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貴族令嬢はもふもふがお好きなご様子  作者: ゆむ
中央高等学院2年生
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107 遠征に行こう!

 市中の様子を見てみたが、特別に騒ぎになっているようなこともなかった。甘菜(ティレス)の収穫量は大幅に増えているが、実際に市中に出回っている量は昨年とほとんど変わっていないし、市民たちもそれほど騒ぐことでもないのだろう。


 農業組合の方も、今のところは平常通りのようだ。昨年よりも多めに荷車を確保させているし、収穫が始まったのは、まだ甘菜(ティレス)だけだということもあるだろう。


 収穫が進んでいくと、私たちのやる事が次第になくなっていく。もちろん、収穫が終わり、作物がなくなった畑には魔力を撒いてやる必要がある。そもそも、甘菜(ティレス)を植えていたのは、魔力を撒いていない区画がほとんどだ。


 だが、甘菜(ティレス)を植えた畑は百四十でしかない。その程度の数ならすぐに終わってしまうのだ。




「次の遠征はティアリッテとフィエルナズサも同行してくれぬか?」

「遠征? 魔物退治でございますか?」

「ああ、北東のシュエリツァ地方で魔猿の被害が増えているらしい。」


 夕食の席で長兄(ラインザック)が唐突なことを言い出した。いくら畑の仕事が一段落したとはいえ、これからは野菜の加工がもっと大変になっていくはずだ。放置して遠征に行ってしまうのは問題だと思う。


 そう言って断ろうとしたのだが、兄たちは首を横に振る。


「城のことは文官に任せることも覚えなさい。それと、私とウォルハルトにも平民の管理について教えてください。」


 どうやら兄姉の間では話は終わっているらしい。次の魔物退治はシャルゼポネ(長姉)次兄(ウォルハルト)は城で留守番をすることで話が進む。



「そうそう、畑で注意すべき点は一つだけございます。」

「どのようなことかしら?」


 一瞬だけ嫌そうな表情を浮かべるが、シャルゼポネはすぐにたおやかな笑みを取り戻す。


甘菜(ティレス)を植えた畑は七から十区画ほどは収穫せずに、種を取ることになっています。間違って刈ってしまわないよう気を付けてください。」

「種を?」

「ええ。種がなければ、来年、甘菜(ティレス)を植えることができません。」


 兄も姉も農業の知識はほとんどない。種を播いて作物を育てるということがよく分かっていないのだ。とにかく、来年の収穫のためには絶対不可欠だということで念を押しておく。


 他に注意すべきことは特には無い。税に関しては徴税官も畑に出向くし、何がいつごろ、どれだけ取れるのかという話は既に終わっている。



「それで、兄上は何故私たちを?」

其方(そなた)らのする魔物退治を見たい。」


 ラインザックはとても不思議なことを言う。雷光の魔法を教える際に、散々見せたはずだ。


「あんな小型の魔物ではなく、もっと大きな魔物をどう退治するのかだ。」

「同じですよ? ねえ、フィエル。」

「いや、大きな魔物は焼くのが大変だろう。」


 フィエルとしては、違いを素直に言っただけだと思うが、たぶん、ラインザックはそんなことを知りたいわけではないと思う。


「どう同じなのか、見なければ分からぬ。明後日の朝に出発するので準備しておくように。」


 遠征の準備と言っても、それほど大掛かりな用意はない。服装は畑に出るときと同じだし、食料や食器を入れる背中鞄を背負い、野営用の毛布を持って行くくらいだ。


 馬の方は騎士たちと一緒に用意してもらう。飼料を袋に詰める作業に私が加わると邪魔になってしまう。私にできることは、自分の鞍を磨くくらいだ。



 シュエリツァ地方への移動には三日を要する。七十人の騎士と馬を並べて進んでいく。


「森から少し離れて野営をするぞ準備をしろ。」


 一日目の夕方、森の中を通って来た道が草原に出ると兄は大声で指示を出す。


「この辺りの魔物は退治しなくて良いのですか?」

「特に報告は上がっていない。」

「でも、結構な数がいますよ。」


 学院の演習では、このようなところでは必ず魔物を退治していた。

 兄は気にもしていないようだが、何もしないで通り過ぎようとするのが普通なのだろうか。


「魔物は退治してしまった方が良いのではありませんか?」

「私もそう思います。」


 フィエルと私がそう言うと、ラインザックは「やってみよ」と許可はしてくれた。


 いつも通りに魔力を放ってみても、森の魔物たちはすぐには飛び出してはこなかった。


 しかし、魔物を誘き出すにはまだ方法がある。冬の間、何度かやっていて気づいたのだが、どうやら魔獣というのは、死骸があるほうが誘き出しやすいのだ。


 草原に魔力を撒けば、地中の虫がでてくるし、草むらに隠れ潜んでいる小さな魔物たちが集まってもくる。そこにフィエルと二人で盛大に雷光を撒き散らしてやれば、姿が見えていなくても魔物たちは倒れていく。


 さらに魔力を撒けば、森の獣たちも動きだす。


 サルが樹上から飛び降りて向かってきたと思ったら、茂みからも幾つかの魔物が走り出てくる。

 草の陰に隠れて姿はよく見えないが、雷光の魔法で撃つぶんには問題ない。出てきた魔物を次々と屠っていくだけだ。


 魔力を撒いてから騒めいていた森は、一時間足らずで静かになる。太陽が沈みかけているので、焼却を急がなければならない。少し離れたところで野営を張っている騎士たちは食事を摂っている時間だ。


「爆炎で死体を集めます。フィエルは水を撒いて、燃え広がらないようにしてください。」

「わかった。」


 爆炎魔法を放つたびに、サルやらトカゲやら、動かなくなった魔物が吹き飛ばされていく。端の方から順番に爆風で吹き飛ばして一か所に集め、出来上がった死骸の山に力いっぱい火を放つ。その間、フィエルは炎が燃え広がらないよう、周辺に魔法で水の散布を繰り返す。


「二人とも、あとは騎士に任せて良い。夕食を済ませてしまわぬと暗くなってしまうぞ。」


 食事を終えた騎士を数名連れてラインザックは交代するように言う。あとは焼くだけだし、誰でもできるだろう。

 手早く食事を済ませると、私たちは最初に夜番に立つことになった。


「夜中に起こされるより、最初に済ませてしまう方が楽だろう。」


 それは確かにその通りだが、私もフィエルも、何度か夜番は経験している。初めてのときは辛かったが、何度もやっていればある程度は慣れる。そんなに甘えてばかりいるわけにもいかないのではないだろうか。


「そのくらいは甘えておけ。多少は慣れていても、其方(そなた)らはまだ子どもだ。体力的には騎士たちに劣っているのは明らかだ。」


 夜番を言い訳に、進行速度が落ちても困る、というのがラインザックの言い分だ。そんな言い訳をするつもりはないが、少しでも危険性を下げるのも仕事のうちだと言われたら従っておくしかないだろう。


 私たちの当番が終わるころには魔物の死体も燃え尽き、水をかけて消火してから天幕に潜り込む。




 翌日も、その次の日も朝から晩まで馬での移動と休憩を繰り返し、やっと目的地であるシュエリツァの山岳地帯に到着する。


「この山のどこにサルが出るのでしょう? 被害が出ているのですから、町や村に近いところに出没するのですよね?」

「この辺りに村があるはずだ。報告では山の(ふもと)となっているが……」


 当たりを見回してみても、それらしいものは見つからない。森と草原が広がっているだけだ。


「ここからだと東の方に行けば村があるはずです。」

「よし、案内せよ。」


 この地方の地理に明るい騎士がいるようで、案内を買って出る。森に沿って進み、小川を越えてしばらくいくと、村が、というより畑が見えてきた。


「そこの丘から向こうはどう見ても畑ですよね。」

「そうだな。村が近いのだろう。」


 麦畑は雑草が伸びている草原とは明らかに様子が違う。丘の道を上っていくと青々とした麦畑が一面に広がっていた。前方の谷を流れる川の近くに、家らしきものがいくつか並んでいるのが見える。恐らく、あれが村なのだろう。


 近づいて行くと、村の者たちは怯えたようにこちらの様子を窺っている。


「魔猿の被害がでているというのはこの村か?」

「あ、ああ。あいつら、野菜を盗むだけじゃなくて、家畜まで殺してしまうんだ。」


 サルはなかなかに凶暴で、追い払おうとして大怪我をした者もいるらしい。魔猿が出るというところに案内してもらうと、確かに畑は荒らされていた。


「これは捨て置けんな。農民がどれだけ苦労して野菜を育てていると思っているのだ。」


 農作業をずっと間近で見ていたフィエルは、農民たちが頑張って作物の世話をしていることを知っている。それを滅茶苦茶に荒らされでもしたら怒るのは当然だ。


 山を見上げ、意識を集中して魔物の気配を探ってみるが、魔物の数が多すぎてどれが魔猿なのかよくわからない。いつも通りに誘き出して片っ端から狩っていくしかなさそうだ。

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