35.人の魂、神の魂。
「おはよう。今日も、元気だね」
リビングからウッドデッキを見ると、赤ちゃん天使と獣人騎士キミールが追いかけっこをしていた。
いや、追いかけっこでは無いな。
赤ちゃん天使が、キミールを追い掛け回しているのが正解だ。
そしてこの風景は、今日だけでなくほぼ1週間ほど見ている。
「毎日、毎日、追い掛け回して、飽きないのかな?」
天使が2人、仲間に加わってから今日で11日目。
白帰箱から出た時は、真っ白だった髪がなぜか薄緑と明るい青に変わった。
アイオン神が毎日様子を見に来るのだが、髪色が変わったのを見て目を見開いていた。
つまり、通常では起きない現象らしい。
俺は少し不安を覚えたが、周りは「主の力だからな」で納得していた。
全く腑に落ちないが、問題は無いと分かったんで気にしない事にした。
名前は薄緑の髪を持つ天使がミント。
明るい青の髪を持つ天使がシアンとなった。
名付けはスミレとモモ。
仲間が増えて、かなり喜んでいる。
「おはようございます」
「あぁ、おはよう。今日も捕まったんだね」
キミールの頭に抱き付いているミントを見る。
その表情は満面の笑みだ。
何故かミントは、獣人騎士を見ると頭に抱き付きたくなるようだ。
一番被害にあってるのはダダビス。
次にギルスとキミール。
まぁ、抱き付くだけなので怪我を負うような被害はない。
それに約5分逃げ切る事が出来ると、赤ちゃん天使は諦める事が分っている。
今日も逃げ切れなったみたいだけど。
「では、失礼します」
抱き付いている赤ちゃん天使を気にしながら、小さく頭を下げるキミール。
既に朝食は済ませているので、これからお昼まで森での訓練だろう。
「頑張って」
「はい」
朝食を子供達と食べ、勉強に向かう皆を見送る。
もうほとんど教える事は無いと聞いているけど、それぞれ学びたい事があるらしくまだ勉強時間は取られている。
リビングを出て、朝の日課に向かう。
家と畑、果樹園の見回り。
それが終わると、川に住んでいる聖霊達とちょっと遊んで、トレント達の舞を見る。
それから、地下神殿で各階の状態を確かめて湖に。
湖の上では、のろくろちゃん達が元気に飛び回っているので問題なしと判断。
家に戻ると、執務室に向かう。
部屋に入ると、既にヒカルが待っていた。
「ごめん。遅くなったかな?」
「大丈夫。少し早く来たんだ」
「そうか。今日で30日目だな」
ヒカルに力を渡すようになってから、今日で30日目。
その間にヒカルの力は徐々に増え、そして強くなっている。
「体に違和感は?」
俺の送った力が、ヒカルに影響を及ぼす可能性があるため「違和感」は重要だ。
「大丈夫。全く問題なし」
「それなら良かった」
いつもの通り、ヒカルに俺の力を少しだけ送る。
最初の頃のような痛みが襲う事はもう無い。
「今日はここまでにしよう」
「うん、ありがとう」
ヒカルをチラッと見る。
何か考え込んでいるように見える。
どうしたんだろう?
「あの、主」
「どうした?」
「人が神になったら、魂に限界が来るんだよね?」
「あぁ、人と神はあまりにも存在が違い過ぎるからな」
「俺は……大丈夫なのかな?」
ヒカルの言葉に首を傾げる。
彼が何を心配しているのか分からない。
「俺も人の魂だよね?」
あれ?
もしかして、ヒカルに話し忘れてる?
「ヒカルは大丈夫だよ。ヒカルは、人では無く神の魂を持っているから」
俺の言葉に驚いた表情を見せるヒカル。
アイオン神から詳しく聞いた時に、話しておくべきだったのに忘れていたな。
「ごめん。俺が説明を忘れたせいで不安にさせた」
「えっと、大丈夫。俺が神の魂を……」
「ヒカルを捕まえていた神達は、魔神力の研究をしていたんだ。最終目的は、魔神達を殺す事。でも魔界では神力に制限が掛かり、魔神達を殺せない。だから魔界でも通用する、新しい力を生み出そうとしていたんだ。それが無理なら魔神力を」
多くの神達が魔神達を殺すために、悪事に手を染めた。
どうしてそんなに魔神を怨んでいたのか。
ロープやアイオン神に調べてもらったけど、今も分かっていないんだよな。
「魔神を殺すためには魔神力より強い力が必要。でも自分達に逆らえないように神力より弱くなければならない。なにより、魔神を殺すのは神でなくてはならないという考えだったそうだ」
「バカな奴等だね」
「あぁ、研究に参加した神達は馬鹿だよ。その馬鹿どものせいで、ヒカルの肉体に神の魂が入れられたんだ。命令通りに動く神を作るための実験で」
今、ここにヒカルがいるのは奇跡なんだろうな。
神達にとってヒカルは、失敗しても替えの聞く存在。
だからヒカルに埋め込まれたのは、魔神力を作り出す実験によって死にかけた神の魂だった。
当然、神にはなれず新しい力も生まれない。
ヒカルは他の実験体と同じように死ぬはずだった。
それなのに、ある魔法によって生かされた。
それがヒカルにとっては、長い地獄の始まりだ。
「人の肉体に、神の魂は定着するの?」
ヒカルの質問に首を横に振る。
「しない。普通は数日で死ぬそうだ。でもヒカルには、現状をキープする魔法が掛けられた」
その魔法も、実験的に掛けられたものだ。
実際、ヒカル以外には誰も成功しなかったみたいだからな。
「現状をキープ? あぁ、だから食べる事も寝る事も必要なかったんだ」
ヒカルの表情が苦し気に歪む。
「あっ、その魔法が俺の肉体を変えたの? だから俺は今も生きているの?」
「いや、違う。ごめん。ヒカルの肉体を変えたのは俺なんだ」
「へっ?」
俺の言葉に、きょとんとした表情をするヒカル。
「えっと、俺を変えたのは主?」
「結果的にそうなるな。ここに運ばれた時のヒカルは、死にかけていたんだ。魔法が掛かっていたけど、人の肉体は限界だったんだと思う」
「うん」
「言葉に力を乗せると、『影響力のある祈り』になるんだ」
「んっ?」
よく分からないと首を傾げるヒカル。
知らなかったんだよ。
俺の言葉に力が乗っていて、しかも相手に影響を及ぼすなんて。
「俺はヒカルがここに来た時、ヒカルに掛かっている魔法を呪いだと思った。ドロドロした印象を受けたから。だから浄化でその呪いを排除しようとした。無理をさせたら駄目だと感じたから、毎日毎日少しずつ。そしてその度に『元気慣れ』『目を覚ませ』あと『生きろ』と言葉にしたんだ」
「もしかして……」
「そう、俺の言葉に力がそうとう込められていたみたいで、ヒカルの肉体に影響を及ぼしてしまったんだ。まぁ、前提として人の体に神の魂という不安定さがあったから、俺の言葉が届きやすかったみたいだけど」
普通は、祈ったぐらいで肉体を変えられるわけが無い。
ヒカルは不安定な存在だった。
だから強く影響を受けたらしい。
「そうなんだ。つまり、今の俺は神の肉体という事?」
「うん。ただ、少し不安定な部分がある。でもそれは、呪界王になれば消えるから」
なんとも言えない表情で頷くヒカル。
「ごめん」
「えっ?」
俺の謝罪に、視線を向けるヒカル。
「知らない間に、勝手な事をしてしまって」
ヒカルが、ここに来た当初の願いは「死」だった。
それも、かなり強く願っていた。
でも俺は生きて欲しかった。
だからヒカルの願いを無視して、強く「生きろ」と願った。
きっとそれが、強い力を籠めた祈りになったんだろう。
後悔はしていない。
でもヒカルの望みでは無かったから、ずっと謝りたかったんだよな。
ヒカルを見ると、少し戸惑った表情をしていた。
「悪い、自分勝手だな」
今更謝罪なんて、何をしているんだ俺は。
「俺は今、凄く幸せだよ。本当に。だから、変えてくれてありがとう」
ヒカルを見ると、幸せそうに笑っている。
それに笑みが浮かぶ。
「ありがとう、ヒカル」




