47.まだ、いいかな。
-エントール国 騎士ギルス視点-
何も無い部屋を見渡す。
家を長く空ける時に、よく物が無くなった。
だから、高価な物は置いていない。
でも、何も無い部屋を見ると虚しくなる。
「これ、泥棒だよね?」
「そうだな」
ウサとクウヒは家の中を見て回ると、俺を見た。
「どうするの?」
ウサの言葉に首を横に振る。
何度も盗まれた事を訴えたが、調べてくれたことは一度もない。
訴えるだけ時間の無駄だと理解したあとは、何もしなくなった。
今回も、誰かに訴えたとしても今までと同じだ。
「泥棒を野放しにするの、駄目だよね。クウヒ」
「あぁ、ウサ。やった事に対しての罰はしっかりと受けてもらわないと」
えっ?
ウサとクウヒを見ると、なぜか笑顔。
いや、笑顔か?
「よしっ、まずは家の管理を任されていたミシミズ子爵の家に行こうか。家の鍵も持っているから、事情を聞かないとな。まぁ、間違いなく犯人の1人だけど」
あれ?
どうしてクウヒは、ミシミズ子爵の事を知っているんだ?
というか、犯人の1人?
「そうだね。まずは話を聞いてあげないと。もしかしたら、そう、もしかしたら何か事情があって盗んだのかもしれないし。自慢げに話していたみたいだけど、孫蜘蛛が聞き間違えたのかもしれないしね」
孫蜘蛛か!
「ちょっと――」
「「行ってきます」」
「待て、一緒に行く」
この2人を野放しにしたら駄目なような気がする。
そういえば、主が「ウサとクウヒは、理不尽が大嫌いみたい」と、言っていた。
おそらく、管理代を貰いながら泥棒もした事が、許せないんだろうな。
でも、俺だし。
「ギルス。こういう事はよくあるの?」
ウサの言葉に、視線を逸らす。
「そう。そうなのね。ふふっ」
「手加減は必要ないという事だな」
ウサとクウヒの言葉に、慌てて2人を止める。
「俺は、大丈夫だ。仕方ない事だから。うわっ」
急に立ち止まったウサとクウヒに、慌てて立ち止まる。
どうしたんだ?
「ギルス。今の言葉を主の前でも言えるの?」
えっ?
俺の姿も優しさも好きだと言ってくれた主の前で?
「それは……」
「『ギルスの物なら盗んでいい』なんて法律は無いんだよ。だから、ギルスの物を勝手に持って行くのは泥棒。泥棒は、やってはいけない犯罪。それ以外の事実はない。だから被害にあったギルスは怒っていいんだ」
クウヒの言葉に、ギュッと手を握る。
今まで、全てを諦めてきた。
誰に訴えても相手にされず、弱かった時は暴力が増えただけだった。
だから、何も言わない方を選んだ。
その方が、傷付けられなかったから。
でも、本当は……。
「ギルス、行くぞ」
クウヒの言葉に、1歩を踏み出す。
俺はずっと悔しかったんだ。
見た目が違うだけで、どうしてこんなに否定されなければならないのかと。
「ふふっ。今までの分もしっかり償って貰わないとね」
しばらく歩くと、周りからの嫌な視線が増えて来る。
やはり人の多い場所だと、こうなるな。
「ちっ、死んでなかったのか。とっとと消えろ!」
体格のいい獣人が俺に向かって石を投げたのが見えた。
避けるために向かって来る石を確認した瞬間、その石が投げた獣人に跳ね返された。
数倍の速さで。
「えっ?」
ヒュッ。
「ひっ!」
獣人の足元に深く刺さる石。
周りにいた者達が、唖然と俺ではなくクウヒを見る。
「あれ? どうして地面なの? 足にぶつけて壊してやればよかったのに」
明るい声でウサが言うと、石を投げた獣人の表情が怒りに染まる。
あっ、これは危険だ。
「貴様。何しやがる!」
「故意に人に向かって石を投げた者に、反撃しただけだが。何か問題でも?」
「人だと。そいつは獣だ! 俺達とは違うんだよ!」
「へぇ、知らなかった。エントール国では、そういう認識なんだ」
ウサの言葉に、石を投げた獣人が周りに賛同を求める。
周りもそうだとばかりに頷く。
「エントール国の王に確認しないとな」
「はっ。馬鹿か。王様にそんな事が簡単に聞けるわけないだろうが」
獣人の言葉に、周りから失笑が起こる。
いや、簡単に聞けると思う。
少し時間は掛かるだろうが。
「子蜘蛛さん。今から王城に行って、今あった事を一つも漏らさず報告してくれる?」
ウサの言葉に、周りにいた者達が動きを止める。
「それと、この国ではギルスを人として認めていないのか。もしそうなら、主には二度と会いに来るなとも言っておいて」
続いたクウヒの言葉に、石を投げた獣人と周りの者達は視線をさ迷わせる。
「分かった。他に伝言は?」
上空から聞こえた声に、全員の視線が向く。
空中には、羽を広げた子蜘蛛の姿。
「あっ。いや……」
獣人の焦った声に、チラッと子蜘蛛が視線を向けるがすぐにウサとクウヒに戻す。
「そうねぇ。ギルスの家から家具などを盗んだ泥棒がいるの。彼等に対する処罰はどれくらいなのか聞いて来て」
「泥棒に対する処罰。了解」
子蜘蛛は前脚を上げると、ふわっと空高く飛ぶと王城に向かった。
「さて」
パンッ。
ウサが両手を合わせると、周りにいた者達がビクッと震えた。
そして、慌てた様子で逃げて行く。
石を投げた獣人も、尻尾を巻いて逃げ出した。
「逃げちゃった」
ウサの言葉に、クウヒが肩をポンと叩く。
「大丈夫。ほらっ」
クウヒの指した方を見ると、子蜘蛛がいた。
そしてその前脚には、見覚えのある道具が見える。
「あれは、確か」
セブンティーンとナインティーンが作った、撮影機。
「しっかり、撮ってある」
クウヒの言葉に、ウサが満足気に頷く。
「さすが、子蜘蛛さん。抜かりなし!」
ウサの言葉に、嬉しそうに前脚を上げる子蜘蛛。
まさか、撮影までしていたとは。
「ぷっ」
泥棒に石。
いつもなら、ふさぎ込んだかもしれない。
「ははっ」
でも今は、違う。
さっきの、逃げていく姿を思い出すと笑えて来る。
あまりの呆気なさに。
そして、そんな彼等を怖がっていた自分が馬鹿らしくて。
俺の笑い声に、ウサとクウヒが視線を向ける。
「どうしたの?」
「えっと……」
今の俺の気持ちをどう伝えたらいいのか、ちょっと分からない。
でもお礼だけはちゃんと言いたい。
「ありがとう。助けてくれて」
俺の言葉に、ウサもクウヒも笑顔になる。
「では、改めて。ミシミズ子爵邸まで行こう!」
クウヒの言葉に、何処かから悲鳴が聞こえた。
全員でそちらに視線を向ける。
小太りの獣人が、真っ青な表情で地面に座り込んでいた。
ウサもクウヒも首を傾げている。
でも俺は知っている。
「ミシミズ子爵だ」
どうしてここにいるんだろう?
まぁ、家に押しかける必要が無くなったな。
「へぇ、彼が」
「そう、これが」
クウヒはいいが、ウサの「これ」は駄目だろう。
「こんにちは」
ウサの言葉に、ミシミズ子爵の体がビクリと震える。
そして俺を見る。
なんだ?
何かを訴えられているような気がするけど。
「ミシミズ子爵。今まで虐げてきたギルスに、助けを求めるのはどうなんだ? 馬鹿なのか?」
えっ、助けを?
まさかという気持ちで彼を見ると、震えていた。
「本気か」
ありえない事に、言葉がこぼれる。
それが聞こえたのだろう。
ミシミズ子爵が俺を見る。
「いままで、わる、わるかった。あの、かれら……かれらを」
これは反省していないな。
子蜘蛛が撮影機をミシミズ子爵に向けると、
バタン。
恐怖からか、意識を失ってしまったようだ。
その情けない姿に、溜め息が出る。
「まだ、何も話していないのに。困ったわね」
ウサの言葉に、クウヒが肩を竦める。
「おい、ミシミズ子爵。起きろ」
パチパチ。
クウヒが軽くミシミズ子爵の頬を叩く。
「うっ」
意識を取り戻すミシミズ子爵。
目の前にいるクウヒと視線が合うと、白目をむいて倒れた。
「はぁ」
「あはははっ」
クウヒの呆れた溜め息とウサの楽しそうな笑い声。
子蜘蛛は、ミシミズ子爵を糸でぐるぐる巻きにした。
そして俺を見る。
「確保完了」
「ぷっ。ありがとう」
「あっ。さっきの子が誰か連れてきた」
クウヒの視線を追うと、羽を広げた子蜘蛛が誰かを抱えているのが見えた。
「ウサ、クウヒ、お久しぶり」
地面に降り立った存在に目を見開く。
えっ、エリトティール殿下?
エスマルイート王の第一王女の登場に、背筋が伸びる。
「あら、エリトティールが来たの?」
ウサの言葉に、嬉しそうに笑うエリトティール。
「そう、私が代表で来たわ。父は、子蜘蛛さんからの報告に頭を抱えていたから。それで、これが問題のゴミ?」
「さっき報告した者は逃げたわ。あっ撮影してあるから、ゴミが誰かは調べられるから安心して。これはギルスが家の管理を頼んだミシミズ子爵よ。そして管理をせずに盗みを働いた者よ」
「なるほど、犯罪者ね」
エリトティール殿下がニコリと笑うと、ウサも笑う。
そんな2人からそっと視線を逸らす。
「ギルス」
「はい」
「確認なんだが、ミシミズ子爵に家の管理を頼んだのはどうして?」
あっ、それは。
「ギルス?」
「上司からの紹介です」
俺の事を心配してくれた1人だ。
彼の親戚にあたる者だから、大丈夫だと言われたんだったよな。
「そう、その上司には報告した?」
「いえ、していません」
なんとなく、言えなかった。
「そう、分かったわ。ウサ、ここは任せて」
「分かった、任せるわ。あっ、この子が協力してくれるみたいだから」
ウサの言葉に、撮影をしていた子蜘蛛が前脚を上げる。
「ありがとう、頼むわね」
エリトティール殿下が俺をまっすぐ見る。
「ギルス、これまでの事はごめんなさい。国を治める者の1人として、とても恥ずかしいわ。あなたが負った被害、そして損害を全ては無理でも出来る限り明るみに出して罪に問い、補償させる。だから、もうしばらくこの国を見て欲しい。それから判断して欲しいの」
あぁ、俺が主の下に行こうとしていると思っているのか。
まぁ、その気持ちが大きくなっていたのは事実だけど。
エリトティール殿下を見る。
その真剣な表情に、頷く。
「お願いします」
まだ、判断しなくてもいいかな。




