10.待つだけだ。
リビングとウッドデッキに集まった仲間達の悲壮感漂う空気に、小さく息を吐く。
いつもは賑やかなこの場所が、今日はとても静かだ。
説明は簡潔にした。
『人の魂では神の力に耐えられず、魂が消滅に向かっている。既に止める事は出来ない』と。
本当の原因など、知らせる必要などない。
言ったところで結果は変わらない。
それなら、これでいい。
ただ俺が消滅すると、ヒカルは真実を知る事になる。
それだけが気がかりだ。
ヒカルを支えてくれる存在があればいいが。
そっと、隣にいるリーダーを見る。
話を聞いてから、地面の1点をずっと見つめている。
きっと、聞いた内容を彼の中で消化しているのだろう。
リーダーには本当の事を話すべきか。
ヒカルと支える存在になってもらうために。
でも、彼の行動が俺に力が集まる一端になっている。
話をすれば、間違いなく気付くだろう。
リーダーには、沢山助けられてきた。
だから、リーダーが傷つくと分かっている事を言いたくない。
俺の我儘だな。
でもそれなら、誰がヒカルを支えてくれるのか。
少し離れた場所にいるヒカルに視線を向ける。
両手を強く握っているのが分かる。
彼は賢い。
話の途中で、何かに気付いた様子だった。
きっと自分が呪界王になる事が分かったんだろう。
「主」
コアの声に視線を向ける。
眉間に皺が寄った表情は久しぶりに見るな。
「なんだ?」
「……消滅するのは、間違いないのか?」
コアの隣にいるチャイが、縋るように俺を見る。
きっと「違う」という答えを聞きたいんだろう。
でも、嘘は駄目だ。
「あぁ。俺の魂はいずれ消滅する」
そして、それは遠い未来では無いだろう。
なんとなく、そう感じる。
不思議だな。
皆に話す前は気付かなかったのに、今は感じる。
俺の中で、何かがこぼれていく感覚。
まるで砂時計の砂が落ちていくみたいな感覚だ。
「「「「「……」」」」」
誰も口を開くことなく、時間だけが過ぎていく。
俺は待つだけだ。
皆が、俺の消滅に覚悟してくれるのを。
「分かった」
飛びトカゲの言葉に、他の龍達が視線を向ける。
「神国に行って来る」
そう言うと、俺の返事も聞かずに飛び去ってしまう。
「俺も行く」
飛びトカゲの後を追うように、毛糸玉が飛び去る。
その後に続くように、龍達が神国に行ってしまった。
あっという間にいなくなった龍達に、他の仲間達が驚いた表情で飛び去った方を見ている。
その様子に、苦笑してしまう。
龍達は、神国で解決策を探すのだろう。
「主」
「どうした?」
リーダーに視線を向けると、見上げている彼と視線が合う。
「暖かいお茶でも飲みますか?」
「ふっ。そうだな。貰おうかな」
緊張しながら話したせいか、喉が渇いている。
「はい。すぐに用意します」
お茶の用意に向かうリーダー。
その後を、一つ目達が追って行く。
「皆、急な話でビックリしたと思う。ごめんな。まぁ、これからも宜しくな」
傍にいるコアとチャイの頭を撫でると、ウッドデッキから離れる。
少しだけ、あの重苦しい雰囲気から逃れたくなった。
「俺のせいで悲しむ姿は、やっぱり見たくなかったな」
リーダーがお茶を用意してくれているので、あまり離れる事は出来ない。
でも、少しだけウッドデッキから距離を取る。
大きく深呼吸をする。
皆を悲しませてしまった罪悪感が、少しだけ和らぐ気がする。
「主」
「ヒカル」
振り返ると、ヒカルがいた。
その表情を見て、少しだけ目を見開く。
さっき見たヒカルは、思いつめたような表情をしていた。
でも今は、違う。
ヒカルは、ふわりとした笑みを浮かべていた。
「俺が、主を支えます」
「ヒカル?」
ヒカルと俺の視線が交差する。
「だから、呪界の事を忘れて安静に過ごして下さい。きっと龍達が、解決策を見つけてくれます」
「……そうだな」
「……もし……もし」
ヒカルが手をギュッと握るのが見えた。
あぁ、彼を苦しめている。
「もしもの事があった時は、俺が呪界を守ります」
どんどん小さくなっていく声。
最初に見えていた笑みも、悲しいものに変わっていく。
ヒカルは優しいな。
「ありがとう。ヒカル、ありがとう」
ヒカルの目を見る。
彼は俺の視線を受け、静かに頷いた。
ヒカルと一緒にウッドデッキに戻ると、リーダーが温かいお茶とお菓子を用意してくれていた。
仲間達もリーダーが用意したお菓子を食べている。
それをきっかけに、少しずつ重苦しかった雰囲気が消えて行く。
「ありがとう」
お茶とお菓子を用意したリーダーにお礼を言う。
本当は、雰囲気を変えてくれた事のお礼だけど。
お菓子をきっかけに、少しずつ日常に戻っていく。
ただ、皆の様子を見ていると気付く。
何処か無理しているのが。
皆はお菓子を食べ終わると、いつもの場所に戻っていくようだ。
俺に一言だけ声を掛けると、手を振ってリビングやウッドデッキから帰って行く。
「主、俺も部屋に戻るね」
ヒカルに視線を向け頷く。
「あぁ。明日も仕事か?」
ヒカルは最近、獣人のエントール国と人のエンペラス国で店を開いた。
農業隊のセブンティーンとナインティーンが作った照明器具の店だ。
なんと、目標にしていた魔石1つで1ヶ月は使える照明器具を完成させた。
いや、正確には1ヶ月以上持つ照明器具だな。
「店は順調か?」
「うん」
俺の質問に少し戸惑ったヒカル。
その様子に首を傾げる。
「あっ」
もしかして、俺の後を継ぐ事になったら店が出来なくなると思っているんだろうか?
「ヒカル。好きな事をしたらいいぞ。店だってこのまま続けていいんだ」
俺の言葉に、困惑した表情をするヒカル。
「俺だって好きな事をしているだろう?」
呪界の仕事は、特に……あれ?
呪界の仕事?
「呪界の仕事は特にないから!」
というか、呪界の仕事ってなんだ?
王の仕事は、この世界に力を行き渡らせる事だ。
他には?
創造神は、神達の意見を聞いたりして色々調整しているな。
あと、神達が管理している星の状態の確認。
星の異常を察知して、その星を管理している神に通達するのも仕事だと言っていた。
あとは、戻って来た魂の癒し。
まぁこの仕事は、無くなったみたいだけど。
オウ魔界王は?
力の安定供給と、戦いで壊れた世界の修復だな。
特に、世界を流れる力が不安定になると、負の感情が刺戟されるみたいだから、力の安定には気を使っている。
あとは魔神達や魔族達からの意見を取り入れて、魔界を住みやすくしようと色々と挑戦しているとサブリーダーが嬉しそうに話していた。
では、呪界王は?
星は、まだない。
仲間はいるけど、神はいない。
世界も俺の強い力で安定している。
神国から星が移動してくる予定だけど、既に星は出来上がっているので、力を循環するだけだ。
必要な事は、その星に住む者達を少しずつ呪界に慣れさせるぐらい。
「主?」
「んっ?」
あっ、呪界王の仕事について考え込んでしまったな。
それにしても、他の王に比べてやることが無さすぎないか?
まぁ、俺は助かっているけど。
「とりあえず、店はそのまま続けて大丈夫だ」
「そっか」
嬉しそうに笑うヒカルの頭を軽く撫でる。
力にばかり気を取られていたけど、呪界王の仕事について考えてみよう。
ヒカルの為にも。
ただ、何もしていない俺が考えて思いつくかは不明だけど。
そういえば、神国から星が来ることを言い忘れてしまった。
でも、あの状態の時に言ってもな。
うん、明日にでもリーダーから皆に伝えてもらうようにしよう。
『異世界に落された』を読んで頂きありがとうございます。
9話では、大変申し訳ありませんでした。
最終チェックが抜けていたようです。
教えていただき、ありがとうございました。
ほのぼのる500




