44.俺と兄上。
―オルサガス国 王弟デルフォス視点―
目の前に座る女性に視線を向ける。
かなり緊張しているのか、少し顔色が悪い。
「今日は、来てくれてありがとう」
「いえ、光栄でございます」
声が少し震えている。
ん~、そんなにアビちゃんが怖いんだろうか?
チラッと隣を見る。
俺の視線に気付いたアビちゃんが、前脚を上げる。
ガタッガタッ。
音が鳴った方を見ると、女性の護衛が剣に手を掛けているのが見えた。
「スティス!」
女性は慌てて護衛の名を呼ぶと、立ち上がって深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。あの……スティスは――」
「いいよ。最初はみんな同じ反応だから」
アビルフールミのアビちゃん。
俺の一番の親友。
だから、怖がられるとちょっと寂しいけど、こういう反応ばかりなので慣れてしまった。
アビちゃんも全く気にしないしね。
「大丈夫だから、座って。護衛のスティスも安心して。アビちゃんは、意味もなく襲うことは無いよ」
俺や俺が大切にしている人に敵意を向けたら、もの凄く怖いけど。
でも、殺す事はしない。
罰は、オルサガス国のルールで行うべきなんだって。
俺の言葉にスティスが深く頭を下げた。
ところで、隣にいる女性の侍女さん。
大丈夫かな?
凄い顔色だけど。
「アフィス、少し休憩をしていらっしゃい」
俺の視線に気付いた女性が、侍女を見て慌てて休憩に促した。
少し迷った様子の侍女は、俺の隣を見て申し訳なさそうな表情で頭を下げ休憩に向かった。
少し駆け足だったのは、見なかった事にしよう。
「あの、本日はなぜ私をお茶会に呼んだのでしょうか?」
「話をしたくて呼んだんだよ」
俺の言葉に困惑した表情をする女性。
この女性の名前は、ミスリーア。
兄上の気になる人……いや、大好きな人だ。
そしてミスリーアも、兄上の事を好きなのは間違いない。
それなのに、この2人は一向に進展しない。
以前の兄上なら、分かる。
呪いのせいで、いつまで生きられるか分からなかったし、恋人関係になったら命を狙われたはずだ。
でも、今その心配は……ちょっとだけあるけど、守りをしっかり固められるから問題ない。
だから、安心して愛を育んで欲しいと思っている。
それなのに、兄上もミスリーアも挨拶しかしない。
意識しているのが、その視線で分かるのに!
少し前に開かれた兄上の誕生日パーティー。
いい機会だと、2人になる機会を作ってみた。
俺なりに頑張った。
でも結果は、全く進展しなかった!
あの時は、兄上に説教をしたくなったよ。
兄上が、彼女への思いを口にしないのは俺のせい。
こういう言い方すると、兄上は嫌がるかな。
でも、俺の存在が2人の邪魔をしている。
呪いにかかっていた兄上は、俺に王位を継がせると言っていた。
元気になったのだから忘れてしまえばいいのに、今もあの時の言葉を律儀に守っている。
だから、結婚はしないと決めたそうだ。
そんな事、俺は望んでいないのに。
だって、俺に夢がある。
だから、王にはなりたくない。
だって兄上を見ていると、凄く大変な地位だと分かるから。
俺は、もう少し気楽に生きたい。
いや、もちろん王族としての責務は果たすよ。
でも、王が背負う国は重すぎて、俺には無理。
だから俺は、兄上を支える存在になりたいんだ。
だから、兄上とミスリーアには、ぜひとも結婚して欲しい。
そして跡継ぎを、作ってもらいたい。
まぁこれに関しては、授かりものだから無理にとは言わないけど。
2人に跡継ぎが出来なかったら、その時は王になる事も考えるよ。
でも、まずは2人の関係を進展させなければ話にならない。
1人で考えても分からない時はアビちゃん。
という事で、アビちゃんに相談。
その結果、今日のお茶会になった。
今日こそは、2人を進展させてみせる!
今回については、心強い協力者もいる。
きっと、上手く行く。
「話ですか? いったい、どのような?」
「うん。アビちゃんが、ミスリーアを気に入ったと言うんだ」
「えっ?」
うわぁ、ごめんね。
「気に入った」という言葉を、誤解したよね。
そんな泣きそうな表情されると、今すぐ「そうじゃない!」と言いたい。
でも、このまま誤解させておかないと。
「デルフォス!」
あぁ、良かった。
来なかったらどうしようかとドキドキした。
「兄上、どうしたんですか?」
俺の言葉に、アビちゃんが前脚を上げる。
それに、少し視線を揺らす兄上。
「デル、あの。彼女をどうしてここに」
兄上に向かって笑みを作る。
重要だから、気を引き締めて。
「アビちゃんが、ミスリーアを見て気に入ったんだ」
「……彼女は、その……」
ほら兄上、頑張って。
言わないと、本当に失うかもしれないよ。
ミスリーアは、一生独身でいると両親に宣言したそうだ。
彼女の両親はかなり説得したみたいだけど、気持ちは少しも揺るがなかったみらい。
でも、神の仲間であるアビルフールミのアビちゃんが求めたら、そんな事は言ってられないよね。
これを防ぐためには、兄上が動かないと!
「ミスリーアは、私の婚約者にする予定なのだ。だから、アビルフールミ殿には悪いが諦めて欲しい」
「言った~」と叫びそうになった瞬間、背中がポンと叩かれた。
チラッとアビちゃんを見て、気を引き締める。
ありがとう、叫ぶ前に止めてくれて。
「えっ、そうなの? 2人は、恋人だったの?」
「あぁ、うん。えっと、そうだよな?」
兄上がこんなに混乱している姿は初めてだ。
「えぇ、あぁ、はい」
ふふっ、ミスリーアも混乱しているけど、兄上の言葉に嬉しそう。
「そうなんだ。でも兄上の婚約者になったら、話し相手も駄目なのかな?」
「「えっ。話し相手?」」
俺の言葉に、2人揃って驚いた表情をする。
「うん、そうだよ。ときどき、俺達の休憩に参加して、女性視点で話を聞きたかったんだ」
2人に笑顔で応えると、ホッとした様子を見せた。
「それで、いつ婚約披露パーティーをするの?」
時間を掛けると、兄上がまた迷い始めるかもしれない。
こういう時は、押せ押せとアビちゃんが紹介してくれたエントール国の第1王女エリトティール様が言っていた。
「いつ? いや、まだそれは」
「えっ! 兄上の隣を狙っている女性の為にも、早く披露した方がいいよ」
王妃の座を狙う者達が、おかしな動きを見せる前に。
「それは、だが――」
「準備や招く方達の予定もありますので、2ヶ月後はどうでしょう?」
「はっ?」
宰相グルアの言葉に、兄上が慌てて彼を見る。
「婚約者と言った以上は、周りにそれを認めさせなければなりません。何か不都合でもございましたか?」
宰相グルアの言葉に、兄上は戸惑った表情をしたが首を横に振ると頷いた。
「いや、そうだな」
チラッと兄上が、ミスリーアを見る。
その頬が少し赤い事に気付く。
よしっ、上手くいった!
宰相グルアと視線が合うと、ニヤッと笑う。
本当に、心強い味方だよ。
おそらく、迷っていた兄上の不安をここぞとばかりに煽ったんだろうな。
進展しない2人に、一番やきもきしていたのは彼だったから。
「デル。いや、デルフォス。すまない」
俺に向かって頭を下げる兄上。
本当に、律儀なんだから。
「兄上。俺は騎士総隊長になるのが夢なんです。そのために今、アビちゃんが紹介してくれた先生達から特訓を受けています。これでも少し、強くなったんですよ」
前騎士総隊長が捕まってから、その地位は空白のままだ。
俺はその地位が欲しい。
なぜなら、兄上を一番に守れる場所だから。
「そうなのか?」
「うん。兄上は俺の夢を、応援してくれる?」
「あぁ、もちろんだ」
アビちゃんを見ると、前脚で俺の頭をポンと撫でた。
今回の目的を、全て達成出来たから褒めてくれたみたいだ。
「ありがとう、アビちゃん」
「どういたしまして。デルちゃんの頑張りのお陰だね」
あっ、エリトティール様にもお礼を言わないと。
アビちゃんにお願いしたら、手紙を届けてもらえるかな?
それにしても兄上とミスリーアは、あっこれからは兄上とミスリーア義姉だね。
気をつけよう。
ふふっ、本当に2人とも嬉しそうだな。
いつか俺にも、大好きな人が出来るといいな。
―オルサガス国 デルオウス王視点―
ミスリーアと別れ、執務室に戻る。
「良かったですね」
宰相グルアの言葉に、頬が熱くなる。
それを気付かれないように視線を逸らし、「そうだな」と簡単に答える。
まさか、ミスリーアを婚約者に出来るなんて。
デルには申し訳ないが、本当に嬉しい。
「そういえば、デルは騎士総隊長になりたいのだな」
今日、初めて弟の夢を聞いた。
まさか騎士総隊長だとは。
「特訓を受けているのか」
「はい」
「えっと……弟は騎士総隊長になれそうか?」
応援するとは言ったが、弟の実力はどうなのだろう?
王名を出せば、弟をすぐにでも騎士総隊長に出来る。
でも、実力が無ければ厳しい世界だ。
「デルフォス様ですが、前騎士総隊長を数秒で倒せるだけの実力は既にお持ちです」
「……はっ?」
今、グルアは何と言った?
「ですから、前騎士総隊長を数秒で倒せるだけの実力がデルフォス様にはあります」
「まだ子供だぞ」
「はい。ですが、アルメアレニエ殿とゴーレム様が鍛えていますので、どんどん実力をつけています」
アルメアレニエ殿とゴーレム様。
また凄い者達から教えてもらっているのだな。
「デルは、何処を目指しているんだ?」
「歴代最強の騎士総隊長だと言っていました。そうそう最近は、ゴーレム殿が戦略や戦術などを教え始めたそうです」
「ははっ、そうか」
デルは応援して欲しいと言ったけど、俺の応援は必要だろうか?




