61.あれから。
―ヒカル視点―
「おはようございます」
「「おはよう」」
会議室に入ると、オウ魔界王とミルフィース創造神が既にいた。
「問題は無いか?」
「はい。皆が協力してくれるので、大丈夫です」
オウ魔界王のいつもの言葉。
それに「大丈夫」と応えたのは、もう何度目だろう。
主が消えてから今日で5年目。
この5年で各世界は大きく変化、なんて事も無く。
とても穏やかな平和が続いている。
もちろん、色々な事が変わった。
でもそれは全て良い方にだ。
今、俺達がいるこの会議室も主が消えた後に出来た場所だ。
実は、会議室がある空間はどの世界にも属していない。
神界、魔界、呪界の中心部に新しく出来た空間。
中央界。
主がいた時は異空間を作って会っていたのを、ちゃんと空間を作って会う事にしたのだ。
それは各世界の者達に、3柱は仲良しですよと見せるため。
主が消えて、少し不安を感じていた者達にこれはとても効果的だった。
特に神族に。
この中央界は、それぞれの世界の王の力を集めて作られている。
ただ3柱だけでは不安定だったため、ロープが力を貸してくれた。
さすが魔幸石だと、オウ魔界王が感心していた。
「ロープ、いる?」
「いるよ~。おはよう~」
会議室に新たな者が姿を見せる。
その姿は主を若くした姿。
実は、この会議での1つの楽しみはロープに会う事だ。
主に会っているような気分になれるから。
「各世界で大きな問題は起こっていない?」
俺の言葉に、ロープは周りを安心させる様な笑顔で頷く。
「うん、問題無し!」
この中央界の管理はロープが行っている。
そして、ロープが各世界を監視している。
ただし、各世界に影響を及ぼす大問題になる事だけ。
それ以外は、各世界の王が対応に当たる。
ロープの返答にミルフィース創造神がホッとした表情を見せた。
「良かったぁ。全員を捕まえたけど、まだ不安だったんだ」
前回の会議の時、ロープに「神界で、数名の神達が魂力を利用しようと、実験を計画中だ」と言われたのだ。
それを聞いたミルフィース創造神の怒り狂った表情は、ちょっと引いた。
あれから1ヵ月。
思ったより早く解決したようだ。
一つ目達が少し動いたみたいだから、協力したのかな?
この中央界は、最初は会議室だけだった。
でも、各世界の特に神族からの強い希望で中央界は大きくなり、神族、呪族、魔族の交流場所となっている。
そして、中央界の中心には皆の希望により大きな広場が作られ、主の像が建っている。
窓から広場を見る。
そして、笑ってしまう。
「どうした?」
笑った俺に気付いたのか、オウ魔界王が首を傾げる。
「いや、大きいなって」
オウ魔界も、窓の外を見て笑う。
「デカいな」
きっと、ここに主がいたら怒るだろうな。
いや、呆れるかな。
でも、仕方ないんだ。
皆が求めたんだから。
3柱は、皆の声に応えただけだよ。
うん、だからもの凄く大きな像になったけどそれは仕方ないんだ。
主の像を見ると、綺麗に磨いている岩人形達が視界に入る。
今日は、どの子達だろう?
あぁ、今日の当番は小鬼達か。
巨大な主の像を見ていると、少しだけ胸が痛む。
主は、本当に消えてしまったのだと実感するから。
あれから5年、でもまだ5年なんだ。
会議はスムーズに終わり、1ヵ月後に会う約束をして解散となった。
会議室を出ると、俺の作った岩人形クンペルがいてくれた。
「ヒカル様、お疲れではないですか?」
主に似た岩人形。
彼が傍にいてくれたお陰で俺は頑張れた。
呪界王になった時には「呪界王様」と呼ばれたので、それだけは嫌だと説得。
元のヒカル様に戻した。
あの時は、もの凄く頑張ったな。
「大丈夫だよ。今日は問題も無かったし。だからオウ魔界王とミルフィース創造神に会っただけだったな」
「毎回、それが良いですね」
「そうだね」
クンペルと一緒に、呪界に戻る。
あれ?
あの姿はギルスだ。
「ギルス、どうしたの? ウサに用事? あっ、子供も一緒だったんだ。可愛いね」
ギルスの腕の中には、彼に似た子供が抱かれている。
彼は、エスマルイート王の娘エリトティール殿下と結婚した。
ウサが呆れるぐらいエリトティール殿下が押しまくったそうだ。
「ヒカル様、お久しぶりです。今日は、ウサ殿に招かれて来ました」
招かれて?
あっ確か、エリトティール殿下が新しい命を授かり、安定期に入ったので遊ぶ予定があると言っていたな。
「エリトティール殿下は?」
「あ~……」
言い淀むギルスに首を傾げる。
「あっ、ヒカル!」
桜の声に視線を向けると、なぜかエプロンを着けている。
それに嫌な予感を覚える。
「まさか」
ギルスを見ると無言で頷いた。
「きゃぁぁぁ」
エリトティール殿下の悲鳴が聞こえた。
「あっ」
桜が気まずそうに俺を見る。
それに小さく笑ってしまった。
「怪我しないようにな」
エリトティール殿下は、愛するギルスに手料理を食べさせたいそうだ。
ただ彼女はもの凄く計算高く腹黒、ごほっ……聡明なのに、ちょっと……いや、もの凄く不器用だった。
それは、ウサや桜が頭を抱えるほど。
「いつか、食べられる物が出来るさ」
俺の言葉にギルスが笑った。
「大丈夫です。リーダー殿がしっかり教えているそうなので」
とうとうリーダーが出たのか。
それはある意味、凄い事なんだけどな。
「きゃぁぁぁ」
「「「「……」」」」
うん、いつかは美味しい手料理が出来るはずだ。
だってあのリーダーが教えているんだから。
「穏やかだなぁ」
空を見上げると、龍達がいた。
そしてその横には、彼等の子供達がいる。
神界から来た新たな星を守るために、生まれた子達。
あの子達のためにも、この穏やかな平和を続けよう。
主、大丈夫。
あなたが守った世界は我々が守り続けるから。
―ある少女の視点―
「ただいま~」
「おかえり。おやつは棚の中よ」
奥からお母さんの声が聞こえた。
「分かった。ありがとう」
まだ仕事中かな?
ダイニングに入り、和室に続く襖を開ける。
「ただいま、お兄ちゃん!」
視線の先には、笑っているお兄ちゃんの写真がある。
それに向かって、ある本を見せる。
「聞いて! 私が大好きな先生の新作! 3年ぶりだよ。前は異世界に飛ばされた少年の話だったけど。今度は何と! 魔王の娘が主人公なの。あのね父親の魔王が、私達がいる世界に逆転生して、そこで出会った女性と恋に落ちて娘が生まれるの。その娘の物語。昨日買って、今日は授業中に読んじゃったぁ」
仏壇の前に座って見上げる。
そこには、大好きなお兄ちゃんがいる。
「魔王が逆転生したのは、人間達が魔界を攻めてきたから。人間達は魔王が人間界に魔物を放ったと言ったけど、それは嘘。人間達は魔界にある鉱石などが目当てだったの。その当時の魔王は、まだ子供だったのね。でも強い力を持っていたから次の魔王には決定していたんだって。魔王の両親、つまり人間達が襲って来た時の魔王ね。彼等は、人間達に嵌められて殺されてしまうの。それを知った魔族達は、子供だった次の魔王を守るために魔界から逃がすんだけど、どうしてか私達の世界に来てしまうんだって」
お兄ちゃんを見て笑う。
「お兄ちゃんなら、どうやってって言いそうだけど。それはもちろん魔法よ。魔法はイメージ! イメージさえ出来れば魔法は何でも出来るんだから。きっと」
本を見る。
そこには、可愛い女性が描かれている。
「魔王の娘、アリスはね、この世界で漫画やアニメに触れて人生を楽しんでいたの。それなのにアリスが15歳になった時、魔王と一緒に魔界に転生してしまうの。そこで見た魔界は、人間達のせいで荒れ果ててた。それに魔族が奴隷になっていたの。それを悲しんだ魔王は、魔界を取り戻すためにアリスと一緒に頑張るんだ。アリスの魔法はね、最強なんだよ。だって、私達の世界で想像力を鍛えたからね! ふふっ。お兄ちゃんは首を傾げてそうだよね」
想像力を鍛えるだけで魔法が最強になるのかって。
その時のお兄ちゃんを想像して、笑ってしまう。
眉間に深い皺を寄せて、本を睨みつけてそう。
「あれ? おやつ食べないの?」
「食べる。お兄ちゃん、また感想を言うから聞いてね」
この次は、新しい乙女ゲームの話でも聞いて貰おうかな。




