32.やっぱりさ。
フッと意識が浮上する。
窓から入って来る光りで朝だと分かる。
いつもの通り起き上がろうとした瞬間、右腕に痛みが走った。
今までとは違い、右腕全体に走る痛み。
でも、顔が歪むほどの痛みではない。
「これは……」
最近は、大きな魔法を使わないようにしてきた。
でも、この状態になると言う事は、
「ゆっくり、悪化しているんだろうな」
魂の消滅が始まると止まらない。
いや、通常の魂の場合は、のろくろちゃん達のように湖で修復が可能だ。
でも俺は神だから。
しかも、人から神になった今までに無い存在。
人の魂が限界を超えてしまったための消滅だから、修復は出来ない。
神になった事を後悔したくはない。
でも、ときどき考えてしまう。
あの時の勇者召喚……。
「いや、無意味だ」
そう、今更あの時の事を考えても意味はない。
もう過ぎた事だ。
それに、そのお陰で皆に出会えた。
それに関して後悔していない。
まぁ、神の問題に巻き込まれて自身が神になってしまった事に関しては……やっぱり後悔して無いかな。
ただ、痛みを感じると怖くなる。
呪いに落ち、反省する事が出来なかった者の魂が、目の前で消滅した事がある。
あの時に魂から伝わった、壮絶な痛みと苦しみ。
俺も、あぁして終わるのだろうかと。
正直、考えると怖い。
まぁ今、終わる時の事を考えてもしょうがないのだけど。
「あっ、痛みが消えた」
仰向けのまま、天井に向かって両手をあげる。
いつまで動くかな?
ヒカルに伝えたい事が、沢山ある。
子供達にも、残したい事がある。
だから、もうしばらく耐えて欲しい。
んっ?
俺が手をあげたからか、梁にいる孫蜘蛛達が前脚を上げている。
それに笑って手を振る。
「おはよう」
「「「「「おはよう」」」」」
皆の元気な姿を見ると「まだ大丈夫」と思えるから不思議だよな。
うん、まだ大丈夫だ。
まだ右腕だけの痛みで済んでいるんだから。
「起きるか」
体に力を籠めて起き上がると、立ち上がって伸びをする。
コンコン。
「どうぞ」
扉から姿を見せたのはリーダー。
「おはようございます」
「おはよう。今日はどうしたんだ?」
最近は、俺が起きても部屋に入って来る事は無くなっていたのに。
もしかして、何か起こって報告に来たのだろうか?
「アイオン神が来ています」
「えっ? こんな朝早くから? それとも俺が寝坊した?」
「いえ。主が起きた時間はいつもどおりです」
良かった。
本気でちょっと焦った。
あれ?
つまりアイオン神の方に、急遽来なければならない用事が出来たって事か。
……嫌な予感がする。
急いで着替えて、リビングに行く。
「アイオン神、朝早く……んっ?」
リビングに入った瞬間に見えた、アイオン神の土下座。
やっぱり嫌な予感って、当たるよな。
「なに?」
どうして謝っているのか、まずは聞かないとな。
「えっと……これは、翔がいた世界の謝罪で――」
「うん、知ってる。その世界にいたからね。ではなくて、どうして今それをするのかなって事なんだけど?」
誤魔化さないで、ちゃんと話してくれ。
「呪界で受け止めて欲しい魂が見つかった。えっと、中身は不明なんだが」
ここで受け止めて欲しいという事は、呪いに落ちた魂という事だよな。
それなら、呪界に任せて欲しいけど……「中身は不明」とは?
魔石みたいな物に、隠されていたという事か?
いや中身が不明なんだから、呪いに落ちた者とも限らないのでは?
「意味が、分からないんだけど」
「「私達が見つけたの~」」
背中に感じた衝撃に、一瞬息が止まる。
ビックリした~。
「スミレとモモか?」
「「そう。主、おはよう!」」
「おはよう。勢いよくぶつかってくるのは止めような」
スミレとモモは、俺が呪神になり世界に流れる力が安定したら変化した。
今は、130㎝ほどに成長し言葉もしっかり話せるようになった。
変化に掛かった時間は、5時間。
リーダーが、変化し始めたモモとスミレを見守っていたので間違いなし。
ある朝、成長したスミレとモモに部屋に突撃された。
あれは、もの凄くビックリした。
見た事がない2人の子供が、急に抱き付いて来たんだから。
「それで、2人が見つけたというのは?」
「神国に突撃した時に、星を管理する神が捨てていたから、拾って来たの」
色々とおかしな言葉が聞こえた。
「神国に突撃?」
神国に天使はいないけどな。
以前の俺は、神国に天使がいると思っていた。
でも違った。
アイオン神に教えてもらったが、「天使は星を作った神の僕。星を守る神に忠誠を誓い、星に住む者達との架け橋となる」そうだ。
つまりは、天使は神国ではなく神の作った星にいるのだ。
「うん。私達みたいな天使がいないか調べようと思って」
「あぁ、なるほど」
仲間を探しに行っていたのか。
「それじゃあ、神が捨てていたというのは? それと、中身が不明って言うのも気になるんだけど」
俺の言葉に、スミレとモモが顔を見合わせ頷く。
「私達が入っていた白帰箱に入っていたんだけど、中が見えないの。呪いの煙? で真っ黒!」
スミレが楽しそうに言うと、モモが続く。
「見つけた場所がね、神が見たくないと隠したり捨てる場所だったから。だから神が捨てた物だと思って、持って帰って来ようとしたの」
スミレとモモの言葉に、溜め息がこぼれる。
アイオン神を見ると、申し訳なさそうな表情をしていた。
まぁ、彼女が悪いわけでは無いからな。
「アイオン神、座って話そう。皆は先に食べてて、ごめんな」
朝ご飯の時間なので、子供達は椅子に座って俺を待っている。
でもさすがに、先に食べようという気持ちにはならない。
子供達に謝ってから、アイオン神と天使達を連れてウッドデッキに出る。
「白帰箱か」
この箱は、天使の記憶を白紙に戻したり、存在を消す時に使用する。
かなり重要な物なので、厳しく管理され、使用も簡単に出来ないとアイオン神が言っていた。
確か、使用が許されるのは「天使が罪を犯し、その罪が他の罰では許されない場合と天使の心が耐え切れなくなり、神の祝福では修復が不可能と判断された時」だけだったはず。
あれ?
白帰箱が通常に動けば、記憶が白紙になるか存在が消えるはずだから、呪いに落ちる事はないと思うけどな。
「アイオン神、白帰箱が誤作動でも起こしたのか?」
「いや、違う」
アイオン神は何度か口ごもった後、俺をまっすぐに見た。
「白帰箱が悪用された。神達によって改造されたんだ。神達は改良だと言ったが」
悪用?
改造?
改良?
「でも、かなり厳しい監視体制が敷かれていたんだろう?」
そう簡単に盗めないと思うけど。
「あぁ、でも見張り役の神を引きずり込めば問題ない。あと弱みとかな」
うわぁ、マジか。
「白帰箱にいる天使は、まだ生きているのか? それと何をしようとしていたんだ?」
「天使たちは生きている、はずだ」
「はず」か、亡くなっている可能性もあるのか。
「神達は、天使に変化を起こそうとしたんだ」
「変化?」
「あぁ、神を裏切るものに天罰を下せるように」
「天罰か」
神は力が強すぎるため、星に住む者を直接助ける事は出来ない。
そこで必要になるのが天使だ。
神の代わりに助言をしたり、ほんの少し手助けしたり。
でも天使には出来ない事がある、それが星に住む者を傷つける事。
これを、変えようとしたのか。
「白帰箱は天使を消す事が出来る。奴等はそれを利用した」
どういう事だ?
「天使を途中まで消して、自分達の思い通りに動く人形を作り出そうとしたんだ。天使は作りだしてくれた神を純粋に慕うが、意思があるので全ての命令に従うわけではない。特に天罰に関しては嫌がったそうだ。それが神として気に入らなかったんだろう」
全く、身勝手な。
「白帰箱の中は、本当だったら苦しみから解放される場所なんだ。でも、改造したせいで真逆の場所になっていた。天使は、長く続く苦痛に呪いに落ちた可能性があるんだ。ただ、中がはっきり見えないので完全に落ちたのかは分からないのだけど」
「「主」」
心配そうに俺を見るスミレとモモ。
2人の頭を優しく撫でると、アイオン神に視線を向ける。
「分かった。呪界で受け入れるよ」




