21.また、また、また。
―エンペラス国王 ガンミルゼ視点―
「調査結果が出ました、こちらです」
ガジー宰相が差し出した書類を受け取る。
そしてその書類に書かれている文字を追い、溜め息を吐いた。
「やはり、奴隷売買だったか」
2週間前、地方の村を守る騎士団にある情報が舞い込んだ。
それは、ある村から子供達が忽然と消えたというものだった。
騎士団はすぐに調査を開始。
すると、報告があった村だけでなく他の村でも子供達が消えていると発覚。
これは異常事態だと、ガジー宰相に報告が上がった。
報告を受けたガジー宰相は不安を感じ、すぐに特別調査部隊に詳しい調査を指示。
その結果、ガジー宰相の不安は的中。
子供達は奴隷売買のために誘拐されていた。
「特別調査部隊のマロフェ隊長より、被害者の状態が悪く命に係わると思い保護したとの事です」
「そうか」
マロフェ隊長がすぐに動いたという事は、相当ひどい状況だったんだろうな。
「『指示が出る前に動いて申し訳ありません』と」
「別にかまわない。特別調査部隊には、隊長と副隊長の判断で動いてかまわないと言ってある。これは非常事態だから、問題なしだ。『よくやった』と言っておいてくれ」
彼は真面目だな。
「はい」
「被害者の数が多いな」
被害者の数は、獣人の子供が11人に、人の子供が14人。
一番幼い子は、まだ6歳か。
本当に酷い事をする。
被害者達の状況は、栄養失調に度重なる暴行による打撲と骨折。
「後遺症が残る怪我を負った子供はいないみたいだな」
「はい、それだけは良かったです。ですが……」
問題は心だな。
「王都から、心のケアが出来る者を送ってくれ。あと家族に連絡は?」
「身元が分かった子供達から、連絡するように指示しました」
さすがガジー宰相。
既に指示を出してあるか。
「仕事が速くて助かるよ、ありがとう。あっ、家族にも心のケアが必要か?」
「そうですね。これからの事に不安を覚える者もいるでしょう。そういう時に、その気持ちを話せる相手がいると安心すると思います」
それなら、長期で家族を支えてくれる者が必要だな。
「分かった。それで、この問題を起こした者達はどうなっている?」
書類に書かれている名前を確認する。
マシージ伯爵が資金を出したとあるが、それ以上の事が書かれていない。
「すみません。その書類を書いた後で分かった事は、口頭で聞きました。あとで報告書は届く予定です」
「分かった」
とりあえず、被害者達の報告を上げたという事か。
「マシージ伯爵が資金と場所を提供し、商人達の雇った者達が子供達を誘拐していたようです。被害者達がいた建物にいた者達は確保。残りの者達は、命令があればすぐに確保に向かいます」
「分かった。ではすぐに確保を」
「分かりました」
ガジー宰相が、部屋の中で待機していた騎士に合図を送る。
「あぁそうだ。話さえできれば、あとはどうでもいい」
俺の言葉に、ガジー宰相の口が微かに上がる。
「分かったか?」
ガジー宰相の視線を受けた騎士が、笑みを見せて頷く。
「もちろんです。では失礼します」
すぐにマシージ伯爵や商人達は捕まるだろう。
それにしても、後から、後から。
「懲りないな」
俺が王になってから、奴隷問題で捕まった者達は既に50人を超えている。
全員が処刑されているというのに、それでも手を出す愚か者がいる。
「昔の事が忘れられない者と金に目が眩む者か」
俺の言葉に、ガジー宰相が肩を竦める。
「昔の事が忘れられない者達のせいで、奴隷に価値が出てしまう。そのせいで奴隷売買に手を出す者が出る。奴隷を欲しがる者が全員捕まれば、奴隷販売は無くなるが。これが、難しいからな」
「そうだな」
蜘蛛達やアリ達に頼めば、きっとすぐに見つけてくれるだろう。
でも、彼等に頼り切ってしまうのは、駄目だ。
エンペラス国内の問題は、国を守る者達で解決すべきだから。
「そういえば、特別調査部隊は上手く機能していますね」
「あぁ、そうだな」
森の王や森の神との接触を試みる目的で作られた特別調査部隊。
森との関係が改善した事で、一度は解散させようかと思った。
だが、
「獣人と人が助け合って生きていく。彼等の関係は、この国が目指すところですからね」
そうだ。
久々に王都に戻って来た特別調査部隊員達は、驚くほど前と変わっていた。
だから、部隊の継続を決めた。
きっと彼等が、騎士に良い刺激を与えてくれると思ったから。
「騎士達の様子は?」
「少しずつですが変わってきています」
「そうか。それならよかった」
時間はまだかかるだろう。
でも変わってきているなら、希望が持てる。
「ふぅ。少し疲れたな」
「ここのところ、ずっと執務室に籠っていましたから。すこし、気分転換でもしたらどうですか?」
気分転換か。
そういえば、この頃は忙しくて王城から全く出ていないな。
「少し、外に行っても良いか?」
俺の言葉に、眉間に皺を寄せるガジー宰相。
やっぱり駄目か。
「少しなら、問題ないでしょう」
「えっ?」
絶対に反対されると思った。
「ここのところ、嫌な問題が多かったですからね」
あぁ、確かにそうだな。
特に、貴族の後継問題は最悪だった。
まさか自分の家族を、毒で次々に殺していくなんて。
「王城から一番近い商店にでも、行ってみますか? 最近は、かなりにぎわっている様ですよ」
「騎士達が、うまい店が多いと噂している商店だな」
近衛騎士や王都を守る騎士達が、足しげく通う商店か。
楽しみだな。
「行ってみるか」
丁度いいから、王城周辺を見て回るか。
自分の目で見ないと、分からない事もあるしな。
軽く変装をして、装飾が無い馬車を使って王城周辺を見て回る。
「救護施設の建設はどうなっている?」
「順調に進んでいるので、今年中には稼働させられそうです。あぁ、あの建物ですね」
ガジー宰相の言葉に、馬車の外に視線を向ける。
「あれか」
建物は、もう完成しているようだな。
でもあれなら、1月以内に稼働できそうだが。
「救護施設で働く者達を選定中です。問題のある者を、雇うわけにはいきませんから」
確かにそうだな。
「んっ?」
救護施設は商店の近くだったのか。
「ここが、騎士達が話していた商店です」
ここが?
確かに、人が多いな。
「あれは、何だ?」
各商店の前に、高さ5mほどの大木が埋まっている。
そして、ところどころに何かを載せるのだろうか?
平らな板が、大木に刺さっていた。
「さぁ? 前に来た時には、見なかったですね」
どの店の前にもあるな。
「あれは、蜘蛛殿ですね」
ガジー宰相の指す方を見ると、気になっていた大木から下りて来る姿が見えた。
「……蜘蛛殿の為の大木か?」
というか、なぜあの場所に?
「騎士に、聞いていましょう」
ガジー宰相が、馬車についている小窓を開けると、御者に声を掛けた。
彼は、御者に変装した護衛の騎士だ。
「おそらく買い物だと思います」
んっ?
買い物?
護衛の話に首を傾げながら蜘蛛殿の様子を見る。
あっ、店の者が蜘蛛殿に近付いた。
あれは、店の商品か?
「店から貰っているのか?」
俺の言葉に、騎士は否定する。
「いえ、違います。ちゃんとお金を払いますから」
あっ、本当だ。
蜘蛛殿がお金を払ったみたいだ。
「周りの者達は気にしている様子ですが、怖がってはいないようですね」
ガジー宰相が不思議そうにつぶやく。
「えぇ、よくある風景なので、慣れていると思います」
よくある風景?
つまり蜘蛛殿が良く買いに来ているのか?
「彼等がいく店はうまいと、話題なんですよ。新しい店が出来たら、あの大木に蜘蛛達が並びますし」
えっ?
並ぶ?
「そうか。情報をありがとう」
なんとか騎士にお礼を伝えて、蜘蛛殿がいた大木を見る。
なるほど、あれは蜘蛛殿の為の……。




