01.エンペラス国結界警備隊 隊員
ーエンペラス国結界警備隊 隊員視点ー
地面が揺れ、異様な魔力を含んだ風が通り過ぎた瞬間、強大な力で地面に叩きつけられた事を思い出し、全身が震えあがった。
「何が……」
ガタガタ震えている体を抱きしめ、浅い呼吸を繰り返す。
暫くすると、震えが少し落ち着く。
周りを見ると、仲間達が同じように恐怖に震えているのが見えた。
大丈夫、魔力を感じたのは一瞬だった。
あの時のように、押しつぶそうとしたわけじゃない。
「落ち着け、大丈夫だ。落ち着け」
少し離れた所にいた隊長の声が聞こえる。
だが、それに返事を返す余裕が今はない。
「はぁ、はぁ、落ちつけ」
何度も何度も自分に言い聞かせると、呼吸が落ち着いてくる。
震えていた体も、気付けば止まっている。
それにほっと力が抜けると、ポンと肩を叩かれた。
「ひっ」
「悪い!」
知った声に視線をあげると、一番親しい仲間のバロルが申し訳なさそうな表情で立っていた。
「悪い。まさかそこまでビビるとは思わなくて」
確かに、いつもの俺ならあんな声を出すわけないよな。
でも、あの時の恐怖を思い出した今は駄目だ。
あれは、今も夢に見るほど俺の中に叩きつけられた恐怖だ。
「大丈夫だ。それよりバロル、今日は休みだっただろう?」
久々の休みだと昨日喜んでいたのを思い出す。
バロルの服を見ると、なぜか隊服を着ている。
ん?
ちがうな。
隊服の上着だけを羽織っているのか?
「焦ってきたから、上着だけだ。それより、結界がやばい事になったみたいだ」
結界?
バロルが上を見ているので、俺も視線を上に向ける。
「えっ」
いつもは見える事のない結界が見えている。
それだけじゃない、所々結界に穴があるように見える。
「結界がさっきの力の反動で破られたみたいだ」
結界が破られた?
魔導師達や魔術師達が、国民を守るために力を合わせて張った、かなり強い結界なのに……。
この結界のお陰で、国民は森から襲って来る魔物を恐れずに生活が出来るのだ。
この間は、結界が利かない混ぜ物だったから被害が出てしまったが。
あれは例外だ。
混ぜ物は、この国の負の遺産。
必ずすべての混ぜ物を根絶やしにするのが、この国の責務で……今は、それを考える時じゃないな。
「魔物の現状は?」
結界が破られたなら、魔物が森から入ってくるかもしれない。
「今の所はまだ大丈夫みたいだ。でもこれからはどうなるか分からない。さっき全隊員に、結界警備の強化の指示があった。さっき隊長が叫んでいたが、聞こえなかったのか?」
えっ、隊長が?
パニックになっていたとはいえ、まさか隊長の声を聞き逃すなんて……最悪だ。
「分かった。警備の強化だな」
結界を見る。
先ほど見た時より、結界の穴が大きくなっている気がする。
「これは、森の意思なんだろうか?」
気になるのはそれだ。
この国は、森に対して大きな罪を犯した。
ガンミルゼ王が森の神に助けられたから、存続は許されたのかと思っていたが。
結界が破られたという事は、違ったという事なんだろうか?
それとも結界など使わず、生きろという事か?
「分からない。だが……」
バロルが言葉を詰まらせる。
森の王や神が何を考えているのか、全く分からない。
でも目の前の現実を見れば、俺達が許されていない事は分かる。
小さく息を吐き出す。
分かっていた事だ。
それだけの事を、エンペラス国はした。
「森から魔物が来るぞ!」
えっ!
声が聞こえた方に視線を向けると、森の木々が大きく揺れているのが見えた。
「やばいな。あの揺れ方は、かなりデカいぞ」
バロルが剣を抜き、魔物が来る方向に向かって走り出す。
その姿に慌てて剣を抜くと、バロルの後を追う。
しっかりしろ。
森の王や神が許してくれないのは当たり前なんだ。
今は、国の人達を守るために魔物を倒す。
ガサガサ……。
「「えっ!」」
姿を見せた魔物に唖然とする。
巨大な黒い体に長い8本の脚に6つの目。
森の神と共にいる魔物。
「アルメアレニエ……嘘だろ! 本当にこの国を亡ぼすと決めたのか!」
バロルが震える声で、叫ぶ。
周りにも動揺が走っているのが分かる。
「手を出すな! 何があってもだ!」
隊長の言葉に緊張が増す。
アルメアレニエはじっとこちらを見ている。
何をしているのかは分からない。
「なんで仕掛けてこないんだ?」
バロルがほんの少し前に出ると、アルメアレニエの視線がバロルに向く。
「バロル、動くな」
隊長の焦った声が聞こえる。
「すみません!」
「落ち着け、大丈夫か?」
バロルが俺を見て、肩を竦める。
その顔色はかなり悪い。
「あ~、こっち?」
えっ?
森から男性の声が聞こえた。
誰だ?
こっちに近付いているのか?
「危険じゃないか?」
バロルの言葉に頷く。
このままこっちに来てしまうと、アルメアレニエに近付く事になる。
隊長を見ると、同じ考えなのか焦っているのが分かる。
「うわっ本当だ。あはははっ。えっ? いや、ちょっと迷っただけだって!」
緊張感漂う中に、男性の笑い声が響く。
「おかしいよな。もう、アルメアレニエの姿は見えているはずだ」
俺の言葉に、周りに集まった騎士達が頷く。
その時、アルメアレニエが後ろを振り返り前脚を少し上げたのが見えた。
まるで挨拶をしているみたいだ。
「お疲れ、ありがとう。ここが一番酷いのか?」
ガサガサと木々の揺れる音がして、声の主だろう男性の姿が見えた。
「あれ? もしかして、人の国の騎士か?」
アルメアレニエの隣に立ち、ポンポンとアルメアレニエを叩く男性に全員が固まる。
絵姿を見た事があるので、分かる。
この方は、森の神だ。
そっと隊長を見る。
真っ青な顔で森の神を凝視している。
「えっと。ちょっと邪魔をしてもいいかな? すぐ済むし」
森の神が周りを見て隊長に目を止めると、気軽に声を掛けた。
それに無言で頷く隊長の姿を見る。
誰も動けない状態だ。
「ありがとう。あぁ、結界に大きな穴が空いてるな。悪いな、すぐに修復するし。でも、このまま修復しても弱いよな。もう少し強化しないと。ん~、勝手に強化してもいいものかな?」
結界を修復?
えっと、つまりさっき流れた巨大な魔力は不可抗力だったという事か?
「ん? 問題ないだろうって? ん~、でも勝手にするのは……。でも実際、この薄い結界は俺には張れない気がする。どこまで力を抑え込んだらいいのか分からない。そういえば、結界を越えられる魔物がいるんだったよな? 混ぜ物? あれか……よしっ! すべての魔物が入れない結界に進化させておこう。それで、結界に穴を空けた事を許してもらえるかな?」
再度隊長に声を掛ける森の神。
隊長の顔色が真っ白になっているのが見てわかる。
無言で何度も頷く隊長に、森の神が首を傾げる。
「随分顔色が悪いな。大丈夫か?」
無言で何度も頷く隊長。
隊長でなくて良かった。
「……大丈夫ならいいんだが……気になるし、とりあえずヒール」
隊長の周りがふわりと光ると、隊長の顔色が一気に戻る。
……羨ましい!
「これでよしっ。あとは結界だな。えっと、国を覆う結界を……すべての魔物の侵入を拒否して……今回のような魔力の波動にも強くしておくか。あとは……侵略も防いだほうがいいのか? ……敵意を持っている者を入れない結界にしたら。よしっ、イメージ完成。では……」
森の神が穴の空いた結界を見ながら何かを言っているが、小さすぎて聞こえない。
気になるが、近付くのはきっと駄目だろうな。
あれ?
森の神の周りが光りだした。
「結界!」
ふわりと森の神から温かい魔力が溢れると、頭上の結界が一瞬眩しいほどの光を発生させた。
「こんなもんだろう」
森の神を見ると、上を向いているので同じように上を見る。
先ほどまで穴が空いて見えるようになっていた結界が、今はその姿をこの目で見る事が出来なくなっていた。
もしかして、結界の修復が完成したんだろうか?
でも、こんな短時間で?
魔導師達や魔術師達は10日ほど掛かったと聞いたが……。
「結界は修復したから。ちょっと強くしておいたから混ぜ物も入って来ないと思う。じゃっ!」
隊長が無言で頭を下げているのを見る。
本当にあの一瞬で、国を覆う結界が修復されたようだ。
「凄いな。あんな一瞬で修復するなんて」
「あぁ、凄い」
バロルの唖然とした声に、頷く。
「排除じゃなかったな」
森の神が森の奥へ消えると、アルメアレニエも森の奥へと帰っていく。
完全に姿が見えなくなった瞬間、全身から力が抜けてその場に座り込んでしまった。
隊長に怒られるかと思ったが、隊長も呆然とした表情で座り込んでいる。
「凄かった」
頭が働かない。
上を見ると、青空が見える。
そして何かきらきらした物も微かに見えた。
「結界かな?」
本日より第4章をスタートします。
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