55.今は何年ですか?
異空間にある図書館に入る。
「あっ……」
馴染みのある風景にしばし見入ってしまう。
本当に、よくお世話になった駅前の本屋だ。
本は無いのでがらんとしていて違和感を覚えるが、それでも懐かしい。
家族は元気だろうか?
妹はまだ、アニメや漫画に嵌っているのだろうか?
「会いたいな」
もう会う事が出来ない家族。
「駄目だな」
首を横に振って気持ちを振り切る。
「よしっ、装置だな」
えっと記憶を整理する場所を作るんだっけ?
何処かいい場所があるかな?
建物内を見回すと、奥に棚の無い少し空いた場所があった。
あそこでいいか。
移動しながら、棚を手で押してみる。
かなり頑丈なのか、ピクリともしない。
「頑丈なんだな。さて、ここだな」
ある程度のスペースがあるから問題ないだろう。
「箱を床に置いて……」
アイオン神から貰った青い箱を床に置く。
そこに力を注ぐんだったな。
箱に両手を翳し、新しい力を意識して移動させる。
指の先から新しい力が移動していくのを感じる。
青い箱を見ると、淡く光っている。
「どれくらい力がいるのか訊くの忘れた」
まぁ、変化があったら止めればいいか。
……結構な量の力を注いでみたけど、変化が無いな。
もっと量が必要なのか?
注ぐ力の量を増やしてみるか。
体内から大量の力が無くなり、すぐに戻ったのを感じた。
チラリと青い箱を見る。
変化なし。
神仕様だと言っていたから、俺の力じゃ無理なのかな?
いや、まだだ。
もう一度、大量に流してみよう。
体内から再度大量の力が消え、戻るのを感じた。
ピシリッ。
「ん?」
あっ、青い箱が割れた。
これって正解なのか? まさか失敗?
力を注いだら、どうなるのか訊いておけばよかったな。
アイオン神は説明が下手すぎる。
いや、確認しなかった俺のせいだな。
ピシッ、ピシッ、ピシッ。
目の前の青い箱から光が溢れた。
目を腕で隠してギュッと閉じる。
本当にどうなるのか訊いておけばよかった。
爆発とかしないよな……
ピシッ、ピシッ、ピシッ。
不安だ!
「眩しい」
目を閉じて腕で隠してもまだ眩しい。
どうなっているんだよ。
「あれ?」
眩しさが一瞬で消えた。
もう大丈夫なのか?
バコッ、バコッ、バコッ。
続いて聞こえた不思議な音に、目を開けて周りを見る。
「あっ、部屋の形が変わってる」
棚の無い場所を選んだが、狭かったようで部屋が広くなっていた。
どうやって広くなったのかは、目を閉じていたので不明だ。
「まぁ、いいか。とりあえず設置完了」
深く考えるのはやめておこう。
こういうものだと思った方が、先へ進める。
箱から出てきた装置を見る。
巨大な机と椅子だ。
机の上には、ノートパソコンが置いてある。
そして机の上に空中に浮いた、黒い板が3枚。
この3枚が少し角度を持って空中に浮いているので、机を少し囲っているように見える。
机と一緒に出てきた椅子に座る。
黒い板を見ると、椅子から見やすいように角度があったのだと知った。
「巨大な薄型テレビのようだな」
ノートパソコンに見える物に手が触れると、ピンと音がした。
見ると、スタートという文字が表示されていた。
本当にノートパソコンに見える。
「ENTER」を押すと、文字が消えパッと表示が切り替わる。
「パソコンだな」
仕事で少し扱っていたので、よかったかもしれない。
得体のしれない機器とか出てきたら、混乱するところだった。
いつものようにマウスに手を延ばして、止まる。
そう言えば、マウスはついてなかったな。
「ん?」
右手を見る。
マウスがあった。
……怖いな。
まぁ、使い慣れているから嬉しいが。
ちょっとドキドキしながら、表示されている設定を押すと名前を入力するよう指示された。
名前を入力すると、ふっと画面が黒くなる。
数秒後、力を流すように指示が出る。
「力って、新しい力の方でいいんだよな。と言うか、力をどこに流すんだ?」
ノートパソコンの周辺を見るが特に何もない。
画面を見ると、中央に青い光が表示されていた。
「ここ?」
ちょっと不安に思うが、指を画面に近付けると新しい力を少し流してみる。
すぐに画面が黒くなり、完了の文字が表示された。
「終わり? 簡単だな」
とりあえず、完了したようだ。
思っていたより簡単に設定ができた事にホッとする。
「これからどうするんだっけ? あっキーワードの設定になるんだな」
パソコンの画面を見ると、フォルダが1つ表示されていた。
名前は無く「新規」とある。
その新規フォルダをクリックしてみる。
「また設定?」
フォルダを開くと設定の文字。
これは続けていくしかないよな。
使い方の説明かもしれないし。
「まずは『年代分けを行うために年代を記入してください』か。……年代?」
この世界のだよな。
俺は知らないぞ。
気にしたことが無かったからな。
とりあえず、一旦戻って皆に訊こう。
「……途中で止める時はどうするんだ?」
画面には年代を問う質問だけで他に何もない。
マウスを動かしてみるが、変化なし。
何もない所でクリックしてみるが、やはり変化なし。
「……放置でいいか。何かあったらアイオン神に訊こう」
椅子から立ち上がり、異空間から出るイメージを頭に浮かべる。
視界がふわっと変わるとリビングに立っていた。
そう言えば、帰る時の方法は自然と知っていたな。
異空間の力か?
「どうだった? 設置は出来たか? 設定は?」
アイオン神が興味津々という表情で訊いてくる。
「設置は出来た、今は設定の途中だ。パソコンは途中で放置しても問題ないか?」
俺の言葉に首を傾げるアイオン神。
「装置の話なんだが……」
「翔はパソコンが出てきたのか。私は、別のものだ」
「ん?」
「あの装置は、使用者が扱える物を具現化してくれるんだ。だからそれぞれ出てくる物が異なるんだよ」
「へぇ。すごい箱だったんだ。それで装置は、完了までせずに放置しても問題ないか?」
「あぁ、問題ない。記憶装置が動き出したら、ほぼ放置だしな」
そうなんだ。
「あっ、それより。飛びトカゲ」
「どうした?」
ケルベロスの寝ているベビーベッドの傍で寝そべっていた飛びトカゲが、上半身を起こす。
「この世界は今、何年なんだ?」
「……?」
俺の質問に首を傾げる飛びトカゲ。
どうやら知らないみたいだな。
リビングにいる子蜘蛛に視線を向けると首を横に振られた。
ガルムの子供たちがいたので見るが、さっと視線を逸らされた。
知らないらしい。
「一つ目たちはどうだ?」
見ると、困ったような雰囲気の一つ目たち。
1体はなぜか床に両手をついて項垂れていた。
いったい何があったんだ?
「大丈夫か? えっと……」
どの一つ目だ?
「気にしないで下さい。ちょっとショックな事があっただけなので」
「ショックな事?」
「はい。すぐに復活します」
「そうか」
今、話しているのってサブリーダーの一つ目か?
となると、隣はもしかしてリーダー?
いや、本当に何があったんだ?
リーダーの一つ目があんなにショックを受けるなんて。
「主! お待ちください。なぜ、こんな簡単な事に答えられないんだ~」
えっ?
走り去っていく一つ目を見送る。
初めて、一つ目が混乱している姿を見た。
いつも落ち着いていて、なんでも答えてくれるのに。
「大丈夫なのか?」
あまりの姿に心配になる。
「大丈夫です。ちょっとした無能っぷりに感動して暴走したんです」
サブリーダーの言葉は不思議だ。
無能っぷりに感動して暴走って何だろう?
「打ちひしがれてたじゃないか?」
サブリーダーの隣にいる一つ目が、首を傾げて言う。
「……そうだな」
サブリーダーの一つ目を見ると、俺を見て頷いた。
……まぁいいか。
それより暴走したリーダーを放置して大丈夫だろうか?
「リーダーは強いから大丈夫です」
俺の不安に気付いてくれたのだろう。
ただ、強さはあまり関係が無いような気がするが。
あっ、それより年代は誰に聞いたらいいんだ?




