54.大好きです。
―一つ目リーダー視点―
いつもより随分と早く主の起き出す気配に、部屋に向かいます。
そしていつものように扉を叩こうとして、なぜか手が止まってしまいました。
ぐっと手を握り、深呼吸をします。
よしっ、大丈夫です。
コンコンコン。
「どうぞ」
主の部屋はとてもシンプルで、ベッドとソファだけです。
服は、三つ目達がその日に着る物を持って来るので部屋にはありません。
「おはよう」
主を見ると、いつもの優しい笑顔で私を見ています。
その笑顔を見ると心がぽかぽかと温かくなるのに、今日は胸がギュッと痛くなりました。
「おはようございます」
いつもなら、今日の予定を確認します。
ですが、今日は聞きません。
なぜなら主が何をしようとしているのか、私を含め仲間達は全員が知っていますから。
主は昨日、時間をかけて家や庭、川や畑、果樹園を。
そして地下神殿とそこから繋がる空間をゆっくりと巡りました。
夕方には創造神と魔界王に会い、夕飯時には皆に声をかけ最後には「ありがとう」と笑顔で伝えていました。
だから、全員が気付いたのです。
今日、主は戦いに行くのだと、そしてもう帰ってくる事は無いのかもしれないと。
ずっと私には不思議に思う事があります。
主は、呪神になる前も命が危険にさらされる事がありました。
でも、何とか回避しようとしています。
そう、生きるために奮闘していました。
でも今回は、少し迷った様子はありましたが受け入れてしまいました。
それがどうしてなのか、どんなに考えても私には分からないのです。
どうして、もっと頑張ってくれないのでしょうか?
どうして、もっと我々を頼ってくれないのでしょうか?
「どうしたんだ?」
「あっ」
いつの間にか下を向いていたようで、顔を上げると主が心配そうに私を見ています。
主を見ていると、「どうして、生きるために頑張ってくれないのですか?」と、聞いてしまいそうです。
でも我慢しなければなりません。
主の決めた事です。
だから、どんなに分からなくても聞いては……。
「どうして、生きる事を諦めたのですか? どうして我々をもっと頼ってくれないのですか?」
やっぱり無理です。
主は「消滅」を受け入れましたが、私は納得出来ません。
「死」なら、主の生まれ変わりを待ちました。
でも「消滅」はその希望すらありません。
だから、どうしても納得なんて出来ないんです。
「諦めたか、か。それについてはごめん。でも、皆の事は頼りにしているよ」
「嘘です。頼ってくれません」
こんな事を言うつもりはありませんでした。
主が我々を信じ、頼ってくれている事を知っているから。
でも……。
「本当に、もの凄く頼っているんだよ」
「……」
「頼りになる皆がいるから、俺がいなくなっても任せられると信じられたから。だから俺は安心して戦いに行ける」
戦いになんて行って欲しくないです。
でも、きっと全ての世界のためには、解決しないと駄目な問題なんでしょう。
「私は……我々は主の力になれていますか?」
「もちろん。ゴーレム……岩人形達は俺にとって、最強の味方だ」
昔の呼び方ですね。
ゴーレムではなく岩人形。
懐かしいです。
「そしてそれは、これからも変わらない」
「これからも変わらない」ですか?
主は、主がいなくなっても我々が皆を支えると信じているのですね。
まぁ、当然です。
主が残して全てを、我々が絶対に守ります。
本当は、ちゃんと分かっています。
「主は幸せですか?」
「あぁ、凄く幸せだよ。最高の仲間達に出会え、そして任せられるんだから」
主を見ると、とても優しい笑みが浮かんでいます。
痛いと訴える胸が、少しだけ温かくなったような気がします。
「まぁ、まだアルギリスの問題が残っているけどな。巨大な魔法でもぶち込めば何とかなるだろう」
主の言葉に、小さく笑ってしまいます。
巨大な魔法ですか?
魔法の勉強はしたはずなのに、最後まで主の魔法は規格外なんでしょうね。
「主なら、間違いなく倒せます」
主の表情は晴れやかで、戦いに向かう恐怖や戸惑いは無いのでしょう。
そして、消滅する事にも怖さは感じていないようです。
主の心が穏やかなら、もう何も言いません。
「あっ、これって妹が言っていた『無双』なのかな?」
主の言葉に首を傾げます。
主の会話にときどき登場する「妹さん」。
主と血の繋がった家族です。
いったい、どんな方なのでしょうか?
そういえば、アイオン神に頼めば家族の様子を聞けたはずです。
でも主が、彼女に家族について聞いた事がありません。
どうしてでしょうか?
「残して来た家族について、どうしてアイオン神に聞かなかったのですか?」
「あぁ、それは……勇気が無かったからだよ」
主の意外な答えに、少し驚いてしまいます。
「勇気ですか?」
「うん。でも……聞けばよかったかな」
主を見ると、少しだけ後悔した様子でした。
でも、すぐにその表情は消え、私を見て笑いました。
「リーダー。今から俺、無双してくるよ」
えっとそれは、もの凄い力をふるうという事でしょうか?
正直、今までもかなり無双してきたと思うのですが。
「勇者になって無双。うん、妹の言う『俺つえぇ』ってやつだな?」
今までも「主はつえぇ」という状態だったと思うのですが。
まぁ、主ですからね。
えぇ、主ですから。
「リーダー。皆を頼むな」
行ってしまうのですね。
「はい。皆をしっかり守ります」
「リーダーがいてくれて良かった。皆も、ありがとう」
主は私に声を掛けると、上を見て片手を上げて笑顔になります。
そして、ふわっと呪神力が大きく揺れると主の姿がスッと消えて……行ってしまいました。
「……」
主、私も一緒に行きたかったです。
でも、主が作ったこの世界を託された者として、ここに残って皆を守ります。
ですが、胸がもの凄く痛いです。
私は岩人形です。
本来なら、痛む胸など無いはずですが、主の作った我々には痛む胸があります。
今この時だけは、それがとてもつらいです。
「リーダー」
私を呼ぶ声に視線を向けると、ヒカル殿がいました。
彼は私の傍に来ると、ギュッと抱きしめてくれます。
「見送りを、ありがとう」
「……」
「はい」と返事をしたいですが、どうしてでしょう。
声が出ません。
しっかりしなければと思うのですが、駄目です。
今は、駄目です。
「主……」
主、私はあなたが大好きです。
これからもずっと、ずっと大好きです。




