106 毎日二十トンの野菜を加工しよう!
城の前庭は甘菜で溢れかえっていた。
収穫されて運ばれてくる甘菜を干し野菜へと加工していくのだが、加工する速さが追いついておらず、空いているところにどんどん積み上げられていくのだ。
街にも野菜を加工する食品工房というものはあるらしいのだが、昨今の不作のためその数は激減していて、やはりそちらでも今年の収穫量に対応しきれていないと報告を受けている。
「手の空いている平民はいないのですか! 食品加工を生業としていた職人はどこに行ってしまったのですか?」
そんなことを叫んだところで、色よい返事はどこからもこない。元食品加工職人たちも、何年も仕事をせずに呆けているなんてこともないだろうし、別の仕事を見つけて働いているのだろう。
市中に食品加工の働き手を募集したところ、やってきたのは年寄か見習いの職人が多い。もしかしたら、その中に元食品加工職人も混じっているのかもしれないが私には見分けがつかない。
一枚ずつ剥いた葉を棚に並べて一晩干し、翌日朝に籠に入れてまた棚に並べる。合計三日間干せば完成し、木箱に詰められて倉へと運ばれていく。
今年の税収は、市中に売り出す分はほとんどない。というか、出しすぎると値段が下がってしまうので、農家が困ってしまうのだ。となれば、数万個運ばれてくる甘菜を何とかして加工していかなければならない。
「ティアリッテよ、あの野菜はどれほど運ばれてくるのだ?」
城から庭の様子を眺めながら長兄がうんざりしたように言う。庭を見渡せるバルコニーで人や物をどう動かすかを考えるのも私やフィエルの仕事だ。
朝からバルコニーに出て改善すべき点を文官たちと話をしていたら、兄たちも様子を見に来たのだ。
「ざっと、馬車六百台分くらいでございます。」
「六百だと? いくらなんでも多すぎだろう。収穫は昨年の倍ほどになるのではなかったのか?」
「畑全体としての甘菜の収穫量は二倍を少々上回る程度でございますよ。作付する畑の数を減らして正解でした。もっと少なくても良かったとは思いますけれど……」
区画当たりで穫れる数は変わっていないが、一つ当たりの大きさはだいたい三倍になっているらしい。農民たちも、城の仕入れ担当の文官も料理人もそう言っているのだから間違いないだろう。
「二倍や三倍どころではない量が運ばれてきているようだが?」
「税率を四倍にしましたから、運ばれてくる量は九倍近くになっています。もう、大笑いですよ。」
「笑い事ではないだろう。」
そうはいっても、この状況はもはや笑うしかない。正直言って、ここまで大変なことになるとは思っていなかった。
「貴方の見込みは、色々な意味で甘いということがよく分かりました。」
そう言う長姉の目は冷ややかだ。
確かにこれは失敗といえるだろうが、笑って許してはくれないものだろうか。
「それで、この野菜をどうするつもりなのだ? これほどの量は、商人も買い取れぬだろう。」
「ええ、商人を通じて幾許かは市中に出す予定です。それ以外は干し野菜にしてしまわなければなりません。」
「其方は城の倉を野菜で埋め尽くすつもりか?」
私の説明にラインザックは呆れたように首を振る。だが、私もそんなつもりは全くない。
「干し野菜にすれば、かなりの量を買い取ってもらえますよ。生のままでは無理でも、干し野菜にすれば他所の街に運ぶことができますからね。どんどん売りにいってもらう予定です。」
各地を治めている小領主たちがどれほど収穫量を増やしているかは分からないが、領都ほど劇的に改善してはいないと思う。そこまでできる人材がいないはずだし、収穫が向上していても、せいぜい一割や二割程度だろうと予想される。
そこに向けて売りに行けば、買い手は十分にあるはずだ。
「其方らのような無茶なことをするものは確かにいないであろうが……。鬱陶しい者たちの相手をしなければならない私や父上、母上のことも少しは考えてくれまいか?」
私たちだけが富を独占しようとしている、などと言いがかりを付けてくる者たちが出てくるのは間違いないだろうとラインザックが言う。
「そんなの、本当にただの言い掛かりではありませんか!」
私たちが頑張った結果に対して文句を言ってくる者たちなど、私が文句を言ってやりたい。
「やめろ。其方は首を突っ込むな。」
「そうです。大人の貴族を相手にするのは私たちの仕事です。ティアリッテとフィエルナズサは、平民の掌握に力を注いでもらわなければ困ります。」
いつの間にか私たちの役割が決められているようだ。平民の掌握など、初めて聞いたのだが一体どうしろと言うのだろう?
質問してみると、答えは割と簡単なことだった。
「富や負担が極端に偏らぬようにして、あとは頻繁に顔を出しておけば良いだろう。」
「税を極端に増やしたのでしょう? どのように使うのかの説明は折を見てしておきなさい。」
税の使い方に関しては母に相談が必要だと思うが、それ以外は今までやってきたこととそう大きく変わりはしなさそうだ。
「そういえば、お兄様。あの作業に騎士を何人か貸してほしいのですが、よろしいでしょうか?」
「其方は騎士を便利な小間使いの様に考えてはいないか?」
「そのようなつもりはありません。風の魔法を使って欲しいのです。」
野菜を干す棚に風を通してやれば、乾燥が早くなるはずだ。見張りを兼ねて手伝ってもらえれば、処理できる量が増えるかもしれない。平民たちが何十人も城の庭で作業をしているのだから、その周辺に見張りの騎士が何人かいても何の不思議もないだろう。
「ティアリッテは、最近、言い訳が上手くなってきたね。」
「大義名分を用意できるようになったと言ってくださいませ!」
からかうような口調で次兄が言うが、とても失礼だと思う。
それでもラインザックは承諾してくれて、朝・昼・夕の三交代でそれぞれ七人ずつの騎士を出すと約束してくれた。
作業の改善点をまとめると、庭に下りて作業者に指示を出していく。馬車を停める場所、下ろした荷の置き場を調整し、多くの人が行き来しやすいようにして作業の円滑化を図る。
葉を剥くだけの甘菜は、加工作業に刃物を必要としない。馬車から下した甘菜は、作業をする際に台に置く必要はなく、棚の前に立って直接剥いた葉を直接並べていけば良いだけだ。
作業としてはとても単純なだけに、作業をする者どうしがぶつからないようにしてやるだけで効率は上がる。
最初に用意した九十八個の棚ではまるで足りない。木工職人を呼んで追加の棚を作っているが、用意できる木材や置く場所にも限度があるので、全部で百四十になる予定である。
「あれを処理しきれるのか?」
七人の騎士の選定をもう終えたようで、ラインザックが騎士を引き連れてやってくる。
「頑張らせてはいますけれど、全部は無理かも知れません。処理しきれない分は馬の餌にでもするしかないでしょうね。」
「人の食べ物を馬の餌にしてしまうのか……」
それでも余って腐らせて捨ててしまうよりは良いだろう。というか、すでに何十個かは馬の餌にまわしている。馬たちを頑張らせるためにも、美味しい野菜を与えるのは悪いことではないと思う。
配置場所とすべきことを伝えると、騎士たちはそれぞれの持ち場に向かう。
庭でのすべきことが終わると、次は街だ。市場とやらに行って甘菜の市中の価格を確認しなければならないし、農業組合で荷車の手配状況についても話をしなければならない。
今年の豊作は、貴族がかかわってのことだと知らしめなければならないのだ。




