41.こっそりと。
両腕の痛みで目が覚めた。
「はぁ」
今日は痛みがいつもより酷いな。
少しだけ、呪神力を解放した時に期待した。
もしかしたら魂の消滅を先延ばしに……違うな。
魂の消滅から逃れられるのではないかと。
でも、現実はこの通り。
呪神力の解放では、魂の消滅を防ぐ事は出来ないようだ。
というか、体内のバランスが変わったせいで、悪化したような?
……まぁ、しょうがない。
ゆっくり呼吸をしながら、体内で流れる力を調整する。
腕に流れる力を減らすと、早く痛みが引くと気付いたのは昨日。
痛みを抑える方法が無いかと探っている時に見つけた。
痛み自体は無くならないが、酷い痛みで苦しむ時間は減る。
「皆、おはよう」
痛みが落ち着くと起き上がり、梁にいる孫蜘蛛達に声を掛ける。
すると、一斉に孫蜘蛛達の前脚が上がる。
毎日梁にいる孫蜘蛛達は変わるのに、毎回綺麗に揃うのが不思議だ。
「おはようございます」
んっ?
部屋に入って来たリーダーに首を傾げる。
「どうしたんだ?」
「創造神の使いが来ています」
えっ、創造神の使い?
「神国で、緊急事態が起きたのか?」
パネル越しだが1週間に1回、創造神とオウ魔界王とは話をしている。
2日前にも、話したばかりだ。
それなのに、わざわざ呪界に使いを送って来たのか?
「という事なんですが」
「えっ?」
リーダーの言葉に、首を傾げる。
「という事なんですが」とは、含みがあるな?
「もし使い寄こすとしたら誰だと思いますか?」
ここで質問?
何だろう。
いつものリーダーと違う。
「えっと、アイオン神かフィオ神。俺と面識にある神だろうな。2柱が忙しかったらガルアル神かカシュリア神かな?」
「ガルアル神とカシュリア神もですか?」
「そう。この2柱は前から呪界に来たいと騒いで……希望しているそうだから。2柱とも面識はあるし、カシュリア神に至っては1度呪界に来ているから選ばれる可能性が大きいだろう」
神国で大騒ぎしているとは言わないでおこう。
「そうだったんですか」
「うん。ユグドラシルの確認も、本当はアイオン神とフィオ神だけでよかったんだ。でもガルアル神がどうしても来たかったんだろうな、周りを説得したらしい。『今回はとても重要な案件だから、自分の目で見て確認する必要がある』と」
アイオン神の話だと説得というか、脅しに近かったようだけど。
そういえばフィオ神が、「カシュリア神がきっと」と頭を抱えていたな。
「もしかして使いは、カシュリア神か?」
ユグドラシルの件で来なかったから、別件で来たとか?
「いえ、違います。見た事のない神です」
リーダーの言葉に、おかしいと感じる。
神国とはいい関係を築き始めているが、それは本当に最初の1歩という感じだ。
だから、使いにする者にも気を使うはず。
それが見た事も無い神を使いに?
「やはり主も、おかしいと感じますよね?」
だからさっきの質問なのか。
「あぁ、そうだな。その使いは執務室に?」
「まさか、家には入れません。ですが本当に使いだと面倒な事になるので、ウッドデッキにいます」
「そうか。ありがとう」
急いで着替え、ウッドデッキに向かう。
「えっ?」
この神力は……でも、見た目が。
いや、たぶん彼女だ。
「カシュリア神?」
俺の言葉にリーダーから驚いた気配がした。
「凄い! よく分かったな。見た目では全く分からないようにしてきたし、神力も誤魔化したのに」
興奮した様子のカシュリア神。
見た目は全く違うけど。
「どうして分かったんだ?」
不思議そうに聞いて来るカシュリア神に、溜め息が出る。
「そんな事より、どうしてそんな姿で呪界に?」
まさかガルアル神に対抗して、なんて事は無いだろうな?
「私も呪界に来たかったんだ。それなのにガルアル神にだけ許可が下りるなんて、不公平だろう?」
その、まさかなのか?
「ガルアル神もカシュリア神も、暇なのか?」
「暇では無いな。ははっ、嫌な仕事ばかりが増えていくよ。はぁ、全く反省していない神を相手にするのは、とても疲れるよ。罰には、不服ばかりだし」
声のトーンが落ちていくカシュリア神を見る。
そうとう、仕事に疲れていないか?
「だから、たまには全く関係のない場所でゆっくりしたかったんだ」
あぁこれは、かなり仕事に参っているな。
「大丈夫か?」と聞いたら「大丈夫」と答えるだろうから……。
「そうだ。神族との関係が、改善したそうだな」
全く違う話をしてみるか。
「えっ。あぁ、まだ始めたばかりだけどな」
カシュリア神の補佐、神族のアリフィルが言っていた。
「最近は、私達に興味が出たみたいです」と。
アイオン神からも「『関係を改善には、どうすればいいか』と聞いて来た」と。
「アリフィルが、嬉しそうだったよ」
初めて褒められたと、嬉しそうに報告してくれたんだよな。
「そうか。彼女が……」
嬉しそうな笑みを見せるカシュリア神。
ほんの少しでも気分転換出来ればいいな。
カシュリア神の前にお茶とお菓子が置かれる。
どうやら「創造神の使い」として、認められたようだ。
「あっ! 創造神の使いとは、神国で何かあったのか?」
カシュリア神の登場ですっかり忘れていた。
「えっ? ……あっ!」
どうしてカシュリア神まで忘れているんだ?
「特に問題はない。というか、ただの報告なんだ」
「んっ? 報告?」
「そう。実は呪神力の力が、解放された日から少しずつ神国に流れ込んでいたんだ」
「そうなのか?」
創造神からは何も聞いていない。
「うん。それで2日前に落ち着いた」
「神国で問題は?」
「ない。全く問題は起きなかった」
カシュリア神の言葉にホッとする。
まさか神国に呪神力が流れ込むなんて。
あれ?
もしかしたら、魔界にも呪神力が流れ込んたかもしれないのでは?
「創造神が、神国に結界を張った事は知ってるよな?」
「うん。闇を全て引き取った後に、創造神が結界を張ったよな」
ただ、少し不安定な結界だったけど。
「そう。だけどあの結界は、未完成だったんだ」
だから不安定だったのか?
というか、そんな重要な話をして大丈夫なのか?
「それが、昨日確認した結果。結界は完成していた」
「えっ? まさか呪神力が? 確かに、結界を強める力があるみたいだけど」
神力で張った結界を、呪神力が強化?
そんな事が起きるのか?
「強める力か。なるほど」
「結界が完成したのは良い事だと思う。だが……」
呪神力が影響した。
創造神はどう思っただろう?
「創造神は大喜びだったので、問題ないだろう」
「……えっ?」
「周りの神達も『さすが呪界王の力だ』と大盛り上がりだった」
あ~ははっ。
「そうか。彼等が問題視していないなら良いんだ」
創造神に集まっている支持が揺らがないなら、それでいい。
でも……、問題だよな。
「ごちそうさまでした。美味しかった」
リーダーが出した4人前ぐらいあったお菓子を、見事に完食したカシュリア神は立ち上がる。
「仕事に戻るよ」
「うん、それが良い。皆、心配しているんじゃないか?」
姿を変えて来たという事は、黙って抜け出して来た可能性がある。
「あ~。たぶん」
カシュリア神が、少し嬉しそうに笑う。
「アリフィルによろしく」
俺の言葉にカシュリア神が、嬉しそうに頷く。
前では考えられないほど、いい関係になっているようだ。
「ありがとう」
「どういたしまして」
気分転換が出来たなら、それでいい。




