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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子  作者: ゆむ
中央高等学院2年生
108/593

108 魔猿退治

 私たちは丘の向こうの草原まで戻り、魔力を盛大に撒き散らす。


 畑の中で魔物を誘き寄せるわけにはいかない。まだ無事な作物だってあるのだ。


 寄ってくる魔物はいっぱいあるが、今回の対象である魔猿はなかなか出てこない。それでも、出てきた魔物は片っ端から退治していく。山の中に入って魔猿を探すにしても、余計な魔物は予め退治しておいた方がやりやすいはずだ。


 一時間ほど魔物を狩っていても魔猿が出てこないので、村の反対側に回って同じように魔物を誘き寄せてみる。


「む? 何か集団で来るぞ。」

「魔猿でしょうか。後ろに下がって隠れていてください。」


 こちらの人数が多いと分かると、魔猿たちは隠れて出てこない可能性もある。慎重に動く魔物を誘き出すのは大変なので、あまり警戒させないようにした方が良い。私とフィエルの馬も一緒に連れていってもらう。



「ラインザック兄上も少し離れていてください。子ども二人だけなら、向こうも油断してくれるかもしれません。」

「何かあればすぐ出られるよう準備をしておいてくだされば、それで十分です。」

「だめだ。ティアリッテの見込みは甘いから鵜呑みにするなとシャルゼポネから言われている。」


 何ということだろう。私の言葉は信用されていないらしい。


 私がショックを受けていると、森の方が騒がしくなってくる。魔物の群はすぐ近くまできているのだ。

 そして、それに追われるようにして小型の魔物が森から飛び出してくる。


 出てくる魔物は全て狩り尽くしてしまわねばならないが、追われて出てくるのは魔物だけではない。普通の森の獣も多く混じっている。


「やりづらいな。全部まとめて殺してしまうわけにはいかぬ。」

「見て分かるものを先に退治してしまいましょう。数が少なくなれば、気配でも分かると思います。」


 ぬらっとした顔にぎょろりと目が飛び出た魚獣は、間違いなく魔物だ。優先的に雷光を放って先に倒してしまう。次に狙うのは、どこでも見かけるネズミの魔物だ。これはフィエルが片っ端から倒していく。


 トカゲやイノシシの魔物を倒していけば、残る獣はほとんどが魔物の気配を感じない。小さめの水魔法を何度か撃って畑の方に逃げ込まないようにしてやればそれで良い。


「何故見逃す⁉」

「魔物以外は倒す必要がありません。猛獣でもないのですから、村人に任せればいいのです。」


 あの中に畑を荒らす獣が混じっているならば、それは平民でどうにかすれば良い。兄はさらに言い返そうとしてくるが、ここで言い争いをしている暇はない。


 逃げる獣たちを追って、魔猿が姿を現し始めたのだ。


 体の大きさはラインザックと同じくらいだろうか。全体的には茶灰色の身体に、三本の尾と頭頂部の(たてがみ)が特徴的だ。口を大きく開けて牙を剥き出しにして獣に襲いかかろうとする。



 パンッと乾いた音を立てて一条の雷光が貫くと、腕を振り上げたまま魔猿は倒れ伏しそのまま動かなくなる。


「雷光の魔法は問題なく効くようだな。」

「そのようですね。いっぱい出てきますよ。」


 獣たちを追いかけるもの、私たちを見つけて突進してくるもの。二手に分かれるが、それは大したことではない。


 こちらに迫ってくる魔猿を無視して、私とフィエルは獣を追いかける一団へと向けて左手の杖を振る。三十匹近い魔物の群はその一発で壊滅し、私たちは右手で迫ってくる一団に雷光を放つ。


 フィエルも同じ間違いは二度としない。左右の手を使って連続で雷光の魔法を放つくらいは問題なくできる。


「奥にもう一匹います!」

「アレが大将だ! 討て!」


 私が一匹だけ隠れるようにしていた大猿を見つけると、ラインザックが叫ぶ。思わず、少々見境の無い雷光を放ってしまった。


 自分でもびっくりするような閃光が飛び出し、轟音が大気を震わせるということになってしまったが、それはきっと大した失敗ではない。


 大猿の右腕が吹き飛んでいるが、別に騎士や馬に損害はなく、畑にも被害が無く、魔物を全て仕留めたのだ。きっと上手くいったということで間違いないだろう。


「……今の魔法は何だ?」

「雷光の魔法でございますよ? 思わず気合いが入ってしまっただけで……」


 威力をちょっと間違えてしまっただけだ。目を逸らしながら答えると、ラインザックは盛大に溜息を吐く。


「私、ラインザックお兄様にそこまで呆れられるほどの失敗はしていませんわ!」

其方(そなた)、自覚が無いのか。」


 なんということだろう。兄の中では私は大変な失敗をしたことになっているようだ。何とかして評価を変えてもらわなければならない。


「魔物は全て仕留めました! これで任務は完了ですよね?」

「他にいないか探す必要はある。少なくとも、この魔猿どもの巣は見つけなければならない。群れる魔獣には役割分担をする種類もある。魔猿もその一つだ。」


 今回仕留めたのが全部だという確証はどこにもない。逃げた魔物もいるかもしれないし、最初からこちらに向かっていない魔物もいるかもしれない。


 魔物が強力であればあるほど、そこは慎重に確認する必要があるとラインザックは語気を強める。


「では、山には入らなければならないのですね。」

「そうだな。先にあれほど魔物を狩ってしまったのだから、随分楽に進めるだろう。」


 森の中での戦いは、そこに棲む魔物に地の利がある。どうしたって私たちが不利になることは否めない。だからこそ、(ふもと)の草原で魔物を誘き出して叩いておくのは有効な作戦とも言える。


 騎士たちが散らばって上りやすい箇所を探すと直ぐに見つかった。村の者も森に行くことがあるのだろう、小さな道が山の上の方に向かって続いていた。


 鬱陶しいくらいに枝葉の生い茂る森の中を進んでいくも、周囲には魔物の気配はない。樹上に魔猿の痕跡を探しながら暫く馬をすすめていると、騎士の一人が「あれは魔猿の通った跡ではないか?」と声を上げた。


 指す方を見上げてみると、かなり高い枝に爪で引っかかれたような跡が幾つも見える。小枝が折れていたりもするし、ごく小さな獣の仕業ではなさそうだ。


 それが山の上の方から、先ほど私たちが魔物退治をした方向に向かってずっと傷跡が残っているし、先ほどの魔猿の可能性が高い。


「あちらから続いているな。」


 方角を確認すると、ラインザックはそちらに向けて馬を進めていく。途中、馬に乗ったままでは通れないような箇所もあるが、山を登っていくと魔物の気配が感じられてきた。


「前方、数百歩に魔物の気配があります。」

「よし、少し右手から回っていくぞ。」


 魔物に頭上に陣取られると面倒だ。不用意に倒すと、落ちてきた敵を避けなければならないし、そのために陣形が崩れてしまいかねない。


 魔物の気配を回り込むように斜面を登っていき、見下ろすような所に出ることができた。


「魔猿の巣で間違いないですね。」


 眼下の森を指して騎士が呟くように言う。そこには驚くべき光景があった。


「魔物があのような物を作るのですか。」

「ああ、魔猿は知能がないわけではない。小さな防壁くらいは作る。」


 樹上に小枝が集められて寝床が作られているくらいならまだ分かる。だが、巣の周辺を取り囲むように大きな土壁が作られているのだ。

 しかも、周辺の木の枝は落とされていて、巣に出入りできる経路は限られている。


「かなりの大きさだな。全部で何匹いるんだ?」

「地上にいるのは十一匹ですね。木の上にも同じくらいいます。」


 騎士たちは必死に魔猿の姿を探すが、見つけるのは結構難しい。魔猿の身体の色が木の色に似ていて、枝の上で動かないでいると見分けづらいのだ。


「巣の外に四匹いますね。」

「外に、だと?」

「あちらに一匹、向こうにもう一匹。」

「私たちの背後に回ろうとしているのが二匹います。」


 単独で動いていれば、魔力の気配を頼りに探しやすい。隠れて動かずにいれば見つけづらいが、動いているものを見つけられないはずがない。


 騎士たちがそれぞれの位置を確認すると、素早く作戦を立てていく。


「雷光の魔法を使える騎士は何人いますか?」

「私を除いて、今のところ三人だ。」

「では、その三人は後ろの二匹をお願いします。それ以外の方は巣の上のサルを落とすことに注力してください。ティアは右の巣の外のやつを狙ってくれ。私は左を撃つ。」


 フィエルが指示を出すと、騎士たちは速やかに動く。私は雷光の魔法を準備しつつ、小さな魔力球を手のひらの上に浮かべる。こうしておけば、後ろの二匹はこちらに近づいてくるはずだ。いきなり襲い掛かってはこなくても、様子を見に、射程内にまで入ってくれればいい。


 私の狙い通りに近づいてきたようで、二発の雷光が放たれる。それを合図に私たちは一斉に攻撃を開始した。


 私もフィエルも百歩程度の距離なら、雷光の魔法で狙うことができる。近くにもう一匹隠れ潜んでいてもまとめて倒してしまえるよう、十条ほどの雷光を散らしてみたが、一匹しかいないようだった。


 騎士たちも爆炎や水の槍などの魔法を放ち、魔猿は直撃を受けたり逃げ下りたりして、一ヶ所に集められていく。


 そこに雷光の魔法を最大射程、最大数で放ってやる。雷光の嵐に包まれては魔猿には為す術などない。全部で二十九匹の魔猿が倒れると、周囲から魔物の気配はなくなった。

今さらですが、一歩=51.85cm です。

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