29.これから先。
-エントール国 騎士ギルス視点-
仲間との距離を確認しながら、今日の獲物であるヒュージサーペントを追い詰める。
前回はここまでは成功したのに、最後に失敗をして俺達が深手を負った。
でも今回は違う。
何度も何度も仲間と話し合って動きを確認した。
「気を引き締めろ!」
「「「「「お~」」」」」
ダダビス団長の声に全員が応える。
今日こそ、ヒュージサーペントを仕留めてみせる!
全員が武器を構え、一気にヒュージサーペントに襲い掛かる。
「ぐっ」
ヒュージサーペントの体に深く刺さった剣。
だが、これぐらいではヒュージサーペントは倒せない。
「次だ!」
足に力を籠めると、刺さっている剣を抜く。
そして、ヒュージサーペントの顔を目掛けて飛び上がる。
狙いは目!
「くらえ!」
一気に間合いを詰め、ヒュージサーペントの目に向かって剣を突き刺す。
ヒュージサーペントは、体に強化魔法を掛けられる魔物だけあってかなり硬い。
そのせいで手に衝撃が襲う。
「ぎゅあぁぁぁ」
ヒュージサーペントの断末魔が森に響き渡る。
あちこちから、魔物の警戒した気配を感じる。
「まだ息がある。倒れるまで攻撃を続けろ。他の魔物の動きにも注意しろ!」
ダダビス団長の声に応えるように仲間達が、最後の力を振り絞って攻撃を仕掛ける。
俺は痺れを感じる手に力を籠めると剣を抜き、両手で剣を持つと最後の力を振り絞って突き刺した。
「おおぉ~」
深く刺さる剣。
もう、剣を握る力がほとんど残っていない。
バターーーン。
総攻撃を仕掛けてからどれくらいの時間が経ったのか、ようやくヒュージサーペントが倒れた。
刺さった剣を何とか握っていたが、倒れた反動に対応できず森に転がる。
「うわっ」
「大丈夫か?」
キミール副団長が手を差し出すので、ありがたく借りて立ち上がる。
「ありがとう。あっ」
目の前に倒れたヒュージサーペントがいた。
それに息を吞む。
「倒したのか?」
今日は倒すと意気込んで来た。
でも、実際に倒したヒュージサーペントを目にすると、信じられない思いに駆られる。
「あぁ、倒したんだ! 俺達獣人の騎士だけでヒュージサーペントを倒したんだ! やったぞ~」
ダダビス団長が、仲間達に聞こえるように大声で叫ぶ。
それに応えるように仲間達から歓声があがった。
そうか、とうとうヒュージサーペントを俺達の力だけで倒せたんだ。
「やったな、お疲れさま」
キミール副団長が腕を上げるので、俺も腕を上げて軽くぶつける。
「キミール副団長もお疲れさま」
今までは、一つ目達やフェンリル達。
ダイアウルフ達やガルム達が協力してくれていた。
なぜなら、ヒュージサーペントは体を強化出来る魔物でとても強いから。
でも、いつか俺達だけでヒュージサーペントを倒したいと話していた。
その思いがとうとう叶った。
「「「「「おめでとう」」」」」
上から聞こえた声に視線を向けると、親蜘蛛達や子蜘蛛達が前脚を振ってくれている。
それに応えるように手を振る。
「ありがとう」
ダダビス団長の言葉に、蜘蛛達が木の上から下りて来る。
「この個体は、ヒュージサーペントの中でも大きな魔物だ。皆、強くなったな」
親蜘蛛の1匹が、ダダビス団長の肩をぽんぽんと叩く。
それに、嬉しそうに笑うダダビス団長。
「強くか……うん。ここに来た時より、俺も皆も本当に強くなった」
確かにそうだな。
森に来た当初は、イビスサーペントですら仲間だけでは倒せなかったのだから。
「今日は、このヒュージサーペントでお祝いだ! 用意があるから、先に持って帰るよ。少し休憩してから帰ってくるだろう?」
親蜘蛛さんの言葉に、ダダビス団長が苦笑する。
「あぁ、今すぐ移動すると言ったら全員から非難が来そうだからな」
彼の言葉に、仲間達に視線を向ける。
見えたのは、あちこちに倒れ込む仲間達の姿。
立っていたのは、ダダビス団長とキミール副団長と俺。
まさか3人だけとは。
「ははっ。確かに、非難されるだろうな」
親蜘蛛が楽しそうに言うと、蜘蛛達に指示を出しヒュージサーペントを持ち上げる。
ヒュージサーペントが、森の中央に向かって移動していくのを不思議な気持ちで見つめる。
これで、目標を達成してしまったんだな。
……帰りたくないなぁ。
「どうするんだ?」
キミール副団長が、ダダビス団長を見る。
「目標も達成出来たんだから『帰る』が正解なんだろうな」
「帰る」か。
エントール国第一騎士団ガルファ団長から、戻って来るように言われている事は知っている。
それをダダビス団長が、のらりくらりかわしている事も。
主からの依頼で、エントール国から子供達の為の教師を派遣した。
俺達は、その教師の護衛をするために此処に来た。
まぁ、エントール国の上層部の思惑は、少し違ったけど。
あの時と今では、森との関係が良い方に変わった。
だから、護衛は必要なくなったとガルファ団長は判断したのだろう。
「あぁ、嫌だ~。帰りたくない~」
ダダビス団長の言葉に、仲間達も同じ気持ちなのだろう頷いている。
でも、第一騎士団長は、騎士達のトップ。
その命令は、絶対に近い。
「と言っても、帰るしかないんだろうな」
ダダビス団長は、溜め息を吐く。
その彼の様子に、近々エントール国に帰ると理解した。
俺は……。
エントール国では、俺はいつも理不尽な対応をされて来た。
もちろん、俺を認めてくれた人達もいる。
でも、多くはこの見た目に視線を逸らした。
あんな場所に戻りたいんだろうか?
いや、戻りたくないのが正直な気持ちだ。
ここにきて、子供達の反応に驚いた。
だって「かっこいい」と言われたし。
あの時は、反応に困ったよな。
「みんな、立て~。家に戻ってお祝いだ」
ダダビス団長の言葉に、疲れ切った体に鞭を打ち家に向かって歩き出す。
「ギルス」
ダダビス団長が隣に来る。
視線を向けると、困ったような表情をしている事に気付く。
「どうしたんだ?」
あぁ、帰るんなら敬語で話すようにしないとな。
ここでは俺達に地位など無かった。
だから、砕けた話し方になってしまった。
でも帰るんなら、これは直さないと駄目だな。
「一緒に帰るよな?」
えっ?
ダダビス団長を見ると、真剣な表情で俺を見ていた。
もしかして、俺は残ると思われているのか?
「ギルスにとって、エントール国が住みやすい場所でない事は知っている。でも……。もちろんギルスの思いを優先する。残りたいなら主にお願いする。そこは心配しなくていい。エントール国でも俺が報告する」
確かに、残りたいと思った。
その思いは、他の騎士達より強いだろう。
エントール国では、俺は笑えないから。
「でも俺の気持ちは、一緒に帰りたい。それだけ伝えたかったんだ」
ダダビス団長はそれだけ言うと、他の騎士達に声を掛けるために移動した。
その姿を見送って、溜め息を吐く。
帰るのか、残るのか。
エントール国での過去を考える。
周りから感じる無粋な視線。
同じ騎士なのに、俺だけ違うように対応されて来た。
それが、悲しくつらかった。
俺は、残りたいのか?
それとも、帰りたいのか?
「わからない」
俺は、どうしたいんだろう?
「まだ少しだけど、考える時間はあるよ」
えっ?
キミール副団長が、俺の肩を軽く叩く。
「一度エントール国に戻って、またここに来てもいいんだし」
そうか。
それも出来るのか。
「後悔しないようにな」
「うん。分かった」




