58.助けてやる。
俺の言葉に、フードを深く被ったアルギリスが少し動きを止めた。
どうやら驚いたらしい。
それにしても、フードが邪魔だな。
表情が分からないため、どことなく不気味だ。
「何を言っているのですが? アルギリス様はそこに」
フードを被ったアルギリスが、寝ている者を指す。
「いや、彼はアルギリスでは無いだろう?」
「いえ、その方がアルギリス様です」
どうしても彼をアルギリスにしたいんだな。
なぜだ?
ん~、俺はアルギリスを倒すために来た。
つまり本物のアルギリスは、偽物のアルギリスを倒させて……あぁ、アルギリスは生き残りたいのか。
寝ている彼を身代わりにして。
「身代わりまで用意したのに悪いな。騙されなくて」
あっ、馬鹿にした様な言い方になってしまった。
俺も、アルギリスにかなりムカついているからだろうな。
アルギリスのせいで呪いに落ちた者達がいる。
落ちた者達を、アルギリスは利用してもっと苦しめた。
俺はそれを、どうしても許せない。
チラッと、アルギリスの後ろにある扉を見ると少し空いている。
そして、複数の神達の気配を感じた。
心配になって様子でも見に来たのだろうか?
「何を言って、アルギリス様は――」
「そこで寝ている彼では力が弱すぎる。この空間を維持する事は不可能だ」
「えっ? 弱い?」
「なんだ? アルギリスなのに、気付いていないのか? 彼ではこの異空間を作った瞬間死ぬ。それぐらいの力しか無い」
俺の言葉に、殺気を放つアルギリス。
思い通りに動かない俺に、苛立っているみたいだな。
「この異空間を維持するためには、相当な神力が必要になる。本当に広いからな」
「では、我では無理です。見て分かりませんか? 我にはそれほどの力はありません」
「確かに、体内に保有している神力は4柱中で一番少ないな」
今、保有している神力が多いのは、寝ている彼。次に、倒れていた2柱。
この2柱が持つ神力は、ほとんど同じ量だ。
そしてアルギリスが一番少ない。
「そうでしょう? そんな我がどうやってこの異空間を維持出来るというのですか?」
「いや、絶えず使っているから少ないだけだろう?」
アルギリスは、神力を生む力が弱いのかな?
この異空間を維持するだけで、神力を使い切ってしまうなんて。
もう少し大量に神力を作る事が出来れば、体内に神力を溜めれるのに。
「……」
無言か。
ん~、やっぱりフードが邪魔だ。
あのフード、後ろに引っ張れないかな?
本物のアルギリスが、どんな顔なのか見たい!
風魔法でフードを後ろに吹っ飛ばす?
出来るかな?
イメージは簡単に出来たな。
よしっ、あとは実行あるのみ!
いや、待て。
俺は、何をしようとしているんだ?
勝手に顔を見るのは、駄目だろう。
でも、アルギリスの顔が見たい。
やっぱり、自分が倒そうとしてる者の顔は見ておくべきだと思うし。
「どうせ、最後だし」
うん、気になって仕方ないから、我儘になろう。
出来上がったイメージに思い出し、呪神力で魔法を発動させる。
「風」
バチン。
あれ?
あぁ、アルギリスの神力に弾かれたのか。
それなら、もっと呪神力を込めて……。
「風!」
ぶわっと部屋の中に突風が吹き荒れる。
「あれ?」
「うわっ」
アルギリスの体が壁に叩きつけられ、フードから顔が覗いた。
「……ビックリした」
どうやら、力の制御が出来なくなっているみたいだ。
魂の消滅が関係しているのかな?
まぁ、アルギリスの顔は拝めたから目的は達成かな。
「若いな」
アルギリスは、20代後半から30代前半の見た目をしている。
でもアルギリスって、いつからいるんだっけ?
神国の誰より歳を取っているよな?
「うっ」
あっ、風魔法で吹っ飛ばしたんだった。
「何をする!」
「フードを取りたかっただけ」なんて言えないよな。
「すまない、少し力加減をミスした」
「くそっ」
憎々しく俺を睨み付けるアルギリス。
表情が見えていると、やっぱり分かりやすいな。
「どうして我の邪魔をする!」
「んっ? 俺の友人達を苦しめたから。あと、アルギリスの目指す世界が俺には認められないから」
まぁ、結果的に邪魔をしただけで、アルギリスの思惑を邪魔する気は無かったよ。
だって、アルギリスの存在すら知らなかったんだから。
「はっ、なんだお前、消えかかっているでは無いか」
既に左腕は無い。
それにようやくアルギリスは気付いた様だ。
「うん、そう。それが?」
「はっ? どうして?」
俺が普通に答えた事に驚いたのか、目を見開いた。
「俺は元人間なんだ。神になったけど魂が耐えられなかった。だから俺は消滅する。ただ、それだけの事だよ」
俺の言葉に、傍にいた2柱が息を吞むのが分かった。
チラッと、2柱に視線を向ける。
「大丈夫?」
「あっ、はい」
下敷きなっていた神が頷くと、もう1柱の神が頭を下げた。
「ありがとうございます」
「うん、助かって良かったよ。君だろう? 俺に助けを求めたのは」
「はい。あの、捕まっている彼等を助けて下さい。お願いします」
深く頭を下げる彼の肩をポンと叩く。
「大丈夫。もう呪界に到着してるから。ただ、この部屋にいる子達は、このベッドかな?」
アルギリスの登場でちょっと忘れていたけど、寝ている彼の傍に呪力が漂っているんだった。
本当に微かな呪力だから、おそらく気付いたのは俺ぐらいかな?
というか、本当に起きない。
これは普通では無いな。
「えっと、ヒール」
寝ている彼に向かってヒールを掛ける。
効いたみたいだけど、起きない。
「どうしてだ?」
「目覚めないのです。奴が何かしたんだ! でも、俺では助けられなくて」
下敷きになっていた彼が、寝ている者の手を握る。
力に触れたので気付いたが、この2柱は兄弟だ。
きっと、寝ている彼は人質なんだろうな。
漂っている呪力に手を伸ばす。
あれ?
彼の周りに漂ているのは、呪力に似ているけど違うみたいだ。
これ、どこかで触れた様な……そうだ。
異世界に落された時に、森を覆っていた黒い影!
つまりこれは、呪われた者から溢れた呪いの残骸だ。
あの時は森全体が呪われていたから黒い影にも力があったけど、これには無いな。
眠っている彼に手を翳す。
呪われているなら浄化するだけだ。
「浄化」
浄化の光に包まれた彼の体内から黒い影が出て来ると、空中に消えて行った。
「うん、これでもう大丈夫だ」
「おのれ~」
アルギリスから神力の塊が飛んで来る。
それを手で払う。
ばこっ。
壁に大きな穴が開いた。
「まさか、払った?」
アルギリスを見ると、顔色が悪い。
「えっ?」
「すごっ?」
なぜか傍にいる2柱が、驚いた声を上げる。
そんなに驚く事はしていないよな?
「はははっ。悪かった」
アルギリスが俺を見て、笑顔で謝った。
それに首を傾げる。
「苛立ちをぶつけてしまった。本当に申し訳ない」
どうやら攻撃が効かなかったから、倒す方法を変えた様だ。
ん~、俺の時間はあとどれくらいだろう?
アルギリスの話に付き合うぐらいは大丈夫かな?
アルギリスの顔を見る。
笑顔だけど、目が笑っていない。
騙すなら、しっかり騙さないと。
アルギリスは絶対に勝てないとなったら、どうするだろう?
大人しく捕まる事は無いな。
あとは……周りを巻き込んで死にそうだよな。
アルギリスを見る。
あれは、やりそうに見える。
方法は、この異空間を爆発させるとか?
この異空間は、アルギリスの力が満ちているから爆発させる事など簡単だ。
チラッと扉を見る。
様子を窺っている神が増えている。
それに小さく笑う。
傍にいる2柱を見る。
彼等は、アルギリスから眠っている者を守る様に位置を変えていた。
「神国に行ったら、全てを話してくれるか?」
2柱に小声で聞くと彼等は頷いた。
「頼むな」
うん、どの神も巻き込まれて死ぬなんて許さない。
となると、少し時間を稼ぐ必要があるな。
「そうだったのか」
呪神力をゆっくり異空間に流していく。
バレない様に、アルギリスの神力に似せて。
アルギリスを見る。
バレていないな。
ロープが神達の持つ記録装置に侵入した方法を教えてくれた時に、俺も方法を学んでおいたんだよな。
あの時は、ただ楽しそうだったからなんだけど役に立ったよ。
ありがとう、ロープ。
「呪界王。我に協力しないか?」
「いっ」
危ない、「いや、無いな」と反射で応えそうになった。
「どういう事だ?」
「それほどの力。消滅するのは勿体ないと思わないか? 我に協力するなら、消滅から助けてやる。そして、我と全ての世界を手に入れようでは無いか」
「いや、いらない」
あっ、つい。
「なんだと、消滅せずに済むのだぞ?」
「ん~、別に救う必要は無いかな」
「なんだと! 命が惜しくないのか!」
「命は惜しい。でも、これでいいと思っている」
「はっ?」
アルギリスの表情が歪む。
「まさか、呪界にはもっと強い力を持つ者が?」
「いや、俺が一番強いよ」
3分の1に呪神力が行き渡ったな。
はぁ、この異空間無駄に広すぎる。
頑張ろう。
「だったら、なぜ生きようとしない? あぁ、消滅しない方法が無いと思っているのか? 大丈夫だ。方法はある。消滅しなければ、呪界でまた力を振るえるのだぞ?」
「呪界は俺がいなくても大丈夫だよ。仲間達に任せてきたから」
「はっ。その仲間がお前の守って来た呪界を守るだと? 裏切るかもしれないだろうが!」
「いや、守ってくれると信じている」
俺の言葉に、アルギリスから表情が消えた。




