62.続く平穏。
―呪神カルム視点―
時計を見て、少し焦る。
約束の時間が迫っている。
「お疲れ様」
部屋に残る仲間達に声を掛けると、急いで廊下を進む。
間に合うかな?
あっ、この気配は……避けられないよね。
はぁ、面倒くさい。
「これは、カルム呪神殿。こんな所で会えるとは」
表情が引きつらないように気を付けながら、声を掛けた者に視線を向ける。
「お久しぶりです、オット神。その後、問題はありませんか?」
また、問題を起こしていないだろうな?
なんて事は言いませんよ。
「はははっ。大丈夫です。えっと、ここで会ったのも何かの縁ですし……」
その縁というものを、ぶった切りたいですが。
「なんでしょう?」
「実は少し心配でして。あの問題が表ざたになるのでないかと」
ふふっ、本当に愚かだよね。
まだあの事に気付いていないんだ。
「大丈夫です。あの書類が表に出て、誰かの目に触れる事は決してありません。ですので安心して下さいね」
えぇ、書類が表に出る事は絶対に無い。
でも問題を起こした事は、既に知られていると思うけど。
「いや。もちろん信じています。信じていますが……その廃棄してもらう事は出来ないでしょうか?」
「それは、我々を信じていないという事ですか? あれほど親身になって問題を解決したのに?」
廃棄?
オット神は、まだ気づいていないのか。
馬鹿だなぁ。
「いや、もちろん信じています。信じていますが――」
「見つけた! 来ないから迎えに来たよ。あれ? オット神? 呪神のカルムさんと知り合いなんですか? 珍しいですね。オット神は、バース派閥なのに」
急に現れた神のアマースさんに、オット神の顔色が悪くなる。
それを見て、口を手で覆う。
吹き出しそうになってしまった。
それにしても真っ青だね。
まぁ、仕方ないか。
私と会っている事は、内緒だからね。
バース派閥は呪神を認めないと騒ぎ、いえ主張をしているんですよね。
呪界が出来て既に400年も経っているのに。
オット神からアマースさんに視線を移すと、楽しそうに笑っている。
これは、オット神が来ている事を分かった上でここに迎えに来たね。
オット神には、注意したのに。
問題が解決したあとは、会ったとしても声を掛けない方がいいですよと。
問題そのものを無かった事にしようとするから、自分を追い詰める事になるんだよ。
そもそも、神界で起こした問題はどんな事をしても無かった事にはならない。
「いや、知り合いというわけではないんだ。ちょっと、挨拶をしていただけで。では、失礼します」
慌てて逃げて行くオット神を、手を振ってアマースさんが見送る。
彼の姿が見えなくなると、私を見て真剣な表情をする。
「もしかして、気付いていないの?」
「うん、全く。私達に問題の解決を依頼する神達は、誰も気付いていないわ。本当に不思議よね。しっかりと神教育を受けているはずなのに」
私の言葉に、アマースさんが頭を抱える。
「嘘でしょ!」
神界で起こった事は、全て創造神の記録装置に残る。
だから、隠す事は不可能。
それなのに、「内密に問題を解決して欲しい」と私達に依頼して来る。
私達は問題を解決する部署だけど、内密に処理するとは誰も言っていない。
しかも問題が解決したら、問題と解決した方法を書いた書類の廃棄を言い出す。
既に創造神に知られているから、今更書類を廃棄しても意味が無いのにね。
「あぁ、時間!」
アマースさんが時計を見て焦る。
「あっ、ごめん」
時間が押しているんだった。
急いで目的の広場に向かう。
中央界で一番広い広場。
今日は、「最高神」が亡くなった日になる。
そしてこの日は、全ての者達が「最高神」に感謝とこれからの平和を誓う日だ。
広場に着くと、既に多くの神達や呪神、魔神の姿がある。
それに神族や魔族、呪族の姿も。
「ちょっと出遅れたね」
「そうだね」
広場に入って、順番に並ぶ。
この列の先には「最高神」の像があり、そこで感謝を伝えたり、平和を祈ったりする。
「知ってる?」
「何が?」
アマースさんを見ると、「最高神」の像を見ていた。
「『最高神』は、本当はとても小柄な方だったそうよ」
「そうなんだ」
お母さんに、そんな事を聞いた事は無いけどな?
少し首を傾げると、前にいた呪神が振り返ると楽しそうに笑った。
「本当よ。『最高神の森』には、等身大の像があるんだけど、私より小柄だったわ」
「えっ! 見たの? 見たの?」
アマースさんが興奮したように、呪神の手を掴む。
「うん。私は岩人形部隊のエイト殿の部下なんだけど、その関係で見る事が出来たの。凄く、尊い雰囲気だったよ」
エイト殿か。
呪界を守る岩人形部隊の隊長だ。
お母さんにお願いしたら、見れないかな?
今までは、お母さんの地位を利用するのは駄目だと思っていたけど見たい。
帰ったら、お願いしてみよう。
順番が進んで、先頭に来た。
像を見上げると、優しく微笑む「最高神」の神々しい姿が見えた。
今の平穏に感謝を告げ、これからもこの平穏が続く事を祈る。
神界と魔界を救い、囚われていた者達を解放し、そして彼等の住む呪界を作り上げた「最高神」。
お母さんも、お母さんの友人達も皆が言う。
「主がいなければ、今の平和は無い」と。
「行こうか」
アマースさんに声を掛けると、一緒に広場を見て回る。
「今年も綺麗だね」
アマースさんの言葉に、頷いて咲き誇っている花を見る。
この広場には、いつの頃からか淡いピンクの花が咲くようになった。
「最高神」が亡くなった前後2日だけ。
それ以外は、咲いた事が無い。
もっと不思議なのは、花を付ける木の種類。
ピンクの花を付ける木ではないし、そもそも広場で育っている木は1種類ではない。
種類の違う木から、同じ日に同じ花が咲くという現象。
これを皆「最高神からの贈り物」と言っている。
ちらちらと散るピンクの花弁を見る。
本当に綺麗だな
「あっ、皆いるよ」
アマースさんの視線の先には、この広場で知り合った神族のアリバさんと魔神のリューさん、それに呪族のミミさんが私達に手を振っている。
それに手を振り返すと、皆の下に駆け寄った。
今日、広場周辺は沢山の屋台が並ぶ。
広場で祈った後は、楽しくおしゃべりをして楽しく食べる。
これも楽しみの1つだ。
「あっ、いたよ」
リューさんが指す方を見る。
今年も、アリ達と蜘蛛達の行列があった。
「今年はあの屋台が気に入ったみたいだね。もちろん?」
「並ぶわよ!」
アリバさんの言葉の後に、ミミさんが宣言する。
それに笑って、皆で行列に並ぶ。
行列が進むと甘い香りがしてくる。
「お菓子の屋台だったんだね」
ミミさんの言葉にリューさんが驚いた表情を見せた。
「えっ、知らないで行列に並んだの?」
「うん」
アリバさんとアマースさんが笑い出す。
私は驚いて、ミミさんを見る。
まさか、商品も知らずに並ぶと宣言したとは。
屋台の中を見ると、可愛い色をした焼き菓子が並んでいる。
お母さんに、持って帰ろうかな。
あっでも今日の夜は、最高神の森で大酒乱会だ。
1年にこの日行われる大酒乱会は、なかなか集まれない龍さん達も来るから凄いんだよね。
今年も、親玉さんとシュリさん達には巻き込まれないように気を付けないとな。
「カルムさん、次はあっちよ!」
ミミさんに腕を引かれて次の屋台に向かう。
そんな私達をアリバさん達が笑って追って来る。
「まだまだ食べるわよ~」
ミミさんが本気モードだ。
これは覚悟が必要だね。
周りを見ると、神に魔神に呪神。
それに神族に魔族に呪族が入り乱れてこの日を楽しんでいる。
「最高神」が願った平穏が、きっとこれなんだと思う。
こんな日が、少しでも長く続きますように。
「異世界に落された…浄化は基本」を読んで頂きありがとうございました。
これで、この作品は完成となります。
誤字脱字や設定が分かりづらいなど色々あったと思いますが、
最後まで読んでくれて、本当にありがとうございました。
ほのぼのる500




