56.解放。
別れは前日に済ませた。
そして見送りは断った。
俺は、笑って皆と別れられるほど強くないから。
はっきり言えば、見送りなんてされたら絶対に泣く。
その顔が、俺の最後の記憶になるんだろう?
そんなのは絶対に嫌だ。
皆の中では、最後まで笑っていたかった。
だから、俺の最後の我儘を通させてもらった。
リーダーは、最後まで傍にいたけど。
彼には本当に感謝している。
俺が、最後まで俺らしくいられたのはリーダーのお陰だから。
リーダーの姿が見えなくなった瞬間、涙が出た。
自分で決めた事だから後悔は無い。
でも、やはり寂しい。
「さて。行きますか」
ぐっと涙をぬぐうと、小さな力が示してくれた場所に飛ぶ。
「ん?」
パッと明るくなった瞬間、自分が何処にいるのか分からなかった。
見えるのは、2つの巨大な結界。
その内の1つに触れると、神力で作られている結界だと気付く。
「つまり神国と呪界の外?」
まさかこんな場所に出られるとは思わなかった。
もう1つの結界に触れる。
うん、間違いない。
呪神力で作られた結界だ。
というか、俺が作った結界だ。
「俺が行くべき場所は……」
神国にへばりつくように存在する、アルギリスが作った異空間。
「あった」
意識を、見つけた異空間の中へと向ける。
体がスッと引っ張られると、真っ白な廊下に出た。
「ここがアルギリスの作った異空間なのかな?」
不思議なほど静かな空間。
アルギリスに賛同した神達がいるはずだけど、気配が無い。
「神力が満ちている異空間なんだな」
そのせいなのか、神国にいる感覚と似た物を感じる。
異空間にいると分かっていなければ、神国にいると錯覚するかもしれない。
それほど、この異空間は神国に類似した力で満ちていた。
「この力のせいで、外からは見つけられなかったのか。えっと、どっちに行こうかな?」
立っている場所は廊下。
左右を見る。
どちらの道に進むべきか。
「左に行ってみるか」
とりあえず、動かなければ何も分からない。
「何かあると困るから、結界5重掛け」
あれ?
両手を目の位置に上げる。
「……動く……どうしてだ?」
それに、ずっと付きまとっていた痛みが消えている。
「……まぁ、いいか。動きやすくなって良かったと思っておこう」
アルギリスと戦う事になったら、動きやすい今の方がいい。
まぁ、戦った事が無い俺に、どこまで戦えるのか疑問だけど。
「『倒す』とは言ったけど、大丈夫かな? 魔物と戦って慣れてくれば良かったかな?」
皆の特訓する姿を思い出して、首を横に振る。
「俺には無理だ」
左に歩き始めて数分。
行き止まりか。
「こっちでは無かったという事か。残念」
引き返そうとして、壁に違和感を覚える。
そっと壁の押すとスッと壁の一部が消え、階段が現れた。
「隠し階段? 良く気付いたな、俺」
こういうのは、それほど得意ではないのに。
「この力は呪力か?」
階段下から感じる微かな呪力。
「呪力に気付いたから、壁に違和感を覚えたのかもな」
微かな呪力を感じながら、階段を下りる。
「濃くなってきたな」
階段を1歩下りる度に、呪力が濃くなっていく。
この階段先に、そうとう濃い呪力があるのだろう。
下りた先には1つの扉。
開くか分からないが、扉の取っ手を回す。
「開いた」
扉を開け中に入ると、奥に黒い塊が見えた。
そこからじんわりと広がる不快感。
そして聞こえる、彼らの叫び。
「呪力が固まった物みたいだな」
傍に寄って、確認する。
間違いなく呪力だ。
それがなぜか1つに固まっている。
この呪力の持ち主達は、どうしたんだろう?
欠片も残っていないのだろうか?
「いや、いる!」
呪力の塊を見ていると、中に呪いに落ちた者達の欠片が見えた。
本当に小さな、小さな欠片。
でも、またここに彼らはいる。
「遅くなってごめんな。迎えに来たよ」
さて、この塊を呪界に導きたいんだけど……。
「この空間はどうなっているんだ?」
呪界にいる呪い達は、自由だ。
湖の中で泳ぐのも、空を飛ぶのも、ずっと眠っているのも、のろくろちゃんになって遊びに来るのも。
でも、この場所にいる者達は、何かに捕まっていて自由が無いようだ。
呪力の塊から離れ、部屋を見渡す。
何処かに、彼らを捕まえている物、もしくは魔法があるはずなんだけど……。
「見つからないな」
物でも魔法でも無いのか?
でも、それ以外に考えられる方法なんて無いし。
ふわっ、ふわっ、ふわ。
「えっ?」
呪力の塊から、ふわっ、ふわと小さな呪力が飛び出す。
そして、そのまま俺の傍に来ると、壁にぶつかって消えた。
「……壁?」
壁に手を付き、呪神力をゆっくり流し調べてみる。
特に、気になる物は無い。
でも、今の現象がたまたま起きたとは考えにくい。
きっと何か知らせてくれたんだと思う。
「俺が、そう思いたいだけかな? でも、教えてくれた可能性も捨てきれないしな」
もう少し調べてみよう。
先ほどより呪神力を多く流し、調べる範囲を広げる。
「見つけた! 『何か』ある! ありがとう、助かったよ!」
呪力の塊に向かってお礼を言うと、微かに動いたように見えた。
でも同時に、欠片が消えたのも見えてしまった。
「急がないと駄目だな」
呪力の塊の中で見たどの欠片も、本当に小さくて消えかかっていた。
おそらく時間が経てば、どんどん欠片は消えて行くだろう。
助けるためには、すぐに呪界に送らないと。
壁の中に感じた「何か」に呪神力を送ると、壁に魔法陣が浮かび上がった。
それを見て、眉間に皺を寄せる。
「魔法陣だよな、これ……」
魔法を学ぶついでに、少しだけ魔法陣についても学んだ。
でも、本当にちょっと学んだ程度。
だから目の前にある魔法陣を、俺が理解するのは無理だ。
だって、見た事も無い文字が沢山使われているし、複雑な模様まで施されているのだから。
「これは、どうしたらいいんだ? ん~、魔法陣を動かしているのは、神力か」
魔法陣から感じるのは神力だから、合っているだろう。
「この神力を止めてしまえば、魔法陣の動きを止められるはず」
止め方は……神力を通さない結界で魔法陣を覆ってしまえばいいだけでは?
「うん、行ける気がする」
まずは結界のイメージ作りだけど、魔法陣を動かす神力。
この場合の神力は、電気みたいな物だよな。
電気だとすれば、必要なのは絶縁体か。
絶縁体で代表的なのはゴムか。
ゴムみたいな結界?
「なんか違う」
というか、いつもの結界で神力を弾き飛ばすイメージが作れればいいのでは?
うん、もの凄く簡単にイメージが出来てしまった。
良かった。
「魔法陣を覆う結界」
壁に浮かんだ魔法陣が、白い光りに包まれる。
パンッ。
「えっ?」
結界で覆うだけで、魔法陣を壊すイメージは作っていない。
それなのに、魔法陣は爆発してしまった。
「なぜ? あっ、大丈夫だったかな?」
魔法陣の爆発が、呪力の塊に悪影響を及ぼしていないよな?
急いで呪力の塊に近付き、様子を窺う。
ふわっ、ふわ。
ふわっ、ふわ。
ふわっ、ふわ。
「解放されたのか」
塊だった呪力が、ばらばらと崩れていき、部屋中に浮かび上がる。
「良かった」
あとはこの呪力の中にいる、呪いに落ちた者達を呪界に導くだけだ。
湖を思い浮かべると、馴染みのある呪力を感じた。
その呪力に向かって、呪神力で道を作る。
「さぁ、大丈夫だから行って」
浮かび上がっている呪力に向かって、道を示す。
するとゆっくり、ゆっくりと呪界に進みだした。
全ての者達が、呪界に向かったのを見届けるとホッとした。
「そう言えば、誰も来ないな」
邪魔をする者が現れるかと思ったけど。
何処かに隠れているのかな?
「あっ」
左手を見て目を見開く。
「痛みが無かったから気付かなかった」
視線の先。
左手の小指と薬指が無くなっている。
魂の崩壊が、本格的に始まったようだ。
急いでアルギリスを見つけないと。




