31.誰?
「何? なんだろう? どうしたの」
のろくろちゃんの言葉に、視線を向ける。
「音なんだけど、聞こえなかった?」
俺の言葉に、のろくろちゃんの体が横に傾く。
「おと? んっ? 聞こえなかったよ」
のろくろちゃんには、聞こえなかったのか。
俺の気のせいだったのかな?
「ん~」
どうしてだろう。
あの音が、もの凄く気になる。
湖の中を覗き込む。
いつもと変わらない澄んだ水の中に、ふわふわとのろくろちゃん達が漂っている。
「俺が呪神になってからしっかりと見えるようになったけど、何度見ても不思議な光景だよな」
のろくろちゃん達は、湖の中では透明だ。
それなのに、湖から出ると黒くて丸い物、のろくろちゃんに変わる。
ただ湖から離れると、のろくろちゃん1人では体を維持できない。
それは魂が傷ついているため。
地上にいるのろくろちゃんの中に複数人いるのは、皆で力を合わせて体を維持しているからだ。
ときどき、のろくろちゃんの中に沢山いて大変なんだよな。
最高は、8人。
あの時は、色々な面で大変だった。
8人で一斉に話し出すから全く聞き取れないし、意思の疎通が出来ない子ばかりだったし。
最終的に、他ののろくろちゃんに連れ帰ってもらったんだよな。
空中に浮かぶのろくろちゃんを見る。
「なに~? んっ? どうしたの?」
視線に気付いたのか、のろくろちゃんが目の前をふわふわと上下する。
「いや、なんでもないよ」
今日の子達は、意思の疎通が出来る子ばかりだな。
ちょっと珍しいかもしれない。
いつも1人は、難しい子が混ざっているのに。
あっ、違うな。
目の数から、もう1人いる。
3人の声しか聞こえてなかったから、気付かなかった。
「そういえば、どうしてその状態なんだ? 地上に出て行く予定だったのか?」
湖から届く力で、1人でも体を維持出来るはずだけど。
「あれ? あっ! すっかり忘れていたな」
もしかして、本当に地上に行く途中だったのか?
「ごめん。今日の予定を狂わせてしまったみたいだな」
ぽこん。
湖から聞こえた音に、慌てて視線を向ける。
水が浮き上がって来たような音だったはずなのに、湖に変化はない。
でも絶対に音はした。
「今の音は聞こえた?」
俺の言葉に、目の前で浮かぶのろくろちゃんが先ほどのように横に傾く。
あんなにはっきり音がしたのに、聞こえていない?
もしかしたら、あの音は俺にしか聞こえないのかもしれない。
湖を覗き込む。
音は間違いなく、ここから聞こえた。
「調べてみるか」
湖に向かって両手を翳すと、力をゆっくりと水に流し込む。
湖の中を流れる力の邪魔にならないように注意しながら、ゆっくり、ゆっくり。
水に含まれている力と俺の力が混ざり合い湖に広がっていく。
俺の力が湖に広がると、さまざまな負の感情が俺に流れ込んで来た。
「相変わらずだな」
怨み、憎しみ、悲しみ、妬み。
昔なら、負の感情に飲み込まれそうになったかもしれない。
でも、今は違う。
「変わったんだよな」
いつの頃からか、負の感情の中に正の感情が混ざり始めた。
初めて正の感情に触れた時は、信じれらなかった。
呪いに落ちた者達から「楽しい」という感情が生まれるとは思わなかったから。
あの衝撃から、もう数週間。
今では嬉しい、幸せという感情まで生まれた。
特に、地上で子供達と遊んでいると生まれるようだ。
「特に、おかしなところは見つからないな」
湖全体を調べるために、力を強めに流す。
「ぐっ。しまった」
湖の奥にいたのは、自らの行いで呪いに落ちた者達だ。
彼等に力が触れた瞬間、「憎い」「恨めしい」という感情が一気に押し寄せてきた。
あまりの強さに、吐きそうだ。
「倒れる? しぬ? 大丈夫ですか?」
こら、「死ぬ」って……。
「倒れないよ。大丈夫。それと死なないからね」
揺さぶられた気持ちを落ち着かせる、何度か深呼吸を繰り返す。
それにしても自ら落ちた者達は、なかなか自分の罪を認めないな。
そのせいで、苦しみが続いているのに。
今、彼等は悪夢の中に生きている。
自らが行った全ての行為を、被害者となって経験しているのだ。
罪を認めないかぎり、何度も何度も悪夢は繰り返される。
悪夢は、少しずつ魂力を消耗させる。
そしてゆっくり消滅へと導く。
消滅する前に、罪を認めて欲しいものだが難しい。
「はぁ。気が緩んでいたな。あの場所に触れる時は、気をつけないと」
流していた力を止める。
特に異変は見つけられなかった。
あの音の正体は不明のままだし。
そもそも、俺にしか聞こえていないのが変だよな。
湖に手を付ける。
水に含まれる力を感じる。
呪力なんだけど、ここのはちょっと特別。
強めの癒し魔法が掛かっているらしい。
話しがしっかり出来るのろくろちゃんが教えてくれた。
そしてお礼を言われた。
「癒しの魔法を掛けてくれてありがとう」と。
俺には、全く心当たりはないんだよな。
湖というか、核の周辺で使った魔法は浄化だけだから。
「んっ?」
なんだ?
湖に浸けた手の周りに何かいる。
これは……呪力か?
「どうして呪力が? というか、動きがおかしいな」
見つけた!
「えっ?」
視線を周りに走らせる。
いま、「見つけた」と聞こえたような気がしたけど……。
「なに?」
指に何かが当たったと思ったら、呪力がぶつかって来たのか。
もしかして「みつけた」ってこの力か?
「あっ、またぶつかって来た。これ……偶然じゃなくワザとだな」
この力、誰かの思いが籠っているのかもしれない。
「あっ、止まった」
呪力が、人差し指に触れて止まる。
「あれ? 何処かで、これに似た力と触れたような気がする」
何処でだった?
確か以前……あっ。
「この呪力、神国で広がっていた闇から感じたものに似ているんだ」
闇は、アルギリスが生み出したものだ。
それが、どうしてここに?
だいたい、神国に広がっていた闇は全て呪界に移動させたはずだ。
つまり、湖にいるのか?
いや、それなら「見つけた」はおかしいよな。
この小さな呪力から、何か分かるかな?
消えてしまわないように、そっと俺の力で守りながら水の中から出す。
目の前に姿を見せたのは、5㎜ほどの小さな力。
「よしっ。ただ、どうやって調べたらいいんだ?」
これだけ小さいと、力を流す事も出来ないよな。
『たす、て』
「えっ?」
パチン。
目の前で小さな呪力が弾けた。
でも弾ける前、声が聞こえた。
「たすて? ……もしかして『助けて』か?」
誰かが、俺に助けを求めているのか?
でも、誰が?
「さっきの呪力……」
やはり闇から感じたものと似ている。
つまり助けを求めているのは、神達によって呪いに落ちてしまった者だな。
それにしても「助けて」とは、穏やかじゃないよね?
神国のどこかに、まだ闇があるのか?
リーダーが、見落とし?
……いや、それは無いだろう。
「もしかして、神国とは別の場所かな?」
闇と同じ。
闇は、アルギリスが意思を奪い生まれた物。
「あっ」
もしかして、アルギリスが作りあげた異空間?
何処にあるのかすら分からないため、探す事も不可能な場所。
アルギリスは、呪いに落ちた者達をまだ捕えているのか?
あれ?
捕えられている者の力が、どうして湖にあるんだ?
「この湖とアルギリスの作りあげた異空間が繋がっている?」
まさか、ね?
でも、何処からかあの力は入り込んだんだよな。
湖に手を浸け、小さな力を作ると目を閉じ祈る。
「俺に助けを求めた者のところへ」
目を開けると、小さな力は消えていた。




