甘菜がある。実に一万個近くあるのだが、どう見ても現在の作業の進み具合では終わりそうにない。
「終わらせるために騎士を何人かお貸し頂きたいのです。平民には魔法を使うことができませんから。」
騎士の数が多すぎても平民の作業が追いつかないだろうから、十人程度が上限だろう。
いきなりその数の騎士をだしてくれなくても、私やフィエルの騎士が作業に参加するのを認めてくれるだけでも良い。
「騎士の仕事は、先ほどの魔法を使うことか?」
「はい、騎士に下働きのようなことをさせるわけにはいきません。」
「ならば良い。七人を出す。」
兄の言葉に父も首を縦に振る。これで一時間に数百は処理ができる用になるはずだ。
「ありがとうございます。」
私が深々と頭を下げると、父たちは城の中へ戻っていった。あまり長居しては、平民たちの作業に差し支えがあることくらいは分かっている。
父たちの姿が見えなくなると、作業員たちは一様に安堵の息を漏らす。父の前で緊張するなというのは無理な話だろうが、父は私の仕事を見にきたのだ。作業員は普通に真面目に作業をしていてくれればいい。
フィエルも加わって四人で魔法を使えば、少しずつではあるが野菜の山は減っていく。代わりに干し野菜をいれる籠がなくなっていく。
「できた干し野菜は木箱に入れていけば良いのではないか? 倉に入れるのはともかく売却するのも木箱で扱うはずだ。」
「直接木箱に入れていくのは避けたいですね。向こうの籠から空けていきましょう。」
倉から木箱を持ってこさせて、籠の中身を移し替えていく。生の甘菜は木箱に八個しか入らないが、乾燥させると縮むのでその数倍は入る。十四個分が入っている籠を二つ半、三十五個分を詰め込んでいく。
「干し野菜を詰めた木箱はあちらに積んでおいてください。」
後でまとめて倉に運ぶものとは別にしておく。商人が来たら、干し野菜の売却についても話をしなければならない。というか、今すぐにでも持っていってほしい。
「馬車に詰めるのは何個だ?」
「五十四か六十です。」
「何故、そんな中途半端なのだ?」
「馬が牽ける重さがそれくらいなのではありませんか?」
どうしてそんな大きさで荷馬車が作られているかなんて私も知らない。たぶん、大きさや重さとして運びやすい最大限なのだろう。
五回の処理で三箱分の干し野菜ができるから、馬車一台分作るには九十回の処理が必要になる。四人でやれば二、三時間はかかる計算だ。
空いた籠を埋めるべく頑張っていると、マルオゥス商会がやってきた。連れてきている荷馬車は二台と少ないが、まず事情を聞いてやる必要はあるだろう。作業する横を通り過ぎて行こうとするのを呼び止めると商人が下りてくる。
私たち四人の姿を見て商人は強張った顔で跪き、挨拶の口上を述べ始めるが、作業場でそのようなことは不要だ。「堅苦しい挨拶は結構です」と遮ってさっさと本題に入る。
「事前のお話では、一日に一千個は引き取っていただけるというお話ではございませんでしたか?」
「大変申し訳ございません。甘菜は既に潤沢に出回っておりまして、引き取っても売る場所がなく、私としましてもできるだけのことはしたいと思っているのですが……」
言い訳が長いのは辟易とするが、甘菜の価格が落ちてしまうと農民にも悪い影響がある。頑張った分だけ損をしたのでは、今後、頑張ってくれなくなってしまうので、そこは守らなければならない。
「生の甘菜をこれ以上市中に出すのが良くないのはわかりました。ですが、干した甘菜は話が違いますよね?」
生の甘菜は、何日もかけて他の町へ運んで売るなどできないが、干し野菜と化していれば問題ないはずだ。
他の町では、領都周辺ほど収穫の改善はされていない。例年の食料不足を考えれば、持って行けば売れるはずだ。
「売りに行くことは可能ですが、ある程度の量がまとまっていなければ引き取るのは難しくございます。」
「まとまった量とは、馬車何台ですか? 木箱でいくつほどですか? 五十四ならばそこにありますし、そこの馬車もう一台分くらいなら出せますよ。」
想定外だったのか、商人たちは驚きと困惑の入り混じった表情で互いに顔を見合わせるが、私は今すぐに持って行けと言いたいのだ。
「中身を確認いたしますか?」
「そうさせていただけると助かります。品質の確認もできなければ値段もつけられませんから。」
商人たちは幾つかの箱を開けて、中身を検分する。
干し野菜の品質はそう変わらないし、入っている量もほぼ同じだ。
安心したようにこれならばと提示してきた金額より少し下げて売ることにした。




