16.小さな変化。
地下神殿を通り、命花が咲いている地下4階に行く。
トクッ、トクッ。
トクッ、トクッ。
トクッ、トクッ。
命花に近付くと聞こえて来る、小さな鼓動達。
この小さな鼓動が少しずつ、少しずつ増えている。
ただ、まだ魂の誕生には至っていない。
「主、おはよう」
「おはよう。今日の調子はどうだ?」
俺の言葉に妖精が上下に飛ぶ。
「元気だよ! 今日も絶好調!」
嬉しそうに、俺の周りをくるくる飛び回る妖精。
その様子を見ながら頷く。
「確かに元気だな。命花はどうかな?」
目印にしている命花の状態を見る。
昨日と同じで、変化は全く見られない。
「魂の誕生はまだみたいだな」
仕方ない。
さてと、地下4階を見回るか。
皆で、命花の咲いている広大な空間を見回る。
おかしな気配も力も無し!
命花から聞こえる音に異常も無し!
「異常は見られないな。上からも確認してくれるか?」
妖精にお願いすると、嬉しそうに命花の上を旋回する。
そして、暫くすると俺の下に戻って来た。
「大丈夫。昨日と変わらないよ!」
この地下神殿に入れるのは、俺が許した者達だけ。
だから、よほどの事が無い限りここは安全だ。
でも「もしも」がある。
だから、これからもしっかり見守っていかないとな。
「そうか。ありがとう」
妖精の頭を撫でると、その場でくるくる回り出す。
「目が回るぞ」
「ふふふっ」
楽しそうに飛ぶ妖精に、笑みが浮かぶ。
本当にこの子は、楽しそうに飛ぶよな。
「次に行こうか」
見回りの最後は、湖がある墓場。
墓場とは思えないような、綺麗な湖と温かな風が吹いているけどな。
「そろそろこの場所の名前を考えないとな」
昔は、確かに墓場だった。
でも今は違う。
だから、新しい名前をこの場所に与えたい。
「アイ、ソラ、ネア」
「「「はい」」」
「この場所に付けられた墓場という名前を新しい物に変えたいんだけど、何がいいかな?」
俺の言葉に、戸惑った様子を見せる3匹。
「難しく考えなくていいよ。パッと思いついた名前で」
「主。この場所は、呪い達が癒される大切な場所です。だから軽く考えた名前など言えません」
アイの言葉に、他の2匹が頷く。
「軽く考えたと言っても、この場所を考えて出てきた名前だろう? だから問題ないと思うんだけどな」
俺の言葉に無言で首を左右に振る3匹。
本当に駄目だと思っているようだ。
「分かったよ」
呪いに落ちた者達が癒される場所か。
俺が考えて名前を付けてもいいが……ははっ。
絶対に失敗する。
だって俺には、名前を考えるセンスが無いからな。
チャイ達はまだ大丈夫だと思う。
アイ達もコア達も。
でも龍達は……絶対に駄目だろう。
いや、名前を付けた時だって「おかしい」とは思った。
でも、「まぁいいか」とも思っていた。
まさか、ここにきてあの名前でもの凄く後悔する事になるとは。
次は、未来に後悔しない名前を付けたい!
「主? 体調でも悪くなったの? 大丈夫?」
「えっ? あぁ、悪い」
考えに没頭すると、他の言葉が耳に入らなくなる。
気を付けているけど、まだまだだな。
この場所の名前については……飛びトカゲとコアにお願いしようかな。
いや、飛びトカゲは駄目だ。
えっと……ヒカルとクウヒとウサ。
うん、あの子達にお願いしよう。
「少し考え込んでしまっただけだよ。体調は、問題ないから」
あの話をしてから、皆が俺の体調を以前より気にしだした。
そう簡単に倒れたりしないから「大丈夫」と言うが、あまり信じてくれない。
まぁ、それだけ俺を心配しているという事なんだろう。
それは正直、嬉しい。
湖の傍に来ると、水の跳ねる音が聞こえた。
呪い達が、元気に飛び跳ねているのだろう。
墓場全体の気配を探りながら、湖の前に立つ。
「あれ?」
湖に近付くと、小さな違和感を覚えた。
「どうしたの?」
妖精が俺の異変に気付いたのか、心配そうに聞いて来る。
「いや、少しいつもと違うような気がして」
俺の言葉に妖精が、周りを飛び回る。
「特に異変は起こっていないけど……何がいつもと違うの?」
「ん~」
微かな違和感。
これを説明するのは難しいな。
頭で分かったというのではなく、
「ごめん、感覚的なものだから説明がしづらいんだ」
「そっか。それなら仕方ないね。アイ達は、何か感じる?」
妖精の言葉に、アイ達は首を横に振る。
「我々がこの場所に来るのはまだ2回目なので、違いがあっても分からないと思う」
最近、解放した場所だから仕方ないよな。
「みんな、ありがとう。違和感は消えたから、大丈夫だと思う」
墓場に来た時に感じた微かな違和感は、探ろうとした瞬間に消えてしまった。
偶然か。
それとも、俺の気配に感づいたのか。
んっ?
俺の気配に気付いて逃げるのはおかしいか。
だって、この場所は外とは繋がっていないのだから。
「大丈夫だよな?」
バシャ、バシャ、バシャ。
バシャ、バシャ、バシャ。
バシャ、バシャ、バシャ。
「主、げんき。またきた~」
1匹の、のろくろちゃんが湖から飛び出して来た。
そして一直線に俺の下に来ると、複数の声が一斉に聞こえた。
「あはははっ。ごめん、順番に喋ってくれ」
「げんき? きょうもきた~。あっち?」
「元気だよ。今日も宜しく。あっちは……どっち?」
えっ、あっちは何処を指しているんだ?
見ているのは、俺だよな?
「おかえり。ただいま。今日は、のんびり~?」
少し遅れてもう1匹が俺の下に来ると、俺の周りをくるくる飛びながらやっぱり一斉に話し出す。
でもこっちの、のろくろちゃんの声は何とか聞き取れたな。
「おはよう、ただいま。今日ものんびりって、別にさぼっていないからな。ちゃんと見回りだから。のろくろちゃん達は元気か?」
「元気! いつもいっしょ! ねむいよ~」
俺の周りを飛んでいるのろくろちゃんの元気な声が返ってくる。
それに返事をしようとしたが、最初に来たのろくろちゃんが2番目に来たのろくろちゃんに体当たりをした。
「えっ?」
「僕達。俺達。順番。大切!」
あぁ、答える順番が違ったのか。
「むっき! うっき!」
んっ?
「むっき」と「うっき」とは?
「ごめん。俺の聞き方が悪かったんだよ。君たちは元気か?」
「ん~、元気。嬉しい!」
機嫌の悪い子がいるみたいだな。
「元気ならよかった」
微かに不機嫌な気配を出すのろくろちゃんの頭を撫でる。
「へへ~」
頭を撫でた瞬間、不機嫌な気配があっという間に消える。
「かんたん。単純。らくちん」
「こら。怒らせるような事を言わない」
2番目に来たのろくろちゃん、ちょっと口が悪くないか?
バシャ、バシャ、バシャ。
バシャ、バシャ、バシャ。
バシャ、バシャ、バシャ。
湖の水の跳ねる音に視線を向けると、のろくろちゃんの姿が見えた。
「他の子達も来るみたいだぞ」
湖の上空に姿を見せたのろくろちゃん2匹は、俺に気付くと嬉しそうに飛んできた。
傍にいる2匹の、のろくろちゃんから不穏な気配を感じるんだけど。
「仲良くしような」
「……。……。……」
「……。……。……」
返事がないので、傍にいるのろくろちゃん達に視線を向けると、視線を逸らされた。
「ほ~、仲良く出来ないなら」
「仲いいよ! なかよしなかよち……し。ぷっ」
「かんだ? かむって何? 仲いいの?」
あれ?
のろくろちゃんの中にいる子達って、一緒にいる子に興味を持った事があったかな?
「どうしたの?」
「のろくろちゃんが、少し変化したような気がして」
のろくろちゃんだけじゃない。
この頃、周りが少しずつ変化しているような気がする。
その変化はとても小さくて、はっきり「変化した」とは言えないけれど。
「いい事?」
妖精の言葉に、頷く。
「あぁ、いい事だよ」
「異世界に落された」を読んで頂きありがとうございます。
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ほのぼのる500




