102 兄弟そろって魔物退治
「一日か二日で良いので、騎士たちを何十人かお貸し頂くことはできるでしょうか?」
明日、すぐにとは行かなくとも、数日後くらいならというつもりで聞いてみる。
「一体何をするつもりだ?」
「魔物退治です。畑の中の防風林はともかく、畑の端ではかなりの数の魔物が出てくるのです。退治すること自体は問題ないのですが、焼却処分が追いつかないので人数が欲しいのです。」
退治した魔物をそのまま放置するわけにはいかない。それくらいのことは兄たちだって分かっていることだ。
「確かに灰にするのは時間が掛かるからな。どれ程の数がでてくるのだ?」
「魔力を撒いて誘き寄せると、一千くらいの魔物が出てきます。小型の魔物ばかりなので騎士にとっては然程の脅威ではないのですが、平民にとっては厄介な数なので徹底的に退治してしまいたいのです。」
「ふむ。私も一度見に行ってみよう。明後日で良いか? 魔法を教えてもらわねばならぬしな。」
長兄との話はまとまり、二日後に兄弟そろって畑の南端に向かうことになった。
そこから西と東に分かれて魔物退治をしていく予定である。男性陣が西側で女性陣が東側だ。
「まず、魔力を撒いて魔物を誘き出します。」
「ウォルハルトがやっていたやつだな。これは水に魔力を詰める必要はあるのか?」
「畑に撒く場合は水に詰めた方がやりやすいですけれど、単純に狩りを目的にする場合は魔力の塊を放ったのでも構いません。」
魔力の塊を放った場合、拡散するのが難しいと言うだけの話だ。逆に言うと、一点に集中して叩きつけるなら水に詰め込まない方がやりやすい。
私たちの場合は、畑に魔力を撒くのも目的の一つなので、水に詰めて撒いているだけである。
「水に詰めなくて良いなら、私にもできる。」
長姉は腕を振って、森に向けて魔力の塊を放り投げる。遠征中も練習していたのだろうか、結構強めの魔力が赤い輝きを放ち飛んでいく。
藪の手前に着弾すると、遠目に見ていても森に反応があるのが分かる。ざわざわと枝が揺れ、いくつかの獣が木陰から姿を現す。
だが、魔物にはもっとこちらまで出てきてほしいのだ。私は左手の杖を振って水の玉を生み出し、右手で魔力を詰めて畑の中央へと飛ばす。
「随分と器用なことをするな。」
「何度もやっていれば、この程度はできるようになりますよ。」
水が弾けて区画いっぱいに魔力を撒き散らす、獣や虫が一斉に動き出す。畑の地中に潜んでいた虫も続々と姿を見せると騎士たちにも驚きの声があがる。
「数が多いぞ、ティアリッテ!」
「この程度、問題ありません。」
小型ではあるものの、森から出てきた魔獣や魔虫は百ほどにはなるだろうか。だが、まだまだ出てくるだろう。
私は二十ほどの雷光を放ち手前から虫を潰し、背後の一つ北の区画にも魔力を撒いてから南畑の中に進み出て行く。北側の区画は農民や子どもたちに任せておいても何とかなる。
右へ、左へと雷光をさらに撃ってやれば、畑には百を超える魔物の死骸が転がることになるが、それで終わらないから困るのだ。
魔物の死骸が増えれば、それを食おうとする魔物も出てくる。魔力の気配で近づいてきて、格好の餌を見つければ、我先にと飛び出してくるのだ。
それらを倒し続けて、動きがなくなるまでに一時間ほどはかかってしまう。それを全員で待っていては予定してる数を終えることができない。
「これに対応するには何人の騎士を残せば良いでしょうか?」
「答えづらいことを聞くな。ティアリッテが一人でやっていたことに十四人必要とは言えぬだろう。」
確かにそうだが、十四人まではいらないだろう。隣の区画でも同じことをするのだ。少しは分散されるはずだし、七人くらいいれば足りるだろう。
私の意見にシャルゼポネも頷き、一つ東の区画へと向かう。
同じように魔力をまいてやれば魔物が出てくるが、その数は先程よりも少ない。三人だけを残してさらに東に向かっていく。
「その雷光の魔法は、どこまで一度に撃てる数を増やせるのだ?」
杖の一振りで魔物を一掃するのを見て、シャルゼポネは疑問を口にする。一本や二本しか撃てなかったころは頑張って増やそうとしたが、最近はこれで不足したことがないし、増やせる上限がどの程度なのかは分からない。
「今の私には二十程度が限度ですけれど、それ以上が必要になる事例がよく分かりません。」
「いや、ただの興味本位だ。他の魔法は同時に幾つも放つということをしないから、どういうものなのかと思っただけだよ。」
そういえば、確か同時に放てる数を増やすという考え方をする魔法はない。火球や水の槍なども二、三を同時に放つくらいはできるが、それ以上をやろうとしたことはない。
私の魔法を手本に、シャルゼポネも何度も試行を繰り返すが、雷光の魔法を上手く使うどころか、火花の一つも出せない状態だ。
分かりやすいように一発だけで放ってみせても、それだけでできるほど簡単ではないのだ。
私や騎士たちが魔物退治をしている傍らで魔法の練習を繰り返し、お昼の休憩のころにはシャルゼポネも火花を飛ばせるようになった。
「火花を飛ばせるようになれば、もう一歩です。」
「かなり難しいぞ、これは。」
「慣れてしまえば大したことはありません。何度も繰り返し練習して当たり前にできるようにならないと実戦では使えませんけれど、できるようになってしまえばとても強力です。」
私もこんな複雑な魔法を使いこなせるようになる自信なんてまるでなかった。しかし、やってみればできるものだし、慣れれば当たり前になってしまうということが分かった。
「大変なのは慣れるまで、か。」
シャルゼポネは呟き、魔法の練習を繰り返す。指先で弾け光るだけだった火花が少しずつ前に伸びていくようになっていく。
「ラインザック兄上はどの程度できるようになっているかな。」
「おそらく同じ程度ではないでしょうか? ウォルハルト兄様も似たようなものでしたよ。兄弟ですし、そうそう才能に差はないと思いますけれども。」
やり始めてから、雷光を放てるようになるまでの時間は、私やフィエルもそう変わらない。騎士たちは時間がかかっているが、ずっと練習しているわけにはいかないということを考えれば仕方がないだろう。
道端に腰を下ろして食事をとりながら西側を振り返ってみると、いくつもの煙が空に昇っていっているのが見える。
出てくる魔物を退治するのは、食事をしながらでもできる。シャルゼポネは「行儀が悪い」と言うが、魔物退治の遠征に行ったときも、食事中は杖を手にしたりしないものなのだろうか?
「魔物が出ると分かっているところで食事などとれるわけがないでしょう。」
呆れたように言われてしまったが、確かにそうだ。思いだしてみると、演習等で魔物退治に行ったときは、退治が一段落するまで食事は我慢していた。
軽く昼食を終えると、再び魔物退治が始まる。魔力を撒いて出てきた魔物を爆炎魔法で集めるようにしてから雷光で止めを刺す。魔力は余計に使ってしまうが、騎士や農民たちの手間は減るだろう。
「そこまで彼らに気を遣う必要があるのか?」
「早く終わらせたいだけです。数をこなさなくてはなりませんから。」
「今日だけで一体いくつ終わらせるつもりだ?」
「東の端まで百二十六あるはずなので、そこまで終わらせたいのです。」
数え間違っていなければ、現在は六十終わっているので達成不可能というには少し早い。もう少し処理速度を速めれば何とかなるはずだ。
「仕方ないな。爆炎魔法なら私も手伝える。西側に吹き飛ばせば良いよいのだな?」
「はい、ありがとうございます。」
「まあ良い。気分転換も必要だ。」
西側は隣の区画の騎士を巻き込んでしまいかねないのであまり派手に爆炎を撒き散らすわけにはいかないが、東側は無人なので気にせずに魔法を放っていける。
立て続けに放たれて区画の西側に追いやられた魔物に向けて雷光を放ってやれば簡単に片付く。道の北側の区画にも魔力を撒きながら、次から次へと魔物を退治して進んで西へと進んででいく。
東の端に着くころには陽は傾いてきているが、間に合わないと言うほどでもない。
「隅は少々面倒ですが、やってしまいましょう!」
私は勢いよく魔力を撒くと、南と東の森から魔物が溢れ出てくる。特に東側は手付かずなので出てくる数が多い。
二方向から迫ってくる魔物に私は雷光を放ちまくり、シャルゼポネも爆炎を次々に放っていく。
数が多くても、私が手に持って放り投げられる程度の小さな魔獣や魔虫がほとんどだ。シャルゼポネの爆炎だけでも動かなくなる魔物は多い。数匹であれば、農民たちでも十分に退治できる程度だ。
問題は、この数の多さだ。百を倒しても二百を焼いても終わる気配がない。
「一体どれだけ出てくるのだ?」
「言ったではありませんか。一千くらいは出てきますよ。」
しつこく出てくる魔物にうんざりした様子でシャルゼポネが言うが、これを毎日やっている私の身にもなってほしい。弱いくせにただただしつこくいつまでも涌いて出てきて、煩わしいことこの上ないのだ。
やっと森が静かになった頃には太陽は西の空のかなり低い所まで落ちてきていた。
「大急ぎで焼いてしまわないと閉門に間に合わんぞ。」
「ええ、多少粗くても仕方ありません。爆炎で一気に集めてしまいましょう。」
畑の西側に回り、姉と二人で小さな爆炎を次々に放って転がっている魔物を吹き飛ばして集めていく。
ある程度集まったところに全力で炎を放ち、周辺に転がる魔物を投げ、蹴り、炎に放り込んでやって、周辺に水を撒いておく。
「よし、帰るぞ!」
「はい。」
隣の区画でも騎士たちが撤収の準備をしている。馬はかなり西側で騎士が纏めて面倒を見ているはずだ。
走って戻っていくと馬を引いた騎士がやってきて、途中からは馬で急ぐ。
「農民は返しましたか?」
「はい、彼らは馬がありませんので、少し早めに引き上げていっています。」
返事をした騎士は不愉快そうだが、そればかりはどうしようもない。彼らに家に帰るなというわけにもいかないだろう。
畑道を急ぎ走り、日没間際に農民と騎士が門に殺到して門衛に少々迷惑をかけてしまったが、それは仕方がない。すっかり陽が落ちてから門が閉められるのを見届けてから城へと帰った。




