9.怪獣裁判、はじまる
怪獣裁判。
世間ではこう呼ばれている裁判の日は、あっという間にやってきた。
今、大吉は法廷に立っている。
答弁書も書いた。良く分からない書類も色々読んだし書いた。
大吉は今も裁判の事など良くわからない。
しかし、この場で訴える事はわかったつもりだ。
これはエルフィン達が、怪獣と呼ばれる皆が何者なのかを訴える裁判。
創作物であると権利を主張するフラットウェスト社に対し、大吉が彼らをどう考え、どう見ているかを示す裁判だ。
「本日はよろしく」
「よろしくお願いします」
「それにしても……フラットウェスト社の者が、そちら側につくとはな」
「第一開発部はこの裁判を望んでおりませんから」
大吉と争う者、フラットウェスト社法務部。
大吉を擁護する者、五月あやめ。
渋顔に微笑み。同じ会社の社員が向かい合う。
何か社内争いのダシに使われたような感もあるが、大吉にとってそれは二の次。社内で好きにやれである。
傍聴席では怪獣裁判を取材する記者達とエルフィン、フォルテ、エリザベス。
海からは黒軍が、宇宙からは黒の艦隊がオカルト技術で大吉を見つめている。
アイリーン達とミリアはバウルと生活を共にしているから海にいるのだろう。
何をしているんだろうな……大吉はそう思いながら、口頭弁論の場に立った。
「誰だあれ?」「人間だ」「怪獣……ではないな」「怪獣使いか?」
傍聴席の記者達がざわめく。
彼らは大吉を見るのは初めてだから無理もない。
彼らは今日、大吉の事を好き勝手に書くだろう。
それも大吉は好きにやれである。
訴えて理解を求める相手は、彼らではないからだ。
「大吉さん、ハートにガツンですよ」
「はい」
あやめの言葉に大吉は頷く。
大吉は昔も今もただの宅配ドライバー。
エルフィン達が大吉の元に集まったからと言って、大吉自身が何か変わった訳ではない。
この場に立つのはエルフィン達と縁があったから。
本来この場で主張すべきはエルフィンやブリリアント、バウルやセカンドといったオカルト達。
その皆の代わりに、大吉はこの場に立っている。
だから、大吉は彼らの主張の代弁者。
彼らがどう思ってこの地を訪れ、何をしたいのか。
そしてどのように扱って欲しいのか。
大吉が一番に訴えるのはフラットウェスト社でもなく、記者達でも世間でもない。
この世界に現れたオカルト達だ。
「皆さん、はじめまして。私は井出大吉といいます」
大吉は深く息を吸い込み、語りはじめた。
「私は十年前に発売されたゲーム機器『エクソダス』の発売当初からハマり、三年前までハマり続けていた者です」
まずは自己紹介。
寝ゲーにハマって全てを捨てた情けない身の上を大吉は語る。
「彼らは私にとってゲームで出会った存在。そしてサービス終了までの一年間を夢の中で共に駆けた者達です。黒軍も、黒の艦隊も、ほかの皆もそれぞれのゲームでめぐり会いました。ある時はクロノとして、またある時は黒軍王ネーロとして。ですからフラットウェスト社が権利を主張するのは当然の事でしょう」
そして次に事実。
大吉にとってエルフィン達は『エクソダス』で出会った存在であり、彼らにとって大吉はゲーム名の存在であった。
彼らは間違いなく、フラットウェスト社のゲームと関連があるのだ。
「夢で遊ぶ『エクソダス』のゲームプレイは彼らにとっても夢であり、プレイの数だけ夢を見たそうです。そして夢から力を得て彼らの世界をより良く変えて、この世界へと渡って来たそうです……彼らの話を信じるならば」
次にエルフィン達の主張。
「私は彼らの世界に行った事はありませんし、この目で見たわけでもありません。ですから彼らの世界が存在するかどうかを証明する事も説明することも出来ません。もしかすると彼らが主張している事はゲームの設定であり、彼らがそう思っているに過ぎないのかもしれません……そこにいる彼女、第一開発部の五月あやめさんはそれを否定しましたが」
そして疑問。
もしゲームの存在ならば彼らの記憶も能力も、設定でどうとでもなる。
そして世界も好きなように変えられるだろう。
それが創作物であり、ゲームというもの。
少なくとも訴えたフラットウェスト社の者達はそう考えているはずだ。
「……ですが」
大吉はちらりと傍聴席を見た。
エルフィン達はほのかに輝き、静かに大吉を見つめている。
その輝きは信頼。
彼方では皆が大吉の一言一句を聞き逃すまいと、耳をすませていることだろう。
そしてエルフィン達と同じように、輝いている事だろう。
……本当にお前らは、黒が似合わない奴等だな。
大吉は心で呟く。
大吉が黒にこだわっていなければ、彼らも黒にこだわる事も無かっただろう。
皆の黒へのこだわりは、大吉への信頼のあらわれだ。
これほどの信頼を受けたら退く事など出来ないだろう。
さあ、勝負だ……大吉はフラットウェスト社の者を見据え、言葉を続けた。
「この世界に現れてからの彼らまでゲームとするのは、違うと思います」
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