20.アルギリスの復活? 3
―アルギリスの信者視点―
呪力を手にするために、その力に初めて触れてから7日目。
今日も呪力を手にするために、あの力がある場所に行かなければならない。
「はぁ」
自分でやると決めた。
全てはアルギリス様の為。
それなのに足が動かない。
初めて呪力に触れた日、気付いたら自分の部屋のベッドで寝ていた。
目覚めてすぐは、何が起こったのか分からなかった。
なぜなら、ベッドに入った記憶が無かったから。
混乱していると、アーチュリ神が部屋に来た。
そして「呪力に触れた瞬間に気を失った」と、心配そうな表情で私を見る。
そんなアーチュリ神を見ながら、もう一度記憶を辿る。
でも、思い出せる事は何も無かった。
倒れた翌日、もう一度呪力に触れる。
そして、目が覚めるとベッドの上だった。
昨日と同じ状況。
すぐに自分が呪力に触れ、倒れたのだと理解した。
あの時、なぜ倒れたのか。
もっと真剣に考えればよかったと、今だから思う。
いや、倒れた原因が分かったとしても、何も変わらない。
アルギリス様の為に、やるしかないのだ。
「行こう」
逃げたくなる気持ちを無視して、呪力の下に向かう。
数日、呪力に触れては倒れる事を繰り返した。
そして昨日ついに、呪力に触れても倒れず意識を保つことが出来た。
だが……。
「くっ」
昨日の事を思い出した瞬間、耳元で不快音が鳴り響いた。
立ち止まり両手で耳を覆うが、音は消えない。
それどころか、大きくなった気さえする。
意識を失わずにいた私に届いたのは、大音量の不快音。
それを聞いた瞬間、眩暈と吐き気。
そして、私の中にある力が暴走しそうになった。
慌てて呪力から離れたため力は暴走しなかったが、不快音は数時間鳴り続けた。
「ハリーヒャ神? 大丈夫ですか?」
俺の様子を見た信者仲間の1人が、慌てた様子で俺の元に駆けて来る。
「どうしたのです? 顔色が悪い。部屋に戻って休まないと」
俺の体を支えるようにし、部屋に戻ろうと促す信者仲間に首を横に振る。
「すまない、やる事があるので行かなくては」
俺の言葉に、眉間に皺を寄せる信者仲間。
「その状態で? 無理です」
彼から見て私は、必死に止めなければならない状態なのだろうか?
「あのお方が、ハリーヒャ神に何か指示を出したのは知っています。ですが、ハリーヒャ神はご自身の体を大切にしてください」
えっ?
あのお方が指示?
「違います。あのお方に指示されたわけではありません。自分でやると言ったのです」
そう、これは自分で決めた事。
あのお方に、呪力を手に入れろと指示されたわけではない。
「そうなんですか?」
不審そうに俺を見る彼に、笑みを作って頷く。
「それだとしても、今日はお休みください」
一瞬、彼の言葉に縋りたくなった。
でも駄目だ。
一日でも早く、呪力を扱えるようにならなければ。
「私は大丈夫。大丈夫です」
そう、大丈夫。
「ハリーヒャ神」
悲しそうな彼の表情に心が痛む。
心配してくれているのに、その思いに応えられない。
「行きますね」
気持ちを奮い立たせ、呪力の下に行く。
大丈夫。
私が呪力などに負けるわけが無い。
「アルギリス様に、不甲斐ない私など見せられない」
目的の部屋まで来ると、扉を開ける。
中に入ると、奥に真っ暗な闇が見えた。
それが、呪力。
私が扱えるようにならなければならない力だ。
この世界にある呪力は、神国や呪界にある呪力より不安定だと聞いた。
だからこそ、今のうちに手に入れてしまわなければならないと。
完全に安定してしまうと、もう手に入れる事は出来ないだろうから。
震えそうになる体を押さえつけ、呪力に近付く。
すぐ傍にはアーチュリ神とマーサリア神。
あのお方が、俺を心配して付けてくれた。
「では、我々はここで見守ります。気を付けて」
マーサリア神の言葉に、小さく頭を下げると呪力に近付く。
さっきより体の震えがひどくなっている事に気付く。
「気持ちだけで震えを止めるのは無理みたいだな」
呪力の傍によると、一度深呼吸をする。
そしてそっと、呪力に手を伸ばす。
初めて呪力に手を伸ばした時は、驚いた。
私が手を伸ばすと、呪力の方からも黒い影がこちらに向かって来たから。
慌てて手を引っ込めようとしたが、残念ながらここまでの記憶しかない。
手にそっと呪力から伸びた影が絡みつく。
その瞬間、大音量の不快音が頭の中に鳴り響く。
とっさに手を振り、呪力から伸びた影を振り払おうとする。
が、昨日は振り払えたのに、今日は出来ない。
「なんで?」
何度も手を振る。
不快音が酷く、それ以外の行動が出来ない。
「うわっ」
ぐらぐらと揺れる地面?
いや、これは私が揺れているのか?
キーーーーーン。
不快音とは違う、甲高い音。
耳にこびりつくような気持ちの悪い音に、足から力が抜ける。
「ぐっ」
こめかみのあたりに痛みが走る。
いや、頭全体が痛い。
「「「「「許さない」」」」」
大音量の不快音と甲高い音に頭を抱えていると、不意に聞こえた声。
「えっ?」
でも、その声を理解する前に意識が途切れた。
真っ暗な闇の中にいた。
どこを見ても闇、闇、闇。
誰かの叫び声が聞こえる。
誰かの泣く声が聞こえる。
でも、何を言っているのか分からない。
音としては届いている。
それなのに、何を言っているのか分からない。
ぐっと腕を引かれた。
そちらに視線を向けると、目の部分がぽっかりと開いた顔が目の前にあった。
うわっ。
声に出して叫んだ……はずなのに。
自分の声さえ聞こえない。
ぎゅっ。
掴まれた腕が痛い。
手を振り、掴んでいる手を離そうとするが、あれ?
自分の体が闇の中にあって見えない。
ぱかっ。
目の前の者が口を開ける。
その瞬間に、悲鳴を上げた。
口の中に目が!
私を見ている……。
「あっ」
見慣れた天井。
慌てて体を起こそうとするが、全身の力が抜けているようで起き上がれない。
「私の部屋?」
視線で周りを見回し、見慣れた部屋の様子に安堵のため息を吐く。
「また倒れたのか」
昨日は倒れなかった。
でも、今日は……あれ?
「何か聞いたような気がする」
呪力に触れた瞬間を思い出す。
「ぐっ」
動かない体を横向きにし、口元を押さえる。
そうしないと、吐いてしまいそうだったから。
「はぁ」
昨日の夜から、何も食べていないので吐くものは無いけど。
時間を掛けて、ベッドに座る。
ここまで体力が落ちているのは、腕を何者かに掴まれたからだろうか?
あれ?
腕を掴まれたのは、現実に起こった事だったっけ?
それとも意識を失った時に見た夢?
……駄目だ、分からない。
でも意識がなくなる前に、言葉は聞いた気がする。
えっと……。
「あっ、思い出した。『許さない』だ」
呪力に触れた時に聞こえて来たのは、「許さない」という何人もの重なった声だ。
「許さないか」
今は、そんな事よりも気持ちが悪い。
「ぐっ」
不意に耳元で聞こえた不快音。
「また、か……。」
意識が、フッと遠のくのが分かった。
―アーチュリ神視点―
パタン。
ハリーヒャ神の部屋の扉を閉め、廊下に出る。
今日ハリーヒャ神は、呪力の出す黒い影に覆われて意識を失った。
「早く限界だと言えばいい」
そうすれば、呪力に触れる事は無くなる。
アルギリスの為?
あれはもう限界なのだ。
次の人形にハリーヒャ神?
あぁ、イラつく。




