マグヌスの魚の丸焼きは美味い
グラティアは、街中で人族の子アルドに声をかけられる。
特に何も考えず、友達になったが…
アルドは、とても真面目な少年だった。聞いたところ、冒険者をしている父親と2人暮らしをしていて、主にアルドは家の家事をしているらしい。まぁでも父親が長いこと家を留守にしている時は、ひとりで家で過ごしたり、備蓄の食料が無くなってきたら、簡単な内職などをして、その日の生活費を稼いでいるようだ。マグヌスの街中を歩きながらそんなことを聞いていた。
「ぐ、グラちゃんは普段は何をしてるんですか?」
この呼び方は私は許可していない。ただ、コイツが勝手に呼んでいるだけだ。まぁ…グリーよりはマシだが。
「んー、特に何をしているということもないが…そのあたりをぶらぶらしたり。色々な露店で買い食いしたり。酒場でたまに飲んだり。海を眺めに行ったり。あとは色んなやつの相手をしたり…そんなところかな」
まぁ実際は、たまに冒険者のパーティの手伝いというか、手助けをしてやったりはする。あ、冒険者と言ってもダンジョンに潜入したり、魔王の城に行ったり、果てしない荒野を旅したりするわけではなくて、山にある鉱物の発掘や、薬草の採取、たまーに急発生した怪物の討伐などをするくらいかな。そんなことを話してもアルドにはわからんだろうからな。それにアルドの父親がどんな冒険者かはしらないが、知らぬ間に関わっていたとしても嫌だし。
「へぇ〜!グラちゃんは自由きままな暮らしをしている感じなんですね。すごく羨ましいなぁ。僕ももう少し大きくなったら、父のように冒険者になって、色々なところを冒険したいと思ってるんです」
「アルドは見かけによらず、好奇心旺盛なのだな。てっきり家で静かに父親の帰りを待っているような、主夫のスタイルが好きなのかと思ったよ」
ぶんぶん首をふるアルド。
「そんなことないですよ〜、だって家に居ても退屈なんですもん。あの…グラちゃんみたいな綺麗なお姉さんとお友達になれて、僕、凄く嬉しいです」
アルドはまだ小さい割には、話す言葉はしっかりしている。まぁ普段からひとりで生活をしていたり、大人と接することも多いからか。同じ人族の子供でも裕福な商人などの子供たちは、甘やかされ放題で、ひとりでは何もできないだろう。おそらく私も、そのような子に比べ、しっかりしていたアルドだから、付き合ってやっているのだと思う。
「あぁ。まぁ友達なのはいいが、今は大丈夫だけど、たまに長い間いなくなることもあるから、その時は探すんじゃないぞ。あっ、あっちの屋台で魚の丸焼きの美味いところがあるから、食べに行くぞ」
私は特に朝昼夜とか、食事の時間は決めてはいない。そもそもこの国に住む住民自体、様々な種族がいるから、誰に合わせてとかをする必要がない。食べ物を出す店は、だいたい日中でも深夜でもどこかは開いている。腹が減ったら食べる。喉が渇いたら飲む。いたって単純である。
「わぁ〜、魚の丸焼きって僕食べたことないです。あれって割といい値段しませんか?僕…お金そんなにないんですけど」
まぁ父親の職業柄、ゆとりのある暮らしはできてなさそうだな。この中央都市マグヌスでは、色々な食べ物が食べれるが、魚介類に関しては海や川が少し離れているだけに、希少価値が高く、他の肉や野菜に比べても少々高い。高いと言っても高級食材というわけではないのだけど。
「おぉ、魚の丸焼きは初めてなのか。金なら気にするな、人族の習慣にも歳上のものが歳下におごるというものがあるだろう。私はアルドよりだいぶ歳上だ」
「すみません、グラちゃん…僕、大きくなって、今より稼げるようになったらきっと、お返しします!今はお言葉に甘えてごちそうになります」
と、言いながらすでに魚の焼けるいい匂いにヨダレが出てきてしまっているアルド。なかなか素直で良い。ここの魚の丸焼きは、生のままではなく、少し天日で乾燥をさせてから炭火で焼いている。とても美味いのだ。
「おっちゃん、魚を4つくれ」
「おっ、どうもグリー様!4つで2000ルミーになります」
代金を支払い、串に刺さった魚の丸焼きを4本、受け取った。普段なら5本くらいひとりで食べるのだが、今回は少し遠慮をしておいた。そうそう、この国の通貨はルミーといい、金貨1枚が1万ルミー、銀貨が1000ルミー、銅貨が100ルミーと、とてもわかりやすい仕組みになっている。私が生まれる前の、王国初期の頃は物々交換などが多かったみたいだが、聞いた話によると500年前くらいにはこの通貨が出来たということだ。それぞれのコインに刻まれているおっさんの顔はその時のルミノース10世だか11世だかの顔らしい。とてもいい匂いのする魚の半分2本をアルドに渡す。
「これはちゃんと下処理もしているし、皮までパリパリに焼いているから、丸ごと全部食べれるぞ。焼きたてが美味いから食え」
アルドの目が輝いている。
「うわぁ〜!グラちゃんありがとうございますっ!んっ!んっ!美味しいです〜」
串刺しになった魚の横腹の美味そうなとこからかじって食べているアルド。美味そうなところを先にいくタイプだな、私と同じだ。満足そうに食べている姿を見るのは楽しいものだ。普段自分だけでは、自分の顔を眺めることはないからな。
「どうしたんですか?そんなニヤニヤ笑って」
「ん?そんなニヤけていたか。お、そこの脇の長椅子に座って食べるぞ。落ち着かんだろう」
この街の露店が並んでいるあたりには、ところどころに座れるような椅子が置かれていたり、椅子はなくても敷物を敷いてそこで買った食べ物を食べるようなスペースが作られていた。長椅子に二人並んで魚を食べる。うむ、やはりここの丸焼きは美味い。
「お魚、ホントに美味しいです。父さんとたまにここに来る時も高くて買ってもらったことなかったので…あ、グラちゃんって…す、好きな方はいたりするんですか?」
「好きなかた?それは、恋愛とかそういう類のものか?」
「あっ、いえ。恋人とかそういうのじゃなくてもいいんですけども…そうだ、たとえば興味があるとか、一緒にいて楽しいな、とかそういう感じ…ですかね。あ、いや、答えなくてもいいんですけどね。なんとなくなので…」
「んー、そうだな。よく皆がいう恋愛感情とやらはあまりよくわからんが、興味だとか、面白いと思う、ということだけを言うと、アルド。お前はそうだと思うぞ」
たちまちアルドが顔を赤くする。
「えっ、えっ、僕!僕のことを興味持ってくれてるんですね!う、嬉しいです!…ごほっごほっ!」
慌てすぎてむせてしまったようだ。そんなに興味を持たれて慌てることなんだろうか。人族の子供は面白い。まぁ今までそんなに身近で接することもなかったからかな。と、その時…
「アルド〜!どうしたんだ、こんなお昼から可愛い子ちゃんとデートか??」
振り向いて見ると、2人の後ろから声をかけてきたのは、冒険者の戦士風のいでたちの、中年くらいの人族だった。アルドの知り合いか?
「と、と、父さん!今帰ってきたの?それよりも、で、で、デートなんて…」
また顔を赤くするアルド。きっと人族の子は顔を赤くしやすいのだろう。それにしても、この戦士がアルドの父親か。と、その父親が私を見てびっくりする。
「あっっ!!グラティア様!えっ!なんで俺の息子と?え、え、知り合い?」
今度は父親が慌て出す。なんだろう、慌てるのが好きな親子だ。まぁ、それはそれで楽しいからいいか。
◯ルミノース王国プチ情報
中央都市マグヌスは、山の麓ということもあり、様々な作物も採れ、牧畜も盛んである。ただ、川や海は遠く離れているため、海産物は乏しく、港町の方から仕入れてくるため、魚介類の値段は少し高い。
1ルミーは現代の日本円でいうと2円くらいである。




