60.バイバイ。
「離れろ」
「えっ?」
俺の言葉に、戸惑った表情を見せる神。
「この場所を、教えてくれてありがとう。ここにいたら危険だから、すぐにアルギリス以外を神国に飛ばす。早く、彼等の傍に行って」
俺の言葉に躊躇した様子を見せる。
でも、アルギリスを見て悲しそうな表情を見せると、2柱の下に行った。
「呪界王様も一緒ですよね?」
3柱に視線を向ける。
「俺は、行かない」
俺の言葉に、悲し気に顔を歪める神達。
そんな彼等に笑顔になる。
そして、アルギリスに視線を戻した。
「ゆるさん、ゆるさん。お前だけは、いや、お前達もだ! 我の邪魔ばかりする屑どもが!」
怒り狂い、大声で叫ぶアルギリス。
肌は黒くなり、呪いの残骸によってその姿がどんどん見えなくなって行く。
「もういいな」
アルギリスのこの姿を見れば、後ろにいる神達の目も覚めるだろう。
彼等がアルギリスに心酔しているかは、知らないけど。
異空間は、俺の呪神力で満ちている。
だから、全ての神達を神国に送る事が出来る。
目を閉じ、神達を神国に移動させるイメージを作り上げる。
よしっ、出来る!
「移動!」
アルギリスの後ろにいた神達の姿が消え、後ろの気配も無くなった。
「あ゛? な、にが? 消えた……貴様、何をした!」
異空間から俺とアルギリス以外が消えた。
「安全な所に移動させただけだ」
俺の言葉にぶわっと呪いの残骸が揺れる。
どうやって呪いの残骸を自分の力に変えているんだ?
呪われたら普通は、体を失い魂だけになる。
魂になっても苦痛は消えず、魂が消滅するまでそれは続く。
アルギリスは自分の姿を維持している。
どうやって?
「お前、はははっ。終わりだな。右腕も完全に消滅したぞ。どうだ? 我と共に来ないか? 今ならまだ間に合うぞ。死ななくても済むぞ」
アルギリスの言葉に、右腕を見る。
「……まぁ、しょうが無い。覚悟の上だ」
消えてしまった物を惜しんでもどうしようも無い。
この姿でも、アルギリスを倒す力はある。
だから、大丈夫。
「ちっ、なぜお前は我の手を取らない! 死ぬのだぞ! 違う、お前は消滅だ!」
いや、やばいな。
呪神力の溜まり方が遅い。
どうやらそっちにも、消滅の影響が出てしまったようだ。
「死ぬのは怖い。消滅も。でも、満足してしまったからな」
これで少し、時間を稼げるかな?
「生きていれば、もっと満足出来る地位を得られるぞ」
いや、これ以上は必要無い。
「アルギリスはどの神より長生きだ。満足した時はあるのか?」
「……」
「俺は、力を持ち過ぎた。この力はいずれ、弊害を生む」
既に神国で俺の事を創造神にしようと言っている愚か者がいる。
「強い力が必要な時は終わる。次に必要なのは、平穏な時代を継続させる力だ。その力を俺は持っていない。だから次に引き継ぐんだ。そして、俺は幸せな事に信頼出来る者に引き継げた。だから、消滅しても後悔は無い。俺が出来る事は、全てやり切ったからな」
黙ったままのアルギリス。
彼は今、何を思うのだろう?
力では俺に負け、地位も無い。
こんな時に、庇ってくれる仲間もいない。
孤独だな。
「くそっ。お前を殺したら、お前の大切な者を1人残らず殺してやるよ! 呪界もぶっ壊してやる!」
時間を稼いだけど、呪神力が足りない。
もう少し話を引き延ばせないかな?
「アルギリス、お前は神ではなかったんだな」
呪いの残骸を、力にするなんてな。
今、アルギリスはどういう存在なんだろう?
それに、どうやって神になっていたんだ?
神力まで使っていたよな。
「違う、我は神だ! この世界で最も偉大な存在となる神だ!」
でも今のアルギリスを支えているのは呪いから出た残骸の力だ。
神とは程遠い。
「神力ではなく、呪いの残骸を力にしているのに?」
「うるさい! 神だ。我は神なのだ」
ぶつぶつと呟くアルギリス。
呪いの残骸に覆われているため、彼の姿は見えない。
ふわっと呪いの残骸が俺の下に飛んで来る。
そっと触れると、おびただしい数の悲鳴が聞こえた。
そして見えた光景。
多くの神達が、苦しみながら死んで行く。
それを、楽しそうに見ているアルギリス。
呪いは、殺された神達の「祈り」から生まれたようだ。
「この思い叶えてあげたいな。それに……」
彼等の祈りが、アルギリスに利用されるのは嫌だな。
「神だ。我は最高の神になるのだ……お前は邪魔だ」
黒い影から黒く濁った緑の目が俺を見る。
「死ね」
アルギリスから、呪いの残骸で作った黒い塊が飛んで来る。
「5重結界」
パリン、パリン、パリン。
「くっそ!」
アルギリスが悔しそうに叫ぶ。
良かった、防げた。
でも、3枚も結界が割れてしまったな。
さっきまでは1枚も割れなかったのに。
異空間を満たしていた呪神力は、全て回収しないと。
アルギリスから、強大な力を感じた。
どうやら、俺を殺すために全ての力を使う事にしたようだ。
困ったな。
今ある力を使い切っても、アルギリスに掛けられた呪いを全て浄化出来ないかもしれない。
目の前にある黒い影から感じる殺気に、ふるっと体が震える。
さすがに、長生きしてきただけあるな。
落ち神から感じた恐怖なんて比較にならないほど恐ろしい。
時間が無いな。
回収した呪神力だけで、浄化をするしかないか。
『大丈夫』
んっ?
声が聞こえたけど、どこからだ?
『俺の力を譲渡する』
あれ?
胸が温かい。
もしかして、俺の核?
意思があったのか?
『渡す』
全身に力が満ちる。
呪神力では無いけど、大丈夫そうだ。
「ありがとう」
ごめんな。
核になってくれたのに、消滅する事になってしまって。
『俺は消えた方がいい存在。だから気にするな』
分かった。
アルギリスに向かって、全ての力が籠められた浄化魔法をぶつける。
「浄化!」
「今度こそ」
アルギリスからも、攻撃が飛んで来る。
向かって来た攻撃が、俺の浄化の光に触れると消えた。
それを見て焦ったのか、アルギリスを包み込んでいる呪いの残骸が動く。
おそらく逃げようとしたのだろう。
でも間に合わず、浄化の白い光に包まれた。
呪いの残骸が光に変わり消えて行く。
どんどん消えて行く光景は、とても綺麗だ。
でも、その中から見えてきた存在に顔を歪めた。
いや、歪めようとして気付く。
体が消えている事に。
ぎりぎりセーフ?
いや、最後の浄化魔法で消えたのかな?
それよりアルギリスは、浄化で倒せたのか?
『大丈夫みたいだ』
呪いの残骸を全て失ったアルギリスの体内から、石のような物が数個転がった。
そして床に落ちると、ボロボロと崩れて行った。
あれは?
『核みたいだ』
核?
なぜ、アルギリスから数個の核が転がるんだ?
俺は例外だったが、神でも核は1個だ。
もしかして、神達から奪った核?
それを使って神になりすましていたのかな?
「なへ? なんえ」
床に座り込んだアルギリスは、崩れた核に手を伸ばしガタガタと震える。
「……がぎゃああぁぁぁ」
アルギリスが苦痛の悲鳴をあげる。
そして苦しそうに床を転がり始める。
何が起こったんだ?
『呪いだ』
あれが。
あまりの痛がり様に、ちょっと引く。
そんなに苦しいのか。
「ひぎゃああぁぁぁ」
異空間に悲鳴が響く。
しばらくすると、悲鳴が止まる。
それに正直ほっとした。
いつまでも聞いていたい声ではない。
バタン、バタン。
アルギリスが床をのたうち回る。
ん~、これ最後まで見ないと駄目かな?
『確かに、あれは見たくないな』
なぁ、魂の消滅は痛みがあるそうだけど、俺は痛みを感じなかった。
もしかしてずっと守ってくれていたのか?
『俺だけの力ではない。多くの者達の祈りが痛みを消した』
そうか。
俺は守られていたのだな。
バタン……パラパラパラパラ。
アルギリスの体が砂に変わって行く。
その間も苦しいのか、体の一部がガタガタと動いている。
本当に最後まで苦しむんだな。
もっと長く苦しんで欲しかったけど、これで良かったんだよな。
『あぁ』
俺の役目は終わりだ。
それより、どうしてもっと早く声を掛けてくれなかったんだ?
意思があったなら、一緒に色々な事が楽しめたのに。
『深い眠りについていて、意思が戻ったのは少し前だ。助けたはずなのに、消滅しかかっているから驚いたよ』
それは、ごめん。
『あと少しのようだな』
うん。
最後に皆に会えないかな?
ピンっと引っ張られる感覚がして、見えたのは仲間達の姿。
凄い、移動が出来た。
あぁ、ヒカルの持つ呪神力が強くなっている。
呪神王としての俺は、死んだんだな。
あとは魂が消滅するだけか。
ありがとう、皆。
そうだ。
移動が出来るなら、各国の状態を見てみたいな。
行けた~。
ここはエンペラス国だな。
あれ?
えっ?
……どうして、俺の石像が広場にあるんだ?
許可したかな?
いや、してない。
あぁ、俺の石像に祈ってる!
んっ?
あの行列は?
……蜘蛛達とアリ達が屋台に行列を作っているのか?
知らない間に、いい関係を築いていたみたいだな。
それより石像!
『あははは』
笑い事じゃない!
まって、エンペラス国以外にも?
まさか、次!
えっと、ここはエントール国か。
『あったぞ』
広場にある石像。
しかも、ここでも石像に向かって祈っている。
オルサガス国も?
ははっ、だよな~。
『この国の石像が一番、大きいな』
そうだな。
全く、いつの間に作ったんだ?
一言言ってくれれば……止めるな。
全力で。
『次は?』
ん~魔界かな?
行けるかな?
ぐっと引っ張られる感覚に目を閉じる。
止まったので目を開けると魔界にいた。
凄い、入れた。
魂だけの存在だからか?
『なぁ、あれって』
えっ?
『ここにもあるんだな』
どうして魔界に俺の石像があるんだよ!
これっていいのか?
俺は呪界の王だぞ?
『皆、幸せそうだし良いだろう』
確かに、石像の周りにいる者達は笑顔だな。
……まさか、神界には無いよな?
『……』
あっ、ここまでのようだ。
神界に俺の石像があるかどうかは確かめられそうにないな。
『あるだろう』
無いかもしれないだろう。
『いや、絶対にある』
まぁ、可能性は高いけどな。
あっ、消えそうだ……最後まで一緒にいてくれてありがとう。
『どういたしまして』
そうだ、残りの力で「呪界、魔界、神界の平穏が続きますように」
バイバ、イ……。




