5.小さな鼓動。
ヒールで二日酔いを治療しているエルフ達に、苦笑してしまう。
昨日の……なんだっけ?
あぁ、エルフ達の快気祝いと花の採取祝いだ。
その祝いの席でエルフ達は、あまり飲まないように子供達と一緒にいた。
でも花が見つかった事で彼等のテンションが上がっていたんだろうな。
いつの間にか、子供達から離れ魔族達と一緒に飲んでいた。
魔族達は神族達より酒豪が多い。
まぁ、結果は今の状態なわけだ。
「すみません。治療をありがとうございます。あの、昨日の我々は何か問題を起こしませんでしたか?」
んっ?
エルフの言葉に、首を傾げる。
今の聞き方って……もしかして記憶が無いのか?
そういえば、仲間達はどんなに飲んでも記憶が飛ぶことは無かったな。
今まで一緒に飲んだ事がある各国の王や騎士達も記憶は飛ばなかった。
チラッと、エントール国から来ている獣人の騎士達を見る。
彼等も、どんなに飲んでも記憶を飛ばす事は無かった。
もしかして、エルフ達が初めて記憶を無くしたんじゃないか?
でも、今まで記憶を飛ばす事が無かったのに、どうして今回は無くしたんだ?
「特に問題行動は無かったですよ」
一つ目の言葉に、ホッとした表情を見せるエルフ達。
確かに歌いながら踊っていたけど、問題になる行動は起こしていないな。
「楽しそうに歌って踊っていたぐらいです」
「「「「「えっ!」」」」」
昨日の自分達の行動を知り、顔色を無くすエルフ達。
「あまりに楽しそうに踊るので、皆がつられて踊っていました」
そうそう。
エルフ達に釣られて、昨日はみんなで踊っていたな。
俺は逃げたけど。
「昨日採取した花の花弁が浮いた酒を飲んだ者達なんですが、全員記憶が飛んでいる様です」
「えっ?」
リーダーの言葉に視線を向けると、子供達が採取した花の花弁を1枚持っていた。
「あの花にそんな効能……効能なのかは不明だけど、そんな事が出来たんだ」
「はい。私も驚きました。シュリも親玉さんも記憶が飛んでいます。あと魔族達の中にも記憶の飛んでいる者達がいます」
エルフ達と一緒に飲んでいた魔族達だろうな。
そこにシュリと親玉さんが入っている事に少し疑問が浮かぶけど。
楽し事にはなんでも参加したい彼等だからな。
花の浮かんでいる酒を見て、真似したんだろう。
「記憶だけか? 他に影響は?」
「記憶に関してはヒールを掛けても戻りませんでした。影響は今のところないですが少し様子見です」
「分かった。何かあったらすぐに報告してくれ」
「はい。今から地下神殿ですか?」
リーダーも昨日の話を一緒に聞いていたので、俺が気になっている事に気付いているのだろう。
「うん。新しい命が誕生した理由を知りたいから」
「分かりました。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
リーダーに手を振ると、地下神殿を思い浮かべる。
スッと体が浮く感覚の後に、足の裏に硬い感触を感じた。
前を向くと、少し先にある神殿が目に入った。
「主~」
俺が地下神殿に来た事に気付いた妖精が、すぐに飛んで来るとくるくると俺の周りを飛び回る。
「今日は、いつもより来るのが早いね。どうしたの?」
花の咲いている地下に向かうために、神殿に向かう。
「呪界に新しい命が誕生したんだ」
「えっ、そうなの? おめでとう」
妖精の言葉に、ハッとする。
新しい命が誕生したのに、俺は祝いの言葉をエルフ達に伝えただろうか?
「思い出せない」
もしかして、お祝いを言ってない?
うわっ、それは駄目だ。
何が原因なのかは不明だけど、新しい命の誕生は喜ばしい事なのに。
「どうしたの?」
「自分の失敗に気付いて、ちょっとショックを受けていたんだ」
「失敗?」
「うん」
エルフ達が帰る前に、お祝いを伝えよう。
俺の話に不思議そうな表情で飛び回る妖精を見る。
「今日は、命の誕生に花が関わっているのか確かめに来たんだ。毎日見回りをしてくれているよな?」
「うん」
「気になる事とか無いか?」
地下4階に移動しながら、花の状態について聞く。
「ん~、特に気になる事は無いよ。変化も無いし」
「あっ、ごめん。今日ではなく今から1月ほど前にお腹に新しい命が宿っていると分かったそうだ。だから……2ヵ月から3ヵ月前かな?」
あれ?
2ヵ月から3ヵ月前?
「まだ花が咲いていない時期だよね?」
妖精の戸惑った言葉に、頷く
「そうだったな」
2カ月から3ヵ月前と言えば、まだ葉っぱばかりで花が咲いていない時期だ。
えっと3ヵ月前は、俺が神になって少し経ったぐらいかな?
……駄目だ。
神になってから、時間に対する感覚がどんどんおかしくなっている。
1ヵ月だと分かっているのに一瞬のように感じたり、その一瞬の間で起こった事を詳しく思い出そうとすると時間が掛かったり。
これが長く生きる神の感覚なのか?
それとも俺だけの感覚なのか……アイオン神に相談してみようかな。
「2,3ヵ月前なら花は関係ないみたいだね」
妖精の言葉に、慌てて頷く。
「そうだな」
まぁ、ここまで来たんだし花でも見て帰ろう。
「主、あの花は命花で間違いないの?」
「あぁ、記録装置に『呪界に命花が咲いた』としっかり記録されたから間違いないだろう」
あの一文を見た時は、驚いたよな。
まさか新しい命の誕生について、こんな簡単に解決するとは思わなかったから。
魔界でも巨大な木に花が咲いたと言っていたよな。
おそらくその巨木に咲く花が、命花だろう。
呪界にある記憶装置では魔界の事は分からないが、なんとなく感じる。
そして神国にある、命花の咲く場所が正しく動き出したとも感じた。
この感覚を魔界王や創造神も感じているのか、確認した方がいいだろうな。
「花が増えているね」
地下4階。
命花が咲いている場所に来たけど、昨日より確実に花が増えている。
ただ、花は満開になっているが、この次に何が起こるのか分かっていない。
「記録装置だと花が咲いたとしか分からないからな」
あれは呪界で起こった事を忠実に記録していく事は出来るが、先の事は教えてくれない。
俺の状態について、治るか治らないかは教えてくれたけど。
「主! 見て!」
妖精が指す、命花に近付く。
「あれ?」
その命花に近付くと、他の花とは異なる物を感じた。
ジッと静かにその異なる何かに意識を向ける。
トクッ、トクッ。
とても小さな鼓動。
そしてその鼓動に合わせて微かに感じる呪力。
「もしかして、魂の誕生が近いのか?」
「そうなの?」
「聞こえないか? 小さな鼓動を」
俺の言葉に、不思議そうな様子を見せる妖精。
もしかして聞こえていない?
確かに音はかなり小さいが。
「生まれるの?」
「初めての事だから絶対とは言えないけど、おそらく生まれると思う」
命花の傍で目を閉じる。
トクッ、トクッ。
やはり聞こえる。
目を開け、命花を見る。
「魂の誕生か」
凄いな。
うん、本当に凄い。




