109 私たちのやり方
魔猿の死骸を集めて焼き払って下山すると、麓に放置したままにしていた魔物の死骸も全て灰にする。
「他に退治する魔物はいないのですか?」
「この辺りで報告があったのは魔猿だけだ。」
ラインザックはそう言うが、別に、報告にない魔物を倒してはいけないということもないだろう。
「魔物はそこら中にいるのですから、もっと積極的に退治していってもいいのではありませんか?」
魔物がうろつくだけで、土地が蝕まれ、周辺の収穫量が減ってしまう。ハネシテゼの話では、畑だけでなく、森に生る木の実にも影響すると言うことだし、依頼がなくてもどんどん狩っていくべきだと思う。
「エーギノミーア領にどれだけの森があると思っているのだ。全部面倒を見るなどできぬ。」
「一年で全部を見る必要はないと思いますけれど。魔物を残しておくから、また増えるのではありませんか。一ヶ所ずつでも徹底的に叩いていけば、魔物のいない森が増えていくのではありませんか?」
ラインザックは呆れたように首を横に振るが、そんな変な主張ではないと思う。
「せっかく来たのだから、ここらの魔物を潰せるだけ潰すのに私も賛成です。」
フィエルも私と考えが同じようで、真っ直ぐにラインザックに向かって意見を述べる。
「兄上、今までと同じように、では何も良くなりません。収穫の向上を望むならば、その邪魔となる魔物は潰すべきです。地方の村は、魔物の被害のために、領都の畑よりも面積当たりの収穫量が劣ると聞いています。ならば、魔物を退治するだけで収穫量は増えるはずではございませんか。」
別に、森の中に入って行かなくてもいい。森の外で魔力を撒くだけでも、相当な数の魔物を誘き出せることは分かっているのだ。
「これ以上、先へは進まぬ。魔物退治をするならば戻りながらだ。」
兄が折れたことで、私たちは森に沿って西へと向かう。二時間も歩いていれば、段々と魔物の気配が多くなってくるのがわかる。
「一度、この辺りで魔物退治をしましょう。」
草原が広がる先、南の方に畑も見えるし、森にも草原にも魔物の気配が多い。私たちにとってもやりやすい場所だし、ここを見逃す手はない。
私たちが魔力を撒いて魔物を引き寄せている間、騎士たちは少し離れたところで馬を休ませる。
馬が水を飲んでいる間に草原の魔物を退治し、草を食んでいる間に森の魔物を倒していく。
「随分と出てくるな。」
一時間ほど経っても終わらない魔物退治に、兄は呆れたように言う。
「ラインザックお兄様、だから私たちが退治すべきと言っているのです。この数を平民が退治するとしたら、農作業をする暇がなくなってしまうでしょう。」
大人たちが何人も魔物退治のために畑を離れていたら、育つ作物も育たなくなってしまう。本末転倒なことをしていられる余裕なんて農民たちにはないだろう。
「狩場をもう少し西に移せるか? ここらに転がっている死骸は焼いていくぞ。」
兄の指示で騎士たちは爆炎と水を撒き散らしながら死骸を吹き飛ばし集めていく。
私たちは少し西側に魔力を撒き魔物を誘導してみるが、どうしても死骸に向かう魔物は多い。
勝手に死骸の山の一部になってくれるなら、それはそれで楽なので構わない。私としては、片っ端から倒していくだけだ。
一時間半くらいで四百以上の魔物を倒して、ようやく周囲は静けさを取り戻す。
死骸の山に火を放ち、燃え尽きるまでさらに一時間ほど待っていれば、日は大きく傾いてくる。
「南に進めるだけ進んで野営にしよう。」
ラインザックの指示で騎士たちは速やかに動き出す。馬も十分に休んでいて体力は十分に残っているようだ。軽い足取りで草原を駆けていく。
太陽が本格的に西の空に沈もうというころに足を止めて野営の準備を始める。
騎士たちが天幕を張っている間に、私は鍋に水と麦を入れて火にかける。沸いてきたら干し野菜と刻んだベーコンを入れてさらに少し煮込めば麦粥は完成する。
「食事の準備は手際が良いのだな。」
「冬の間、何度か魔物退治に行きましたけど、私たちは力の必要のない仕事ばかりに偏っていましたので……」
二年生は私たち五人だけで、大人の騎士の数の方が多いのが常だったのだ。馬具の整備や荷物の積み下ろしは、大人の騎士に任せてしまうことが多い。私が手を出した方が時間がかかってしまうのだから、適材適所と割り切ってはいるが、訓練と考えるとあまり好ましいことでもないかもしれない。
「来年は、三年生としての演習がありますから、もっと他のこともできるようにならないといけませんね。」
今後のことを考えると、馬具の付け外しや、荷物の上げ下ろしもできるようにならないといけないだろう。しかし、確認してみると「そういった練習は帰ってからで良い」と断られてしまった。
つまり、今ここでもたもたされる方が迷惑だということだろう。私たちは大人しく食事係を務めていれば良さそうだ。
「明日も魔物退治をするつもりなのか?」
「時間がある限りは、退治しておきたいと思います。」
「畑での仕事を見た時も思ったのだが、二年生の魔力量じゃないぞ。大人の上級騎士を上回っているのではないか?」
ラインザックはそう言うが、私と、私の騎士を比べたら、騎士の方が魔力量は上のはずだ。直接的な力比べをしたことはないが、私の方が上ということはないはずだ。
私がそう言うと、フィエルも「自分の騎士を超えたとは思えぬ」と同じような認識を口にする。
「其方らは騎士をどれだけ鍛えているのだ? 今回、連れて来させた方が良かったな。」
騎士にも休みは必要だろう。兄の意見には賛同しかねる。確かに私は騎士にも魔力を撒くように言ったり、雷光の魔法を覚えさせたりとしてはいる。
しかし、他の騎士たちとの訓練には参加していないし、特別に鍛えているという意識はない。
「他の騎士たちの訓練が手ぬるいだけではありませんか?」
「うむ。毎日、畑に魔力を撒くだけでも訓練になる。騎士の訓練というものがどのようなものかは存じませんが、見直した方が良いのではありませんか?」
フィエルの進言に、ラインザックは難しい顔をして考え込む。一度にあれもこれも変えるのは難しいとはいうが、私としては全体的な騎士の力の底上げを早めに行った方が良いと感じている。
「ラインザックお兄様は冬の報告を聞いているのですよね?」
「其方らが見つけた二匹目の話か……」
岩の魔物の話の詳細は一般の騎士には伏せられたままのはずだ。実力の低い者たちを混乱させたり不安に陥れたりしても何の価値もないということだ。
しかし、それは何の対策もしなくて良いということではないはずだ。
「次もまた、運良く退治できる保証なんてどこにもありません。」
「その話は帰ってからする。騎士の実力も直接見たい。事前に父上にも話を通す必要がある。」
ラインザックは早口に遮って、その話題を終わらせる。後で父を交えて話をすると言うのならば、ここで食い下がる必要もない。
食事が終われば、夜番を残して騎士たちは天幕に潜り込んでいく。私たちは毎日、最初の夜番ということになっている。
「何か来るぞ!」
まだ騎士たちがごそごそとやっているうちに、警戒の声が上がった。こんなことは初めてだ。毎回夜番を立てているが、実際に夜に何かあったことはない。
騎士たちが再び天幕から出てくるが、その必要はなさそうだ。というのも、魔物という感じがない。襲ってくるような獣なら魔法で脅して追い払えば良いし、魔力をやり取りできる獣ならば挨拶を済ませてしまえば良い。
試しに魔力の塊を放り投げてみると、近づいてきた獣の群れは慌てて避けるように動く。その中で三頭だけがその場に留まり、魔力の塊を受け止める。
そして三頭で魔力の塊をつつき合った後、私の方に押し返してくる。魔力を受け止めると、三頭も小さな魔力の塊を投げてくる。
「挨拶ができるなら心配いらないですね。」
私とフィエルで受け止めて投げ返してやれば、獣たちは安心したように警戒を解く。
「ティアリッテ、フィエルナズサ、危険だ。あまり近寄るな。」
「挨拶を済ませているのに攻撃してくることはないですよ?」
凶暴だと言われている青鬣狼だって、挨拶をしたあとは敵対的な態度を取りはしなかった。守り手と言われる獣にとって、あの挨拶はかなり大切なことなのだと思う。
挨拶を交わした三頭は堂々と、それ以外の獣は恐る恐ると言った様子で近づいてくる。
獣の背の高さは大きくても私やフィエルと同じ程度、小さいのは子供なのだろうか、その半分くらいしかない。暗くなってきていて色は分かりづらいが、牙を持っている様子もない。
だが、三頭と、それ以外では少し体の形が違う。
「種類が違う獣なのでしょうか?」
「何故、種類の異なる獣が一緒にいるのだ? 獣にも主従関係があるのか?」
不思議であるが、誰も教えてくれる人はいない。近寄ってきた三頭を私が撫でていると、その周囲に獣たちは座り込む。それを見て騎士たちも心配なさそうだと再び天幕へと潜り込んでいく。
ラインザックは少々不満そうな顔を見せるが、この獣たちも休める場所が欲しかったのだと思う。本当に主従関係を作る獣ならば、より強い者に守ってもらおうとしても不思議ではない。




