30.来てもいいよ。
広場で特訓をしている獣人達に、視線を向け首を傾げる。
昨日はお祝いで結構飲んでいたのに、朝から特訓か。
随分とお酒に強くなったよな。
それにしても彼等だけでヒュージサーペントを狩るとは、凄い成長だ。
初めてヒュージサーペントを見た時は、悲鳴をあげたり、失神したり大変だったのに。
あっ、火の攻撃魔法を失敗した。
いつもなら、あんな簡単な魔法は失敗しないのに。
「ん~。やっぱり変だよな」
昨日の祝いの席から、気になっている事がある。
それは、彼等が狩りの成功を本気で喜んでいないのだ。
俺がお祝いを言った時だって、困ったような表情だった。
でも、ヒュージサーペントを狩る事は彼等の目標だった。
だから、彼等の反応にものすごく違和感を覚える。
狩りの成功より、気になる事があるのかな?
それが、特訓中の彼等の集中力を切らせているのか?
あっ、ダダビスの結界魔法が切れた。
魔力切れは起こしていない。
という事は、ダダビスが魔力操作をミスしたんだな。
「本当に、何があったんだ?」
魔法攻撃や防御の失敗は大怪我に繋がる。
ヒールがあっても、怪我をしていい事にはならない。
「あ~、あれは駄目だな。特訓を止めよう」
このままだと、大怪我をする事になりそうだ。
「おはよう」
獣人達が特訓をしている広場に入ると、片手を上げる。
「えっ。おはようございます」
ダダビス達が驚いた表情で俺を見る。
まぁ、そうだろうな。
特訓中に、邪魔をした事なんて無いから。
「今日の特訓はお終い」
「「「「「えっ?」」」」」
俺の言葉に獣人達が顔を見合わせる。
「全く集中できていないぞ。このまま続けたら怪我に繋がるから、今日はお終い」
獣人達を見渡すと思い当たるんだろう。
気まずそうな表情で、視線を逸らしている。
「大丈夫です。これからは、注意をするので」
「駄目だ。これは俺からの絶対命令。分かった?」
これぐらい言わないと駄目かな?
あっ、俺が絶対命令なんて言うから驚いている。
「分かりました」
「で、どうしたんだ?」
俺の言葉に、ダダビスが苦笑する。
「第一騎士団ガルファ団長から、エントール国に帰ってくるように言われています」
帰還命令が出ていたのか?
「でもここの居心地が良かったから、帰りたくないと思ってしまって」
なるほど。
今までは、目標が達成できていないからと帰還命令を躱してきた。
でも、ヒュージサーペントの狩りが成功したので躱せなくなったと。
それで嬉しいのに、本気で喜べないのか。
「エントール国の騎士である以上、戻るのは当たり前だろうな」
俺の言葉に、ダダビスが神妙な表情で頷く。
「もしここに戻って来たいと思うなら、きっりちけじめをつけてからにしてくれ」
「えっ?」
驚いた表情で俺を見るダダビス達。
どうして驚くんだ?
「子供達と君達は、良い関係を築いている。だから、ここに来たかったら望めばいい。俺は、君たちがここに来る事を反対しないよ。ただ、エントール国の王には嫌みぐらいは言われるかな? まぁ、それぐらいの事は覚悟しておこう」
ただ彼等の気持ちは、エントール国に戻れば変化すると思っている。
だって、エントール国には彼等の帰りを待つ家族がいるのだから。
あっ、家族と一緒に来る可能性もあるのか?
まぁ、その時はその時だな。
「本当に良いのですか?」
声に視線を向けると、ギルスが真剣な表情をしていた。
そういえば、彼には待っている家族がいないんだったな。
彼にとってエントール国は、住みやすい場所ではないみたいだし。
「あぁ、いいよ。準備はしっかりしてから、来てくれよ」
騎士のままでは駄目だろうし。
「分かりました。ただ、まだどうしたいのか分からなくて」
「ゆっくり考えたらいいよ。帰ってから、周りを見て決めてもいいんだし」
俺の言葉に、ギルスは頷く。
「よしっ。じゃあ、皆でおやつを食べようか」
ウッドデッキに視線を向けると、リーダー達が準備をしてくれたのが見えた。
「えっ?」
俺の視線の先を追って、ダダビス達が笑う。
「行こうか」
「「「「「はい」」」」」
ウッドデッキには、ちょっと驚くぐらいの菓子が用意されていた。
首を傾げてリーダーを見る。
「色々挑戦した結果、生み出された新作です」
あぁ、そういえば。
初めて見るお菓子が並んでいるな。
「ありがとう」
準備を整えてくれた一つ目達にお礼を言って、獣人達とお菓子を楽しむ。
もの凄く酸っぱい味のケーキもあったけど、美味しい時間を皆で楽しんだ。
ダダビス達も昨日とは違い、ヒュージサーペントの狩りの様子を楽しそうに話してくれた。
ただ最後の総攻撃って、めった刺しというのでは?
まぁ、狩りを成功させるためには必要だったんだろう。
獣人達との休憩が終わり、これから何をするか考える。
「あれ?」
今……。
「んっ?」
気のせいかな?
音が聞こえたような気がしたけど。
俺を中心に、魔力をゆっくりと周りに広げていく。
これなら、ちょっとした異変でも気付く事が出来る。
「っつ」
右手に感じた痛みに、魔力の流れが乱れる。
小さく息を吐き出して、魔力の流れを整える。
良かった。
元に戻ったな。
チラッと右手を見る。
見た目では、変化はない。
「まだ、大丈夫」
周辺に流した魔力から、異変を探すが見つからない。
気のせいだったのだろうか?
魔力を元に戻すと、リビングに入る。
「主」
リーダーを見ると、のろくろちゃんを差し出した。
首を傾げながら、のろくろちゃんを受け取る。
「どうしたんだ?」
「リビングのソファで寝てしまって」
えっ、寝てしまった?
のろくろちゃんをよく見ると、本当に寝ている。
「すー、すー。ぶしゅ。くー」
小さく聞こえる寝息に、笑みが浮かぶ。
「湖に行って来る」
「はい。お願いします」
まさか、湖以外で寝るのろくろちゃんが現れるとは思わなかったな。
呪いに落ちた者達にとって、湖は懺悔の場であり癒しの場でもある。
神達の所業によって呪いに落ちた者達には、傷ついた魂を癒す場所。
自らの行いで呪いに落ちた者達にとっては、罪を懺悔する場所。
懺悔せず、魂の消滅を迎える者がいる。
だがその消滅は、壮絶な痛みに襲われる。
しかも、数年から数十年。
犯した罪によって変わる。
手の中にいる、のろくろちゃんを見る。
こうやって外に出られるのは、神の所業で呪いに落ちてしまった者達だけ。
怨みや憎しみを背負う者達は、湖から出る事は出来ない。
絶対に。
地下神殿から、墓場に向かう。
「妖精は……命花の所かな?」
俺の気配で飛んで来る妖精が今日はいない。
まぁ、いつもの時間では無いからだろう。
湖の前に来ると、手の中にいるのろくろちゃんに声を掛ける。
「起きてくれるか?」
「すーすー。ふー。むにゃ」
ポンポンと軽くのろくろちゃんを撫でる。
「起きないか。どうしようかな?」
「どうしたの? あれ? うわ~」
困っていると、湖から1体のろくろちゃんが飛び出して来た。
そして手の中をみて、驚いた声をあげた。
あれ?
湖の近くなのに、のろくろちゃんの中に複数いるみたいだな。
声の感じから3人かな?
「寝てしまったんだけど、どうしたらいいかな?」
「えっと? んっ? 湖に入れたら良いよ」
良かった。
1人が対処方法を知っているみたいだ。
「ありがとう」
手の中にいるのろくろちゃんを湖に浮かべる。
ぷくぷくぷく。
「えっと、本当に大丈夫?」
沈んでしまったけど。
「知らない。たぶん? 大丈夫、湖の水が受け止めてくれるから」
「ありがとう」
沈んでいくのろくろちゃんを見ると、スーッとその姿が見えなくなった。
「さてと、俺は帰るよ。教えてくれてありがとう」
「いいよ。いいよ。えっ?」
ははっ。
「いいよ」って言った子達は、俺と一緒に分からなかったよね?
調子がいいんだから。
ぽこん。
湖から聞こえた音に、首を傾げる。
「なんだろう? 今、呼ばれたような気がしたんだけど」
声ではない。
でも、確かに俺を呼ぶ音が聞こえた。
ジッと湖を見つめるが、俺を呼ぶ音は聞こえない。
確かに、聞こえたと思ったんだけどな?




