111 野菜とのたたかい
「今回の遠征で退治した数でございますが、魔猿以外に八百ほどの魔物を倒してきました。」
「随分と多いな。」
「帰りの道中で、狩れるだけ狩ってまいりましたので。どこでどれだけ退治してきたのかは、後ほど、地図にてご説明いたします。」
口頭で説明したのでは分かりづらいだろうということで、どこで何をどれだけ退治してきたのかの報告は後回しになった。
謎の獣に懐かれた話などをしていると、シャルゼポネとウォルハルトがやってくる。
「遅くなり、申し訳ありません。」
「随分と手間取っているようだな。」
「はい、日々、運ばれてくる野菜が増えておりまして、対応が追いついていない状況です。」
「どれくらい運ばれてきているのですか?」
「今日、運ばれてきたのは七千二百だが、昨日も一昨日も二万一千六百個運ばれてきている。」
「それはおかしくないですか? 市中に出していないのですか? 毎日一千は売却するよう文官には指示をしてあるはずなのですが……」
私としては、馬車の運搬能力の限界があるから、城内では問題が起きないつもりでいた。問題が起きるとすれば、収穫されないまま畑で放置されてしまうことだ。
「今の状況がどうなっているのかが分からぬな。」
「済みません。現在はあちらもこちらも混乱しているような状況です。売却の話は完全に頭から抜け落ちていました。」
眉間に皺を寄せながら、長姉は素直に現状に対する非を認める。
「帳簿は付けているのですよね?」
「はい、書類は確認していますから。」
母が確認すると、シャルゼポネは、それについては自信を持って答える。書類がちゃんと揃っているならば、まずそれを整理してみれば売却漏れがあるかは確認できるだろう。
「一つ聞きたいのだが、良いか?」
父がとても疲れた顔で聞いてくる。雰囲気的にはお断りしたい気分だが、そういうわけにもいかないだろう。
「どのようなことでしょう?」
「そもそもとして、何故、このような騒ぎになっているのだ?」
「二つの読み違いのためです。一つは予想以上に収穫量が増えたこと、もう一つは棚の制作に予想以上の時間がかかるということです。」
最初に発注した九十八個の棚ができるまでに掛かった時間を考えると、とっくに棚の数は百九十六を越えてて良いはずなのだ。だが、現状は百四十でしかない。
木材なんて、そこらの森に行って伐ってこれば、いくらでも調達できると思っていたのだが、そうでもないらしい。棚になるまで何やら複雑な工程を経る必要があるらしく、すぐにというわけにはいかないのだという。
「それで、どうにかなるのか?」
「木材の加工は急がせていますが、早くてもあと一ヶ月は掛かるかと思います。それまでは、空いている木箱でも使って代用していくしかないでしょう。」
倉にはまだいっぱい木箱がある。それを並べられる場所はあるし、当面の作業はなんとかなるはずだ。
「本当にどうにもならなければ、馬の餌にするしかないですし、それでもだめなら捨てるしかありません。」
全体としては食べ物が不足しているのに、捨てるようなことはしたくない。
「大まかなことは分かった。あまり無理なことはしないように。」
そう締めくくられて話は終わった。
食後はシャルゼポネ、ウォルハルトとともに庭へと向かう。魔物退治の報告はラインザックとフィエルで行う。私しか知らないことはないし、大丈夫なはずだ。
「昨日までの帳簿を見せてください。」
文官に言うと急いで取りに行く。その間に私は現在の作業状態の確認をする。
棚にはびっしりと甘菜が並ぶ。百四十の棚すべてを使っても、四千四百八十個しか処理できない。木箱を使って二百や四百増やしても、焼け石に水だ。一日に処理すべき数は約二万で、現在、未処理の甘菜はざっと七千残っている。
「一枚一枚、剥かないと乾燥させることはできないのでしょうか?」
根本的なところを否定してみる。積み上げられた野菜を丸ごと乾燥させることができれば、随分と捗るのではないだろうか。
「そんなやり方、聞いたことないわね。誰だってこうやって剥いて乾燥させてるんだよ。」
私の呟きを聞いていた女性が甘菜を剥きながら答えてくれる。しかしそれは、魔法を使えない平民の話だ。魔法でどうにかできるならするべきだろう。
数千個の甘菜を棄ててしまうようなことはしたくない。
「ちょっと、実験してみましょう。」
数千個を処理するために、数個を犠牲にするのは致し方ないだろう。
大量の甘菜を積み上げた山から一個とってもらい、魔法で風を吹きつけてみる。が、そんな程度で乾燥するなら、積み上げている甘菜は片っ端から乾燥していくはずだ。
風に火の魔法を加えてみる。火傷をしない程度の熱さに調整しても、直接手に持ったままではとても暑い。木箱の上に置いて、風を少し強めに吹きつけてみる。
一分ほどやってみると、外側の葉は乾燥してきているが、数枚剥いてみると、内側は変わっているようには見えない。
ならばということで、今度は半分に切ってみる。ナイフで切って、同じように木箱の上に置き、魔法の熱風に晒す。
「割と良い感じになっていると思いませんか?」
半分に切られた甘菜は、外側はパリパリに乾燥し、中の方も水分はあまり感じられない。
「もう半分にしてやった方が良いんじゃないか?」
そう言いながらウォルハルトがもう半分の甘菜を割ると、中から湯気が立ち昇る。たしかに、内側のほうは乾燥が足りなさそうだ。
「火が通ってしまってしまっているけれど、大丈夫なのかしら?」
ほかほかと湯気を上げる一枚を手に取って口に運び、シャルゼポネは首を傾げる。
干し野菜のなかには、一度茹でてから干すものもあるというし、大丈夫ではないかと思う。
「一度、詳しい者に確認した方が良いと思うぞ。三日後には全部腐ってしまったりしたのでは困るだろう。」
一個や二個ならばともかく、数百個、数千個が腐ってしまうと考えたらぞっとする。私の見込みは甘いと何度も指摘されているのだ、素直に確認することにしよう。
四つに切ってみたり、切る向きを変えてみたり、火をさらに弱めてみたりと実験を繰り返していると、文官たちが書類用の箱を抱えてやってくる。
「帳簿をお持ちいたしました。」
「見せてください。」
受け取った帳簿を昨日から遡り確認していく。区画の番号に、馬車に積んだ数など、数字がびっしりと並ぶ書類は、見ているだけで頭が痛くなりそうだ。
「これは全部運び込まれた分ですね。」
「こちらは処理した数だ。」
「……売却分がないな。」
売却しているのに書類に残っていないなんてことはありえない。書類にないということは、売却されていないのだろう。
商人は来ていないのだろうか? 市中にも甘菜が溢れてしまっていて、これ以上買取はできないのだろうか?
「マルオゥス商会に売却する予定の甘菜がそのまま残っているのですが、あなたたちは何か聞いていますか?」
文官たちに聞いてみるが、みな一様に首を横に振る。
ならば、やることは一つだ。
「マルオゥス商会に遣いを出してくれ。買い取りに来てもらわねば困る。」
ウォルハルトは、本当に疲れ切ったように文官に指示を出す。
視界を埋め尽くさんとばかりに溢れかえる野菜との戦いは、慣れた仕事とはかなり違うだろう。シャルゼポネもこっそりと溜息を吐いているくらいだ。




