55.異変。
―アルギリスの信者 ハリーヒャ神視点―
おかしい。
昨日から、アーチュリ神が苛立っている。
何かあったのか聞いても「問題ない」と言って話してくれない。
でも、絶対に彼に何かあったと思う。
「俺では、彼の手助けは出来ないのだろうか?」
アーチュリ神には、いつも助けられている。
それなのに俺は、彼に何も出来ないなんて。
いつもの部屋に向かいながら、溜め息を吐く。
「いや、諦めるのはまだ早い。もう一度、アーチュリ神に聞いてみよう」
いつもの場所に着くと、大きく深呼吸をする。
最近は衝撃を受けるような叫び声は無い。
それでも、何が起こるか分からないから気を引き締めておかないと。
「おはよう」
部屋に入り、呪力の塊に近付く。
「……あれ?」
いつものように声が聞こえる。
でも、その声に力が無い。
どうしたんだろう?
少しだけ呪力の塊に近付く。
今はアーチュリ神がいないので、かなり危険な行為だ。
でも、何か気になる。
呪力の塊に近付くと、ふわっと呪力が動く。
「あっ」
失敗した。
また、呪力に飲み込まれてしまう。
ふわっ、ふわっ、ふわ。
「えっ?」
呪力の塊から発した呪力が、部屋の中をふわふわと漂う。
初めての事に、茫然と空気中に浮かぶ呪力を見つめる。
しばらくすると、呪力がスーッと空気中に消えていく。
「消えた?」
呪力の塊を見る。
「あれ?」
呪力の塊がいつもと違う。
魂力を奪われ形が維持出来なくなった魂の集まりなので、形は無い。
それなのに、沢山の欠片が塊の中に見える。
「もしかして魂の欠片? でも形を維持出来ないはずだよな?」
そういえば、呪力の塊から黒い小さな玉が飛び出した事もあった。
それに今回の、呪力の塊の中に見える欠片。
「変化が起こっているのか」
それが良い方への変化なのか。
それとも悪い方なのかが分からない。
呪界王は間に合うだろうか?
「彼らの力が使い切られる前に」
そっと呪力に手を伸ばす。
「やっぱり今日も衝撃は来ないんだな」
黒い小さな玉が呪力から飛び出した日から、呪力に触れても衝撃は来なくなった。
まるで俺を受け入れてくれたように。
アーチュリ神からは、気を緩めるなと何度も注意を受けた。
でもあの衝撃が来ないだけで、俺は呪いに落ちた者達に近付けた気がして嬉しいんだ。
「呪界王。早く来てくれ」
彼らの力が、どこまで持つか分からない。
「この前までは、あなた達の力を全てアルギリス様に捧げて当然だと思っていたのにな」
知らないという事は恐ろしい。
アルギリス様が、何をしてきたのか。
俺は、あなた達の叫びで気付かされた。
「お願いです、早く」
ふわっ、ふわっ。
んっ?
また呪力が空中に飛び出して来た。
本当に、今日はどうしたんだろう?
ドガーン。
「えっ?」
大きな神力の揺れに、その場に崩れ落ちる。
「何が起きたんだ?」
今の神力は知っている。
あれは……アーチュリ神の神力だ。
彼に何かあったのか?
「ごめん」
呪力の塊がいる部屋から飛び出し、力の発生源を探る。
力の痕跡を見つけ、走る。
「アーチュリ神、どうか無事でいてくれ」
俺よりアーチュリ神は強い。
だから、大丈夫だと思うが。
「こっちは……」
力の発生源が分かり、少し戸惑う。
なぜなら、アルギリス様がおられる場所だったから。
扉を勢いよく開け、中に入る。
「えっ?」
アルギリス様に覆いかぶさっているあの方の姿と、大怪我を負い床で血を流すアーチュリ神の姿に混乱する。
「あぁ。良かった。彼にとどめを刺しなさい!」
あの方の言葉に、息をのむ。
「どう、して?」
「アーチュリはアルギリス様に攻撃をした! 敵だ!」
先ほど感じたアーチュリ神の力は、アルギリス様を攻撃した時の物だったのか?
「ぐっ」
アーチュリ神の苦しそうな声に視線を向ける。
「あっ」
彼が俺を見ているのが分かる。
近付くと、彼を支えるように抱き上げた。
「ハリーヒャ神! そいつはアルギリス様を殺そうとしたんだ! すぐに殺さなければならない!」
あの方の声に手が震える。
アルギリス様を殺そうとしたアーチュリ神。
「あっ、そうだ。アルギリス様を……」
でも、アルギリス様は酷い事をしてきた。
「ハリーヒャ神! あなたまでアルギリス様を裏切るのですか? アルギリス様は、神国を良くするために尽力された方なのに!」
違う。
アルギリス様は、確かに神国を良くしようとしたのかもしれない。
でも、彼のした事は間違っている。
「ハ、リ……」
アーチュリ神の苦しそうな声に、首を横に振る。
彼の胸に手を置き、ヒールを掛ける。
でも彼の怪我は深すぎて、一瞬だけ血は止まるがまたすぐに流れ出してしまった。
「ごめん」
俺の神力では手に負えない。
どうして俺の神力は、こんなに弱いんだ。
「ごめん」
俺は無力だ。
アーチュリ神を助けたいのに、助けられない。
「どうしてです? どうしてハリーヒャ神は、そいつを助けようとしているのですか?」
苛立ったあの方の声に、視線を向ける。
「アルギリス様は間違っています」
「何を言っている?」
あの方の声が低くなる。
それに体がビクリと震える。
「アルギリス様は、やり方を間違えています。例え神国を良くするためとはいえ、神達を生贄にするのはいけない事です」
あの方に伝わって欲しい。
そして一緒に、アルギリス様を止めて欲しい。
「ち、が……」
アーチュリ神の手が俺の手をぐっと掴む。
その力強さに、息を吞む。
「何か伝えたいのか? なんだ? 言ってくれ」
耳をアーチュリ神に近付ける。
でも聞こえてくるのは、荒い息遣い。
「ちっ」
えっ?
聞こえた舌打ちに顔を上げ、あの方を見る。
「あっ」
あの方はいつもローブを深くかぶっているため、顔は見えない。
でも顔が見えなくても分かる。
俺に向けて苛立っている事が。
「アルギリス様のために動けないのであれば、お前も不要だ。死ね」
あの方が、俺に向かって攻撃をするのが分かった。
「結界」
とっさに作った結界。
でもあの方の攻撃が、作った結界を呆気なく砕き体に激痛が走った。
アーチュリ神の上に覆いかぶさる。
体から、血が流れ落ちていくのを感じる。
「残念ですよ。あなたはアルギリス様を裏切る事は無いと信じていたのに」
あぁ、ここで死ぬのか?
呪いに落された彼等を守ると誓ったのに。
ぐっと手が握られ、そこから神力が送り込まれてくるのを感じる。
「だめ、だ。止め……」
この力は、アーチュリ神の神力だ。
俺に神力を渡してしまえば、彼は死んでしまう。
彼の手を振り払いたいのに、振り払う力が俺にはもう無い。
誰か!




