54.記憶は増えていくもの
「これからどうすればいいんだ?」
俺の言葉に、図書館を見ていたアイオン神が俺を見る。
「次?」
「そうだ。置き場所だけ作っても駄目だろう? 記憶を整理するために、次は何をしたらいいんだ?」
俺の言葉に首を傾げるアイオン神。
それに不安を覚える。
まさか、次に何をするのか知らないのか?
「悪い。なんせ昔過ぎてすぐには思い出せないんだ。次だよな……えっと~」
知らないのではなく、記憶の片隅に追いやられているのか。
「思い出すから待ってくれ」
「分かった」
考え込んでいるアイオン神を見て、ため息を吐く。
長く生きれば生きるほど、記憶を整理したとしても膨大な記憶を持つことになる。
そうなったらきっと、俺も今のアイオン神と同じ事になるんだろうな。
……整理はしっかり考えてやろう。
それにしても、いつ記憶から引っ張り出してこられるんだ?
目の前で唸っているアイオン神を見る。
まだまだ時間が掛かりそうだ。
「思い出すのに時間が掛かるなら――」
「思い出した! 装置が必要なんだった」
思い出してくれたようだ。
それは良かったんだが、装置?
「なんの装置が必要なんだ?」
「記憶を自動で整理してくれる装置だ」
自動で整理。
自動……なんて魅力的な言葉だ。
「それは俺でも使えるのか? 神様限定とかいう制限は?」
「今まで翔のような存在はいなかったから分からないが、絶対に使えるようにしてもらう。装置が無いと大変なんだ」
それはそうだろうな。
「分かった。頼む」
装置を持って来てもらうまでは、記憶の整理はストップだな。
「今、装置を持って来てもらう」
えっ、今?
アイオン神がすっと手の中に光の球を出すと、そこに話しかける。
そんな簡単に手に入るのか?
「マッシュ、記憶を整理する装置を私のところまで持って来てくれ」
マッシュ?
前にアイオン神を迎えに来たことがある補佐の神かな。
「記憶の装置ですか? どこにあるんです?」
光の球から声が聞こえてくる。
遠くにいる者と話せるのか……あっ、これ電話だ。
「えっ? どこって……たぶん倉庫かな?」
マッシュの質問に、首を傾げるアイオン神。
「あんな物が溢れた場所から探せって言うんですか! それに、そこに本当にあるんですか?」
光の球から、慌てた声が聞こえる。
それにアイオン神が、少し動揺する。
これは、本当にあるかどうか自信がないな。
「アイオン神?」
「管理室から貰ってきてくれ。そこだったら確実だ」
何だ、絶対にある場所があるのか。
だったら、最初からそこで貰えばいいのに。
「貰えって、どう説明して貰えばいいんですか? 申請が必要でしょうが!」
まぁ、記憶の整理をする装置だからな。
それなりに大切な物のはず。
そうそう簡単には、貰えないか。
「翔、悪い。一度戻って装置を貰って来る」
「ありがとう。頼むよ」
自動装置欲しいので。
「あぁ」
神妙な表情でリビングから出ていくアイオン神。
装置が手に入らないと、次へ進めないな。
貰えなかったら、どうするべきか考えておくべきか。
いや、アイオン神が持ってくると信じよう。
「主。異空間へは、我々は入れないのですか?」
1体の一つ目が、俺の袖を引っ張りながら訊いてくる。
この子は……一つ目のリーダーだ。
「そうなんだ。記憶を扱う場所だから」
「見たい。すごく見たい」
俺の言葉に下を向いた一つ目のリーダーは、何かを呟くとパッと顔を上げた。
その行動にちょっと驚いて、体を引く。
「私が整理をお手伝いします!」
えっと、記憶の整理を一つ目が?
いやいや、俺の記憶を見られるんだろう?
そんなの、恥ずかしいから無理。
「えっと、ごめんな。それは遠慮してほしいかな」
俺の言葉にショックを受けたような一つ目。
表情が動かないのに、なんでそんな悲しそうなんだ?
いや、少し表情が動くようになっていたのか。
「どうしても?」
気のせいかな?
ひしひしと圧を感じるんだが……。
「さすがに俺の記憶を見られるのは恥ずかしいから」
「そんな! 全てを知れ――」
「分かりました。変な事を言って申し訳ありません。これは少し指導してきます」
リーダーの声を遮ったのは、恐らくサブリーダーの一つ目。
なぜか、リーダーを掴んで引きずっていく。
何が起こったんだ?
それに指導って……いったいなんの?
今、目の前で起こった事にちょっと戸惑う。
「一つ目の中で、争いでもあるのか?」
「それは大丈夫だ。仲はとてもいいぞ」
俺の横にすっと現れた飛びトカゲ。
「そうか。よかった」
そう言えば、アイオン神と話している時に、久しぶりに悪戯を仕掛けてこなかったな。
いつもは、邪魔をしてくるのに。
「今日は静かだったな」
俺の言葉にちらりと視線を向けてくる飛びトカゲ。
「今日は、大切な話だったからな」
あぁ、なるほど。
話の内容から、遠慮したのか。
「ありがとう」
「いや。それより異空間へは本当に主しか入れないのか?」
何故、そこに拘るんだ?
「あぁ、大切なものを置いておく場所だからな」
なにより恥ずかしい!
「大切な物か。それなら仕方ない」
飛びトカゲの納得した声に、ホッとする。
異空間に入ると何かメリットでもあるのだろうか?
「悪い。待たせた」
「うわっ」
不意に隣に影ができたと思ったらアイオン神が立っていた。
「……早かったな」
驚いた。
出ていったのは、10分ほど前なんだが。
「あぁ、急いだからな」
「そうか。ありがとう」
今日中に完成できそうだな。
「はい」
アイオン神から、青い箱を渡される。
受け取り、箱を眺める。
蓋が無い箱。
これをどうすればいいんだ?
「記憶の部屋の1つを、整理するための部屋にしてその箱を床に置く。そして箱に力を注ぐと、その箱が解放される。解放された後は箱から指示がくるから、指示通りに動くだけだ。装置の設置が終われば、後はどんなキーワードで分けていくか決めるだけだ」
なるほど。
それだったら、俺にも簡単に出来そうだな。
「キーワードは後から追加が出来るから、今はそんなに考え込まなくても大丈夫だ」
後で追加が出来るのか。
それなら安心だな。
間違いなくキーワードの分け方で整理のしやすさが変わってくる。
そう言えば、記憶はどうやって整理されるんだろう。
ん?
具体的にどうなるとは聞いてないよな?
「アイオン神、記憶の整理ってどんな風に行われるんだ?」
「どんな風に……映像で1つ1つその装置が区切ってくれる」
映像で1つ1つ?
装置がしてくれるのは嬉しいが。
映像で1つ1つとは……。
「ん~、映画のワンシーンみたいな感じに似てるような」
アイオン神から映画という言葉が出て驚く。
「映画を見るのか?」
「あぁ、作った世界に降りて楽しむことがある」
へ~、そうなんだ。
話がずれたな。
えっと、映画のワンシーンか。
「登場人物とかで区切られるのか?」
俺の言葉にアイオン神が、少し考えこむ。
「登場人物……それに近いかな。いや、話の区切りの方が重要視されている気がするな」
なるほど。
同じ話なら途中で人が入れ替わっても、1つとして纏められるという事か。
「分かった。ありがとう」
とりあえず、図書館の中でこの箱を解放しよう。
「えっと……」
アイオン神を見ると、申し訳なさそうな表情をしている。
「なんだ?」
「その装置なんだが、神仕様なんだ。だから、力を注ぐと何かが起こる事もあるかもしれない」
事もあるかもしれない?
遠回しだが、何かが起こるかもって事だな。
「分かった」
神仕様か。
ちょっと怖くなったかも。
と言っても、やるしかないんだけどな。
頑張りますか。
それにしてもキーワード分けか、大変そうだな。
まずは年代で分けて、後は……どんなキーワードで分けると整理しやすいかな?
とりあえず、この記憶は記憶の整理関連だな。




