25.懐かしい味。
少し離れた場所に、探していた魔物がいる。
黒く長い毛にも覆われた、顔も見えない魔物。
先ほど見た魔物との違いは、鼻の長さだけのようだ。
長い毛の間から、鼻だけが見えている。
それが、ちょっと可愛い。
「主、この魔物で合ってる~?」
ウッズの言葉に頷く。
「うん。あの子で合ってるよ」
正確には、前に見た子とは限らないが同じ種類の魔物だ。
「あの子は、やはりフェンリルの王。コアの眷属です」
フェンリルの説明に頷く。
コアの眷属か。
なんだかカッコいいな。
「コアの眷属はあの子だけ?」
それなら前に見た子もあの子なんだけど。
「いえ、3匹います」
「皆、あの見た目?」
俺の言葉にフェンリル達が頷く。
それだと、やっぱり前に見た事は限らないか。
「ちなみに、さっき見た真っ黒の魔物も眷属だよ~」
「えっ? そうなのか?」
「そうなの~。あの子は、毛糸玉の眷属だね~」
火龍、毛糸玉の眷属だったのか。
赤い光沢のある鱗が綺麗な龍を思い出す。
「もしかして眷属の毛は、皆が黒いのか?」
俺の言葉に、ウッズは首を横に振る。
「黒い毛を持つのは、龍達とフェンリルの眷属だけ~。親玉さんとかシュリの眷属のは違うよ~」
黒は、龍とコアの眷属だけなんだ。
「あっ、こっちを見た」
少し離れた場所にいるコアの眷属が、俺達の方を見ている事に気付く。
あれ?
こっちを見て戸惑っている?
いや、困っている?
「あはは~。あの子、どう行動したらいいのか分からなくて困ってるね~」
「やっぱり、困っているのか。もしかして、あの子も皆のように話す事が出来るのか?」
「出来るよ。眷属だからね~」
ウッズの言葉に、少し驚く。
でもそうか。
魔物ではなく眷属だもんな。
「眷属は魔物とは違うんだな」
「元は魔物だよ。森の王と契約する事で、魔物の枠から外れるんだ~」
元魔物なんだ。
契約で、魔物から外れる……進化するというイメージでいいのかな。
「なるほど」
継続に向かって、手を振ってみる。
あっ、頭を下げた。
「近付いては来ないんだな」
「あの子にとって、主は恐ろしい存在だからね~」
「えっ? 俺ってあの子に怖がられているのか?」
なんで?
「だってあの子の仕えているコアが、敬意を表す唯一の存在だよ~?」
ん~、自分で言うのは恥ずかしいが「雲の上の存在」という感じかな?
「力の差も、しっかり把握しているだろうし~」
あぁ、この膨大な力のせいか。
「そうか」
あの黒く長い毛に触れてみたかったけど、諦めた方がいいな。
見た目が凄く綺麗だから気になったんだけど、残念だ。
「気になっていたものの正体が分かったから、帰ろうか。なんだがビクビクしだしたし」
困った表情から、ちょっと怖がっている表情に変わっている。
このまま見ているのは、可哀そうだ。
「そうだね。戻ろうか~」
ウッズと一緒に、家に向かって走り出す。
「フェンリルの眷属は、ずっとあの子を含めた3匹なのか?」
護衛をしてくれているフェンリルに、視線を向ける。
「いえ、違います」
違うんだ。
「呪界が出来た時に、眷属との繋がりが切れたと聞いてます」
呪界が出来た時。
つまり今の形に世界が変わった時か。
「呪界が落ち着いてから、もう一度今の眷属と契約したそうです。その契約も、最近です」
最近?
だから、記録装置に「眷属」の事が載っていなかったのか。
「ただいま。ウッズ、今日はありがとう」
「いえ~。お手伝い出来て嬉しいです~。また、森の事でお手伝いできることがあったら、絶対に声を掛けて下さいね~」
「分かった。その時はまたお願いするな」
ウッズは、仕事が残っているので森に向かって駆けて行く。
やっぱり忙しかったのでは?
「皆もありがとう」
フェンリル達にお礼を言って、ウッドデッキに上がる。
「おかえりなさい。温かいお茶を用意しました」
「ただいま。ありがとう」
ウッドデッキにある椅子に座って、温かいお茶を飲む。
魔法で体の周りの空気を温めているけど、この時季はやはり冷える。
「おいしい」
「お菓子をどうぞ」
今日のお菓子は……えっ?
お皿を持ち上げて、お菓子を眺める。
まさか?
いや、でもこの香りはきな粉だ。
そして、この形。
「おはぎ?」
「はい。おはぎです」
えっでも、米ももち米も見つかっていないよな?
あれ?
探し出したっけ?
いや、記憶にない……はず。
「米を見つけたのか?」
あれ?
おはぎは米から作るのか、それとももち米か?
駄目だ。
興奮していて、考えが纏まらない。
「新しい大地で見つけた植物が、主が求めている物に似ていたので収穫しました」
マジか。
凄い、米。
いや、おはぎはもち米だったはずだ。
「いただきます」
木のフォークでおはぎを半分に切って、口に入れる。
「うわぁ」
口に広がる、懐かしい味。
ちょっと甘味が控えめだけど、美味しい。
あ~、やばい。
泣きそう。
「主?」
「ありがとう。凄くおいしいよ」
諦めていた味だ。
また、食べられるなんて思わなかった。
「喜んでもらえて良かったです」
俺の様子に、嬉しそうなリーダー。
そんなリーダーに笑みを浮かべながら、もう一口おはぎを食べる。
あぁ、本当に懐かし味だ。
「来年はもっといっぱい食べられるように、畑を作って育ててみようと思います」
リーダーの言葉に「ありがとう」と伝える。
来年か。
「なんだ、それは?」
ウッドデッキに上がって来たコアが、俺が持っている物を見て首を傾げる。
「おはぎだよ。新しいお菓子なんだ」
俺の言葉にぴくぴくと耳が動く。
そして傍にいるリーダーに視線を向ける。
「まだ、あるのか?」
「ありますよ。独特の食感ですが食べてみますか?」
「もちろん」
コアの尻尾が楽し気に揺れる。
「チャイはどうしたんだ?」
いつも一緒にいるのに、今日は別行動なのかな?
「チャイは、新しく生まれた子供達を森で鍛えている。そろそろ森での生活も覚えさせないと駄目だからな」
この春に生れた子供達か。
「子供達はどんな様子だ?」
「ん~。今年生まれた子供達は、少し臆病な子が多いな」
臆病な子?
庭で特訓している様子を見たけど、そんな風には見えなかったけどな。
「未だに、単体で狩りが出来ない」
「そうなんだ」
「どうぞ」
リーダーがおはぎを持って来ると、コアが嬉しそうな表情を見せる。
「いただきます」
一口でおはぎを食べるコア。
コアには、おはぎは少し小さいな。
「んっ?」
コアの眉間に皺が寄る。
「不思議な食感だな。だが、悪くない」
ペロッと食べて、空のお皿を眺めるコア。
「すみません。お替り分は無いんです」
リーダーの言葉に、残念そうな表情になるコア。
どうやら、かなり気に入ったらしい。
「来年は、今年より沢山収穫できるようになるので、待っていてくださいね」
「1年も先なのか?」
コアの耳が、ペタっと寝てしまう。
それに笑ってしまう。
「あっ、こら。お皿をかじらない」
「グルグルグル」
「唸らない」
全く。
コアの頭を撫でると、ようやく諦めたのかお皿を離した。
「あっ、チャイの分は?」
「駄目だ!」
本当に気に入ったんだな。
あの懐かしい味を気に入ってくれて、嬉しいな。




